ご挨拶(高野家女性陣)前編

 今週は休出もなくて、侑とのんびり過ごしていた土曜日のお昼すぎ、スマホが着信を知らせた。


「千紗姉? 侑、ちょっとごめんね」

「お姉さん? 私のことは気にせずー」


 家族の中で1番近くに住んでいるけれど、話すのはこの間帰省した時以来かな?


「もしもし? 千紗姉?」

『突然ごめんね。玲依、今日って休み?』

「うん、今日は休み」

『今は家?』

「あ、うん、家だけど」

『玲依、家だって』

「義兄さん?」

『あ、ごめんごめん、慧くんもいるけど、今のはお母さん。お母さんがこっちに用事があったらしくてランチしたんだけど、このお店のケーキが有名で、折角なら玲依にも食べさせてあげたい、って』

「あ、お母さん来てるんだ? ありがとう。でもごめん、今日はちょっと……」


 侑がいるし、まだ話してもいないのに突然会わせたらお互いびっくりしちゃうよね。


『あ、出かけちゃう? お母さん、ちょっと待って、玲依出かけるかも……って何個買ってるの?』

「もう買っちゃった?」

『うん。あ、でも大丈夫。うちのチビ達が喜んで食べるから』

「ごめん……あ、ちょっと待って」


 とんとん、と肩を叩かれて、侑を見ればスマホを見せてくる。


『家族を優先して? また夕方か夜に来させて貰ってもいい?』


 侑を見れば、優しく頷いてくれている。侑に甘えることにしよう。


「やっぱり、夕方までだったら大丈夫。千紗姉の家に行けばいい?」

『子供たち飽きちゃってるから、慧くんに任せるわ。そっち行ってもいい?』

「うん、分かった。場所分かるよね?」

『多分大丈夫! 近くなったら連絡するわ』

「うん。じゃあまた」


 電話を切って、侑に寄りかかればぎゅっと抱き寄せてくれて、気にしないで、って言われているみたいだった。侑のこと、今日話してみようかな……


「侑、ごめん」

「ん? 気にしないで。夕方か夜にまた来るね。よし、じゃあ一旦帰るね」

「え、もう……?」

「そんな寂しい顔されると帰れないんだけど……」


 温もりが離れていって、寂しくて見上げれば困ったように眉を下げる侑。


「もうちょっと居て?」

「すぐ来るんじゃないの?」

「近くなったら連絡くるから……もうちょっとだけ、だめ?」

「ダメじゃない」


 嬉しくて飛びつけばまた抱きしめてくれて、めんどくさい私にも嫌な顔をしない侑はどこまでも優しい。



 侑が帰ってしばらくして、雨が降り始めた。洗車をするんだ、とウキウキしていた侑は今頃落ち込んでいるかな、と考えて思わず笑ってしまった。



「良かった、傘持ってたんだね」


 2人が到着すると、ちゃんと傘を持っていたらしく、そこまで濡れていなかった。


「それがね、後ろから走ってきた子から、これ使ってください! って傘を渡されて、お母さん思わず受けとっちゃった」

「お礼を言う間もなく走っていったけど、近いから、って言ってたから玲依は見たことあるかな? 背は多分慧くんより少し低いくらいだから160後半くらいで、黒髪短髪でピアスがいっぱい付いてた」

「千紗姉、一瞬でよくそこまで見てたね?」

「イケメンだったからガン見しちゃった」


 それにしても、黒髪短髪でピアスが沢山? ……まさかね。後ろから走ってきた、って逆方向だし、似たような人なんていっぱいいるよね。

 通りすがりの親切なイケメンの話題で盛り上がっている2人を置いて、コーヒーを準備しようとキッチンへ向かった。



 買ってきてくれたケーキはすごく美味しかった。お店を聞いたから、今度侑を連れていこう。絶対喜ぶはず。反応を想像して緩んだ顔をしていたようで、前に座っていた千紗姉がニヤニヤしながら見てきていて、慌てて引きしめた。


「で、キスマークの歳下の彼とは順調?」

「げほっ」


 危なっ……コーヒー吹き出すところだった……

 どうやって話をしようかな、と思っていたからちょうどいい、かな。


「順調だけど、彼、じゃない」

「え? 彼じゃないの?」

「もしかして……ホストにでもハマったの!?」

「お母さん……ハマってないから」


 もしそうだったとしても、キスマークなんてつかないよね? 知らないけど。

 なんだ、1回行ってみたいのよね、なんて、お父さんが聞いたら泣くよ??


