第2話

「何見てるの。」

「えっ」

「これ見て。多いでしょう。」

 私は首を縦に振った。

「図書館、みんなあんまり来てくれないのよね。それなのにたまに借りていく子の扱いが雑だから本は傷んでいくばっかりで、人が来ないからここで働く人も増やしてもらえなくて、ほんと重労働よ。単純作業ばっかり何時間も何時間も。日の当たらない仕事よね。」

 私は黙って話を聞いた。

「当番さん、本は好き?」

「はい。少しだけど、読みます、小説を。」

「あら、嬉しいわね。だから図書委員になったの?」

 えっと、それは違う。理由、言った方がいいのかな。でもあんまり正直に言うと、ああいう話をすると必ず心配される。迷惑をかけるわけにはいかない。

「誰もやろうとしなかったんじゃない?先生方が言ってるのよ。学級委員とかは目立ちたがりな子がやってくれるから決めるのに苦労しないけど、図書委員は大変だって。当番さん、もしかして進んでやってくれたのかな?そういう子が一人でもいると、私は嬉しいわ。ありがとうね。」

 また、嬉しいだなんて。この人は私に向かって何回お礼を言うんだろう。ただ委員になっただけなのに。こんなに感謝されて、かえって申し訳ないと思う。

 そうだ、いいこと思いついた。

 あれ、手伝おうかな。きっと大変だから、そうすれば二回のお礼に見合うはず。

「あの、それ、大変ですよね。」

「分かってくれる?そうなのよ、これめんどくさいのよ。」

 なんて言えばいい?手伝います、だとはっきりしすぎかな。断られたら恥ずかしい。手伝っても大丈夫ですよ、だと上から目線だからだめだ。こういうとき一番いいのは、提案することなんだ、きっと。

 緊張する。司書さんだって、突然提案なんてされたらびっくりするに決まってる。なんて言われるかな、私のことどう思うかな。ちょっと怖いけど、一言言うだけなんだ。私にだって、そのくらいならできるはず。私は両手をぐっと握りしめた。

「えっと、私もそれ、少し手伝いましょうか。」

「いいの、手伝ってくれるの?」

「はい。」

 あっさり喜んでくれた。

 夏目漱石、森鴎外、いろんな文豪の本がある。『人間失格』とか『たけくらべ』とか、最近かわいいカバーが付けられたことが話題になった本、それに『羅生門』や中島敦の『山月記』他には『こころ』のように、現代文の教科書に載っている本も少し読まれた形跡がある。それらはどれも少し汚れていた。でもこれじゃあ誰も読みたがらない。みんなが好きなのは漫画。学校の図書館にそれは置けないから、せめてライトノベルにしなくっちゃ。タイムスリップものとかバトル系は人気のはずだ。

 本の山の中には、確かにラノベもあった。数は最も限られていて、でもそれらが一番汚れてる。

 昔も一度図書室で仕事をした経験があるから、テープの留め方はなんとなく覚えている。あの時も他に成り手がいなくて、でも今と違うのは押し付けられたということだ。あの時は自分から手を挙げるということが分からなかった。これでも一応、少しずつ変わってきてるんだとは思っている。でも、まだまだ全然だめだ。私は何も言えないし何もできない。

 でも今なら、ちょっとだけ勇気が出せると思う。さっき「お手伝いしましょうか」って言えたから。私は作業する手は止めないまま、司書さんに話しかけた。

「あの、その、や、やっぱり図書室にいっぱい来てほしいですよね。」

「もちろん。」

「あの、私、この本の山見てて思ったんですけど」

「何々?」

「傷だらけになっている本は見た目も堅くて真面目です。でも多少は読まれているっぽいやつは、教科書に載っている本だったり、カバーの絵がかわいいです。」

「なるほどね。そういう違いか。」

「そうです。だから、学校には漫画が置けないんだったら、教科書に載ってる作家の本とか、絵がかわいいやつとか、そういう、手に取りやすいやつを増やすといいと思うんです。いや、わかんないですけど、なんとなく。本当になんとなくです。」

「委員の子が言うなら、きっとそうなんだよ。もっと取っつきやすい本を増やせばいいんだよね。」

 うーん、と司書さんは少し唸った。

「でもね、当番さん。最近はみんな古い文学を読まなくなっているでしょ。字が細かくて、これぞ本!みたいなやつには誰も興味ない。だからね、私はこの図書室で昔の良い文学に触れてほしいの。」

「えっと、でも。確かに、それはいいと思います。でも、私は確かに読書するけど、一番最初はここにあるみたいな薄い本だったし、かんたんなものからハマっていったから、だから」

 言いながら目の前にあった派手なカバーの本を司書さんに見せた。

「最初が大事だと、思います。」

「最初か。最初、最初ねえ。」

「一度ハマれば、だんだん難しいのも読むようになると思うから。」

「確かにね。当番さんの意見もとっても的確だわ。貴重な意見をありがとうね。」

まただ、司書さんが「ありがとう」って言うのは。私はもう何も話題が思い浮かばなくて、黙った。司書さんも同じだったみたいで、二人で粛々と作業を続けた。

 補修テープをだいたいの大きさにハサミで切って貼る。縁がぼろぼろになっていたり、酷いと破れているページがあったりする。どれもサイズに合わせて手作業で直していく。

 大きすぎて余ったテープはカッターで切る。うまくできると、さらに破れたりもっとボロくなることを防げる。テープは透明で、貼ってもほとんど気にならない。

 司書さんはさすがお手のものだ。私は何年も前の感覚を呼び覚ましながら丁寧に作業を進めていった。一冊一冊、ゆっくりと。ときどき面白そうな本を見つけると、手を動かしつつ読んでみた。せっかくだし、今日直した本の中で何冊か借りてみよう。自分がその本をよみがえらせたのだと思うと、学校のものとはいえ愛着が湧いてしまう。

 私は、もしかしたら司書さんも同じ気持ちなのかもしれないと思った。ここで毎日一人で本を管理する。そんな仕事は絶対寂しいに決まってる。でも辞めないのは、この仕事が楽しいからなんだ。みんなは気付かないけど、本に触れることは楽しい。小さな液晶ばかりじゃなくて、昔ながらの紙にも良さはある。紙は、夏は冷たく冬は暖かい。

 二人で一山ずつ片付けていった。十分、三十分、一時間。

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