19.臆病な心
12月の第2週目の金曜日、ホテルで会社全体での忘年会が開かれている。社員の交流が盛んだし、忘年会は多くの社員が参加するからすごい人数。最近は玲依ちゃんが忙しくて会えてなかったし、早く会いたいな……
課のメンバーで話をしていれば、入口の方がざわついて、見れば玲依ちゃんが入ってきた所だった。
「高野さん、相変わらずキレー」
「え、こっち見てない?」
「あれ、もしかしてこっち来る?」
バッチリ目が合って、玲依ちゃんが近づいてくる。私と玲依ちゃんの関係を疑っていたお姉様たちの視線が私に注がれるけれど、気付かないふり。あれ以降、訂正も肯定もしていないから気になっているんだと思う。
もう少し、という所で部長に呼び止められてしまって飲み物を取りに離れてしまった。目が合ってごめん、と言うような表情だったから頷いておいたけど、伝わったかな?
少し離れたところに部長と玲依ちゃん、そして途中から社長も合流したから、注目の的になっている。なんか困ってる気がするけど、なんの話しをしてるんだろ……
社長はフットワークが軽くて、時間を見つけては色んな部署を回って自ら声をかけているし、私も何度か話をしたことがある。
無茶な要求をするような感じではないからパワハラとかの心配は全くないけれど、困ったような玲依ちゃんを遠目から見ているだけで私じゃ助けてあげられないのがもどかしい。
「なんの話してた?」
「仕事の話じゃね?」
「なんか、社長の息子が頼りないとかで高野さんみたいな人に支えてもらいたい、とかって聞こえたんだよな」
「それってお見合い!?」
「ーっ!? ゴホッゴホッ……すみません……」
野次馬をしに行った同僚が戻ってきて言われた言葉に、タイミング悪く飲み物を飲んだところで噎せてしまって、慌てて謝ったけれど、心臓がうるさい。
玲依ちゃんに、お見合い? しかも、社長から?
玲依ちゃんが社長の息子のお嫁さん候補ってこと? 嫌な想像ばかり浮かぶし、できるなら今すぐ玲依ちゃんを連れて帰ってしまいたい。
玲依ちゃんはどう答えるんだろう……私なんかより立派な相手なのは間違いないし、玲依ちゃんのためには応援した方がいいのかもしれない。でも、自分から今の幸せを手放すことなんて到底出来そうになかった。
「……はぁー」
顔色の悪い私を心配して、休んでいた方がいい、と同僚たちに言われたから会場の外の椅子に座っていても気分は晴れなくて大きなため息が漏れる。
「侑。ゆうー?」
「はいっ!? ……玲依ちゃん??」
項垂れていたからすぐに反応出来なくて、玲依ちゃんが目の前にいる今の状況が理解できない。
「久しぶりだね。体調悪いんだって? 大丈夫?」
「うん……玲依ちゃん、なんでいるの?」
「総務の人に聞いたら、体調崩して休んでるって聞いたから」
もうお話はいいのかな? 探してくれたのは純粋に嬉しい。
「熱はなさそうだけど、顔色はちょっと悪いね……もう鍵渡しておくから、先に帰っておく?」
少し屈んで、おでこに手を当てて心配そうに見てくる玲依ちゃんの様子は普段と変わらなくて、なんだか泣きそうになってしまう。
「え、そんなに具合悪い?」
口を開けば問い詰めてしまいそうで黙って首を振れば、ますます心配そうに眉を下げる玲依ちゃん。玲依ちゃんが別の人を選んだら、と考えたら胸が苦しい。
玲依ちゃんの事を誰より幸せにしたい、っていう気持ちに変わりは無いけれど、玲依ちゃんに選んでもらえる自信なんてない。
「侑、何かあっ「いたいた、高野、社長がもう少し詳しい話をしたいと……あ、すまない1人じゃなかったのか」」
「……っ!? では高野さん、失礼します」
部長からは私が見えなかったのか、視界に入った私を見て驚いた表情をしていた。
咄嗟に距離を取って立ち上がった私に傷ついたような表情をした玲依ちゃんを見ないようにして、部長に会釈をして会場に戻ったけれど、とても同僚の元へ戻る気なんてしなくて、壁に寄りかかって会場を眺める。
絶対に傷つけたくない、と思っていたのに、玲依ちゃんにあんな顔をさせるなんて最低だ、という自己嫌悪と傷ついた表情をするという事はまだ気持ちがあるって事の証明のようで感情がぐちゃぐちゃ。
みんなお酒も進んで楽しそうにしていて、こんなに憂鬱な気分でいるのは私だけな気がした。
社長がもう少し話したい、って本気だよね……玲依ちゃんは仕事もできるし、優しくて美人だし、身体だって女性らしくて魅力的だし、甘えてきて可愛いところもあるし、社長が目をつけるのも分かる。
社長の息子だって、玲依ちゃんと会ったらきっと乗り気になるに違いない。もう面識あったりするのかな……あー、やば。気持ち悪くなってきた。
この後部署対抗のゲームがあって景品も豪華だけれど、とても参加出来る気分じゃない。私一人抜けたところで影響はないだろうし、係長に声をかけて帰らせて欲しい、と伝えれば顔色の悪さを心配されて、ゆっくり休むように、と言ってくれた。
「侑さん、大丈夫ですか?」
「ごめんね、大丈夫。ありがとう」
「対抗戦、いい景品ゲットしてみせます!」
「うん。頑張って」
「侑ちゃん送っていこうか?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
近くにいた同僚達も心配してくれて、みんな優しいな……
駅に着いて、どこかに行こうかな、と思ったけど行きたい場所なんて1つしか浮かばなかった。
玲依ちゃんの家に行けるはずなんてなくて自宅に帰れば、母は夜勤の日だから当然誰も居ない。1人なんて慣れているはずなのに、無性に寂しい。
本当なら忘年会が終わったあと、管理職が集まる二次会に参加しなければいけない玲依ちゃんを家で待っている約束だった。久しぶりにゆっくり出来るのをずっと楽しみにしていたし、玲依ちゃんだって鍵を渡してくれようとしていたのに、何も言わずに逃げてきてしまった。自分がこんなに臆病だなんて知らなかった。きっと怒ってるよね……
玲依ちゃんから連絡が来て、別れを告げられるんじゃないかって怖くてホテルを出る時にスマホの電源は落とした。
玲依ちゃんのこれからを考えたら祝福して送り出すのが1番いいことは分かっているけれど、みっともなく泣いて縋って玲依ちゃんを困らせてしまう自分が浮かんだ。想像しただけで泣けてくる……
もう何も考えたくなくてベッドに寝転んで目を閉じた。
ピンポーン
「……ん?」
インターホンの音で目が覚めて、時計を見れば21時を過ぎていた。こんな時間に誰……? もう1回寝ようと目を閉じたけれど、再度インターホンが鳴って身体を起こした。
「え……なんで……」
モニターを見れば、ここに居るはずのない玲依ちゃんが映っていて目を疑った。忘年会はまだ終わらないはずじゃ……?
無意識にオートロックを開けていて、暗くなったモニターを見て我に返った。いやいや、なんで開けてるの!? 玲依ちゃん来ちゃうじゃん!?
え、どうしよう……絶対目も腫れてるし、この顔で会える? 居留守? いや、オートロック開けたんだった……
逃げる? いや、どこに?? うわ、本当にどうしよ……
ぐるぐる悩んでいたらインターホンが鳴って、玲依ちゃんが部屋の前に着いたことを知らせた。
扉の向こうに玲依ちゃんが居る。なんで来てくれたのかな……
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