「この前、付き合ったばっかり、って言ってなかったっけ?」

「言った」

「別れたってこと? でも、順調??」


 ?でいっぱいの千紗姉と、このコーヒー美味しい、ってほのぼのしているお母さん。


「落ち着いて聞いて欲しいんだけど……女の子、なんだよね」

「女の子」

「そう。女の子」

「そういうことか……」


 そう言って黙ってしまった千紗姉と、さすがに驚いたのか、お母さんも一瞬止まったけれど、何事も無かったようにコーヒーを飲み始めた。きっと色々と考えているんだろうな。



「びっくりさせたと思うけど、侑とは遊びで付き合ってる訳じゃない。すぐには難しいと思うけど、いつかちゃんと紹介させて欲しいし、認めて貰えたらって思ってる」


 しばらく沈黙が続いて、これだけは、と思って伝えれば、顔を見合わせて頷き合う2人。


「玲依が決めたなら、いいんじゃない」

「そうね。玲依が幸せでいてくれることが1番」

「え、そんなにあっさり……?」


 もうちょっとこう……あれ?


「歴代の彼氏の時、紹介させて欲しい、なんて言ったことないじゃん」

「会ってみたいって言ってもそのうちね、なんて言って連れてきたことなんてなかったから、お父さんはほっとしてたけどね」


 確かに、今まではのらりくらりと躱していたっけ……


「その侑ちゃんは今日は?」

「さっきまで居たんだけど、家族を優先して、って言って一旦帰った」

「なんだ、そのまま居てくれて良かったのに」

「さすがに、何も話してないとキツイかな、って」

「会いたいなー」

「連絡してみるけど、来てくれてもあんまり絡まないでよね」


 キラキラした目で、会いたい、とアピールする母と、どんな子かな、ってニヤニヤしている姉。

 侑ごめん。絡まれること間違いないわ……



「侑、今大丈夫?」

『うん。大丈夫だよ』

「あのね、お母さんと千紗姉が侑に会いたいって言ってて……」

『え、嬉しいけど、それは、どういう……?』

「ちゃんと、恋人として紹介させて?」

『……うん。ありがとう』

「会ってもらえる?」

『暇してたし、これから向かうね』

「ありがとう。手ぶらでいいからね」


 快く来てくれると言ってくれたけれど、まだ若いのに恋人の親と姉に会うなんて負担じゃないかな、と心配になる。

 電話を終えて戻れば、期待した目で見てくる2人。


「来てくれるって」

「やった!」

「お化粧直しておいた方がいい?」

「お母さん、そのままでいいと思うよ……」


 うん、千紗姉に同感。



「侑、来てくれてありがとう……って大丈夫?」

「緊張しすぎて吐きそう……」


 インターホンが鳴って、玄関を開ければ顔面蒼白な侑の姿。電話では即答してくれたけれど、本当はかなり頑張ってくれていたのかも。


「侑、突然ごめんね。反対されてないし、心配ないから」

「ご家族に挨拶なんてした事ないし……歳下だし、頼りないって思われちゃうかな?」


 不安げな侑を見て、頼りないとかよりも愛しいな、って思う時点でもう侑に参っている。


「大丈夫。ただ会ってくれるだけでいいから」

「うん」


 私の後ろを歩きながら深呼吸をして、よし、と気合を入れている。可愛い……


「お母さん、千紗姉、恋人の山崎侑ちゃん」

「はじめまし「あ!!」……て?? 山崎侑です……」


 千紗姉?? しまった、と口を押えたけど、何……?


「さっきはありがとう。玲依の母です」

「まさか玲依の彼女とは……姉の千紗です。侑ちゃん、よろしくね」

「え……? 知り合い??」


 似たような人なんていっぱいいる、と思ったけど本当に侑だったってこと?

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