サプライズ
「お邪魔しまーす」
当然、誰もいない部屋から返事なんて返ってこないけれど、一応ね。
4月に入り、玲依ちゃんは課長に昇進をして、相変わらず忙しい毎日を過ごしている。
面倒だから、と夜ご飯を食べずに寝ちゃうことが多い玲依ちゃんの食生活を何とかしなければ、と思って日持ちのするおかずをいくつか作って持ってきた。
玲依ちゃんに言えば、侑だって仕事で疲れてるんだから、って断られること間違いないから内緒。
昨年の今頃は料理なんて全然出来なかったのに、我ながら頑張ったと思う。
料理をする私を見ながらニヤニヤしていた母には、もう一緒に住んでサポートすれば? って言われたけど、そんなに簡単な話じゃないからね?
もちろん、玲依ちゃんが望んでくれるなら一緒に住みたいけど。
おかずを冷蔵庫に詰めて、他にやることは、と部屋を見渡したけれど綺麗に片付いているし、特に何もなさそうかな。さて、家に帰って玲依ちゃんからの電話を待ちますかね。
「侑、今日は何かいいことでもあった?」
「え? 特にないけど……なんで?」
「んー、なんか楽しそうだから」
仕事終わりに電話をしてきてくれた玲依ちゃんと話しながら、喜んでくれるかな、とソワソワしていたのが声に出ていたらしい。
「楽しそう……そうかな?」
「うん。なんとなく声が弾んでるよ」
玲依ちゃん、鋭い……私が分かりやすいのかな?
冷蔵庫を開けてびっくりして欲しいから、隠し通さないと。
「あー、そういえばさ、玲依ちゃん、今週は休日出勤あるの?」
「なんか怪しい……まぁいいか。今週はないよ。来る?」
「うん。もちろん行く!」
「ふふ、楽しみだね」
「うん!」
今日はまだ水曜日か……あと2日、頑張ろ。
「だだいまー」
「おかえり」
「侑におかえり、って言われるとホッとする」
「え、うれしい……」
初めて電話した時につい言っちゃってから習慣になったけど、そんなふうに思っていてくれたなんて知らなかった。
「玲依ちゃん、今日の夜ご飯は?」
もしかしたら食べてきてたり、買ってきてるかもだもんね。作り置きは明日でも大丈夫だし、金曜日に私が食べてもいい。
「んー、作るのも面倒だし、いいや」
「ちゃんと食べないと。冷蔵庫開けてみて?」
「開けたってたいして何も入ってな……えっ??」
早速冷蔵庫を開けたのか、玲依ちゃんの驚いた声がする。ふふん、大成功。
「侑、作ってくれたの?」
「うん。家で作って、こっそりお邪魔しました」
「うわ、すご……侑も仕事なのに、ありがとう」
「少しでもいいから、食べて?」
「食べる」
「ねぇ玲依ちゃん、ビデオ通話にしよ?」
一人で食べるのも寂しいし、少しは一緒にいる感じに出来るかなって。玲依ちゃんの反応も見たいし。
「侑、これ美味しい!」
「玲依ちゃん、可愛い」
「……返事おかしくない?」
「おかしくない」
気に入ってくれたのか、美味しい、って満面の笑みの玲依ちゃんを見ての返事だから、可愛いで合ってる。
隣で眺めていたかったなぁ……
「そのまま居てくれたら良かったのに」
「え、今なんて?」
「あ、ううん、何でもない」
小さい声だったけど、居てくれたら、って言ってくれたよね? 平日だし、と思って帰ってきちゃったけど、居ても良かったのか……
「居ても良かったの?」
「聞こえてたんじゃん……」
「平日だし、駄目かなって」
「駄目じゃない」
え、可愛い……今から行っちゃだめかな?
「玲依ちゃん、明日の朝って早い?」
「んー、明日は打ち合わせもないし、少し遅めに出ようと思ってる」
もうすぐで22時でしょ。玲依ちゃんはシャワー浴びるだろうから、ちょうどいいくらいかな。うん、行ける。
「玲依ちゃん、今から行っちゃだめ?」
「え、今から? もう遅いし、危ないからだめ」
「えー、それなら玲依ちゃんの方が危ないよ。何かあってからじゃ遅いんだよ? やっぱり帰りが遅い日は迎えに行きたい」
「いや、今は私の話じゃな……」
「人通りも多いし明るいけど、玲依ちゃんは可愛くて美人なんだから、少しは自覚して欲しい」
「いや、あの、侑??」
本当はもっと早い時間に帰ってきて欲しいけど、忙しいのは分かってるし仕方ない。迎えに行けば平日でも玲依ちゃんに会えるし、私にもメリットがある。むしろメリットしかない。
「明日から遅い日は迎えに行くから」
「あ、うん、ありがとう?」
よし、これで安心。迎えはいい、って断られてたから、玲依ちゃんが家に着くまでいつも心配だったんだよね。
……あれ、何の話してたんだっけ?
