2.新事実

 昨日はもしかしたら玲依さんから連絡があるかも、と思いながらも寝てしまって、朝起きて慌ててシャワーを浴びて家を飛び出した。

 いつもと同じ電車に乗れたけれど、2駅だけとはいえ満員電車は疲れる。もう少し遅い時間にしてもいいんだけれど、帰るのも遅くなるし、早く起きるのは無理だからこの時間帯がちょうどいいんだよね。


 お昼時間帯に打ち合わせがあって、普段とは違う時間帯にお昼休憩になった。先輩と後輩と食堂に行けば見慣れない顔ばかりでなんだか新鮮。


「お、高野さんだ」

「え? どこっすか? うわ、本当だ」


 高野? 昨日聞いたばかりの苗字だな、と先輩の視線の先を見れば玲依さんの姿があった。え? 本人?? なんで??


「高野さんって……?」

「え、山崎さん知らないんすか!?」

「うん」


 後輩から信じられないものを見るような目で見られたけど、そんなにおかしい?


「それはもう! 有名人ですよ!!」

「……そんなに?」

「あー、まあな。ちなみに、山崎も負けてないと思うぞ」

「……は?」


 いやいや、なにそれ? 意味がわからない……


「山崎さんずるいっすよー! 愛想ないのにモテるなんて……やっぱり顔っすか!?」

「いや、知らないし。私自分の顔大っ嫌いだし」

「えぇ!? なんて贅沢な……!!」

「男みたいにガツガツしてなくて、さり気ない優しさが良いらしいぞ。高橋、お前も頑張れ」

「うわ、先輩は既婚者の余裕ってやつっすか!?」

「まあな」


 じゃれ合う先輩と後輩のやり取りはもう耳に入ってこなくて、ただ玲依さんを見つめていた。



「奈央、高野 玲依さんって知ってる?」

「もちろん。え、もしかして侑知らないの?」


 たまたま帰りが一緒になった奈央に聞いてみれば、何を当たり前なことを、みたいな返事をされた。


「この前絆創膏くれたお姉さんだったんだけど」

「……え!? 本当に!? どういうこと!?」

「本当」

「ちょ、飲みに行こ!!」


 返事を聞く間もなく飲みに行くことが決まった。まあ、明日は休みだし、予定も無いからいいけど。



「で、どういうこと?」


 会社の近くの居酒屋に連行されて、前のめりな奈央に苦笑する。


「今日のお昼に食堂で見かけて」

「あれ、企画課って侑のところとは時間帯違うよね?」

「打ち合わせで休憩ずれちゃってさ」


 食堂の混雑回避のために昼食時間帯が二つに分かれているから、違う時間帯だとまず会うことは無い。奈央とも社内で偶然会う、なんて滅多にないし。

 社内に知らない人なんて山ほどいる。まあ、玲依さんは有名人みたいだけど。


「そうなんだ。話した?」

「ううん。遠目から見ただけ。後輩にも驚かれたけど、そんなに有名人?」

「うん。20代で企画課の係長だし、あの容姿だからね。広報誌にもよく載ってるよ。今課長が不在で、実質高野さんが課長みたいな感じらしいよ。来年には昇進するんじゃないかって噂」


 え、係長なんだ。このまま行けば時期課長ってことか……そんなに早く出世してるなんて、仕事できるんだな……


「キリッとしてるし、かっこいいよね」

「……キリッと??」


 どっちかというとふわっと、って感じだったけどな。


「え、うん。隣の部署だからたまに見かけるけど、いつもキリッとしてるよ」

「へぇー」


 仕事中の玲依さんも見てみたいな。企画課に用事があることなんてまずないけれど。


「高野さんと付き合いたいって思ってる人は多いけど相手にもされてない感じ」

「そうなんだ」


 やっぱりモテるんだなぁ……


「それは侑も同じだけどね?」

「え?」

「侑、1年目の忘年会でバンドやったじゃん? あれで一気に侑のことが広まったみたいで、同じくらい有名だよ?」

「マジか……」


 毎年色々な余興が行われていて、その中の1つだったバンド演奏のギターで出る予定の同期が飲まされて潰れちゃって、代理で出ることになったんだよね……昔ちょっとやってた、って言ったのを覚えていた奈央からその話が伝わって、間違えてもいいから出て! って着替えさせられてステージに立ったのをよく覚えている。


 やたらと女の子に声をかけられるのは、未だにその時の印象が残ってるってことなのかな。



 休みの日は適当に遊び歩いているけれど、玲依さんの顔が浮かんで、とてもそんな気分になれなくて、誘いを断って部屋でだらだらしていた。

 珍しく休みの日に家にいる私に母がものすごく驚いていたけど。ここ数年家には寝に帰ってくる、って感じだったし。


 玲依さんは何してるのかな、とスマホに表示された連絡先を眺める。私なんかに好かれても迷惑だよな、と結局連絡もできず、玲依さんからも連絡はない。きっと私が同じ会社だなんて知らないんだろうな。



 玲依さんとは会社で会うことも無く、連絡を取る事もなく日々が過ぎていった。

 お昼を食べて席に戻ると、隣のグループの子が何やら慌てている。まだ休憩中なのにトラブル?


「佐々木さん、何かあった?」

「あ、侑さん! それが、午後から使う予定の会議室の予約が取れてないって企画課から確認が入ってて」

「午後って何時?」

「13:30です」

「うわ、あと30分もない……予約確定メールは流れてる?」

「えっと……あれ、これじゃない……どこを見るんだっけ」


 ホワイトボードを見れば、担当者は有給になっていた。不在時のフォローを任されている佐々木さんは1年目だし、まだ他のメンバーは戻っていないしちょっと厳しいかな……


「ごめん、ちょっと貸してもらってもいい?」

「あ、はい!」


 会議室を管理しているシステムを見れば、予約確定メールは流れているけれど、企画課側からのキャンセルが入っていた。キャンセル後すぐに新しい予約依頼が入って確定されてるのか……

 時間もないし、こっちで調整するしかないかな。


「別の会議室も空きはないからいくつか変更かけるしかないね。15時半からの営業1課の応接室1を6に変更して、14時半からの開発課の応接室2を空いた1に変更して、企画課の会議は応接室2に新規予約、できそう? 変更メールは流さないで止めておいてくれる? 今から営業1課と開発課の担当者には私から連絡入れるから」

「はい!!」


 システム側の変更は任せて、担当者に会議室変更の謝罪連絡を入れる。お客様側への案内はこちらから受付に伝えて対応すると伝えて、両方から了承してもらった。


「佐々木さん、変更どう?」

「今終わりました!」

「両方とも了承してもらったから、確定メール流してもらえる?」

「はい!」

「企画課の連絡をくれた方には、予約のログのキャプチャと一緒にメール送ろう。待ってるだろうし、まずは電話で新規予約したことだけ伝えてくれる? 私は受付に対応依頼してくるね」

「すみません……!! ありがとうございます」


 受付のお姉さま方に対応の依頼をしに行けば、お願いする側なのにお菓子を貰ってしまった。今日のおやつに頂きます。



 15時過ぎに佐々木さんを誘って休憩をしようかな、と思って席を見れば、男の人が申し訳なさそうに頭を下げていた。企画課の人かな? まあ、他のメンバーも戻って来ているしトラブルだったとしてももう大丈夫だろう。飲み物でも買いに行こうかな。

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