「あ、そうだ。玲依ちゃんの家に行きたい、って話してたんだ」
「ふふ、今思い出したの?」
「うん。ねえ、タクシー使うから行ってもいい? タクシーでもだめ??」
車があるけど、駐車場代を考えるとタクシーの方が断然安い。
「……大変じゃない?」
「全然!!」
「……お風呂入ってくるから、上がってて」
「うん!!」
やった!! 急いで準備しないと。
*****
「玲依ちゃん」
お風呂から出れば、ソファから立ち上がった侑が近づいてきてぎゅっと抱きしめられた。
「侑、来てくれてありがとう」
「ううん、来ていいって言ってくれてありがと」
遅い時間だからと1度は断ったけど、こうして会うと、来てくれて嬉しいなって素直に思う。次に会えるのは金曜日だと思っていたから余計にね。
「ちょっと、くすぐったい」
「玲依ちゃん、いい匂い」
首筋に顔を埋めて、匂いを嗅いでくる大きなわんこ。
「侑、飲み物取りたいから離して?」
「いいよ」
あ、すんなり離れたと思ったら、向きを変えただけなのね……くっついていたいのか、今度は後ろから抱きついてきて、お腹に腕が回された。
冷蔵庫を開ければ、侑が作ってくれたおかずが目に入る。少し前まで料理なんて全然出来なかったのにね。
「侑、ご飯ありがとう。美味しかった」
「ううん、喜んでもらえてよかった」
「電話、なんだか楽しそうだったのって、このサプライズがあったから?」
「……うん。そんなに分かりやすかった?」
「分かりやすかった」
「そっかぁ」
侑は嘘が付けないタイプだよね。素直だし、真っ直ぐだから。
「侑は浮気できないね」
「浮気!? しないよ!? 絶対しない!!」
「ふふ、分かってる」
抱きしめる力が強くなって、腕をさすれば緩められた。相当動揺させちゃったみたい。
「なんでいきなり浮気……?」
「ん? 隠し事できなそうだなぁ、って」
「玲依ちゃんが鋭いんだよ……」
いや、侑が分かりやすいんだと思うよ?
「もう寝よっか?」
「うん、寝る」
「このまま行くの?」
「邪魔?」
「ううん、大丈夫だけど」
「じゃあ、このまま」
今日の侑は甘えん坊らしい。かわい……
「玲依ちゃん、おやすみ」
「なんでおでこ?? しかもなんでそっち向くの?」
「え、いや……」
ベッドに寝転んで、おでこに口付けが落とされて、くるっと背中を向けられた。さっきまであんなにくっついてきてたし、普段は背中を向けて寝るなんて事ないのに。
「何か嫌だった?」
「ううん。嫌じゃない。嫌じゃないけど……」
それっきり続きが聞こえてこないけど、もしかして寝た?
「侑? 寝ちゃった?」
「起きてる。玲依ちゃんが寝たらそっち向く」
「なんで??」
「情けないから、言わない」
隣に居るのに、拒絶されてるみたいで寂しい。さっきまでの侑はあんなに甘々だったのに。
侑がしてくれたみたいに後ろから抱きつけば、引き締まった腹筋に直接触れたい、という欲求が芽生えた。
「……っ!?」
「なんか前より引き締まってない? 鍛えてるの?」
「うん……っ、玲依ちゃんがよく触ってくるから、好きなのかな、って」
「えっ」
そんなに触ってた? バレバレだったのなら、堂々と触っとこ。
「……っ、玲依ちゃん……っ、出来れば服の上からにしてもらえると……」
「んー、もうちょっと」
こっちを向いてくれない侑が悪いってことで。
侑の耐えるような吐息が色っぽくて、なんかしたくなってきた……ちょっと誘ってみようかな。
「ゆう……」
「んっ……玲依ちゃん……!!」
「っ!? ん……」
首筋に唇を寄せれば、ビクッと反応して、ペロッと舐めればやっとこっちを向いた侑に唇を塞がれた。
「玲依ちゃん、誘ってるの?」
「気分じゃない?」
「大歓迎」
誘われてくれた侑はニヤリ、と悪い顔で笑った。
「ねぇ、なんで背中向けたの?」
「平日だし、襲っちゃいそうだったから……身体目的で来たって思われるのも嫌だったし……結局玲依ちゃんに誘われて我慢出来なかったけど」
「寂しかった」
「ごめんね」
今度はしっかり抱き寄せてくれて、眉を下げて謝ってくれる。身体目的だなんて思わないのに。
毎日、とかはさすがに無理だけどね。侑はまだ若いから先のことになると思うけど、何れ一緒に住む、なんて事になったら大変かもしれない……
「侑が大事にしてくれてるのはちゃんと分かってるから」
「うん。ありがとう」
「おやすみ」
「おやすみ。……玲依ちゃん、大好き」
頭を撫でてくれる手つきと優しい声に急激に眠気が襲ってきて、私も、と返せていたか分からないけれど、ちゃんと伝わってたらいいな。
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