第4話 本名を明かして



 おそらく私の体は、それほどなまっていない。


 日々の仕事の影響で、毎日鍛えられているも同然だったからだ。


 さすがに現役の頃のようには動けないが、それでもただの騎士に遅れはとらないだろうと考えていた。


 しかし、インカジュール王子は用意周到だった。


 気がつくと、沢山の兵士達が周りを囲んでいた。


 先ほど確認した時より、数倍も人数が多い。


 おそらくこちらを油断させるために、ずっと隠れていたのだろう。


 初めから私が抵抗するのを見越していたようだ。


 インカジュール王子は、きっと誰も信じていない人間なのだ。


 王子は先ほど話した内容の中で、通じあっていたはずの姫の事を心配したり、悲しんだりすることがなかった。


 きっと、心から信用できる人間がいないせいなのだろう。


 私は王子の事を哀れに思った。

 しかし、だからといって状況が良くなるわけもない。


 哀れみの視線を向けられた事に気が付いたインカジュール王子は激怒した。


「そんな目を向けるな! 俺は可哀そうな王子なんかじゃない! 剣を振る事しかできない人間が、上から目線で哀れむんじゃない。お前達、この女を多少傷つけてもかまわないから、必ず捕まえろ!」


 敵の数が多すぎる。状況はあきらかに不利だ。


 暗い未来の到来を悟った私は、せめてこれだけは伝えようと思った。


 私は、命を助けれくれた恩人に向けて告げる。


「ファルコン、こんな事に巻き込んでしまってごめんなさい。私は、貴方の事が好きでした」


 そしたら、彼はほほえみながら、言葉を返してくれた。


「俺も好きだよ。これからもずっと好きでいてくれ。どんな状況でも、生きる事を諦めてはいけない」







 数秒後には、未来が壊れてしまう。

 私はインカジュール王子に捕まってしまい、人質の役目を終えたファルコンはたくさんの兵士達に殺されてしまうだろう。


 けれど、私の元に舞い降りた幸運は、まだ品切れではなかったらしい。


 絶望的な状況で頭を働かせいた私の前に、思わぬ光景が現れた。


 それは、様々な人が現れて、兵士達を攻撃する光景だった。


「日ごろ世話になっている礼を返す時だ! 野郎共、やっちまえ!」

「そうだそうだ! あねさんにはこれからも仕事をしてもらわなくちゃならないしな!」


 冒険者や、お世話になっている今の国の兵士、退役した兵士や、名のある騎士、力自慢で有名な近所の市民などなど。


 彼等は、すべて私とファルコンの知り合いだった。

 どうやら二人の人間がいきなりいなくなったため、私達の事を探してくれて、かけつけたらしい。


 存分に暴れた彼らの数は、敵の勢力のおよそ三倍。


 不利と悟った敵は、すぐにその場から逃げ出してしまった。


 そのおかげで、傷一つない大勝利だ。


 私達は皆で無事に、帰るべき場所へ帰る事ができたのだった。







 帰った後は、ファルコンと話しあって、国を挙げて結婚式をしようという事になった。


 王子との結婚だから、これからの生活が不安だったけれど、普段のファルコンの行動を見ていれば何とかなるような気がしてきた。


 結婚式の日は、私も彼も含めて皆が笑顔だった。


 その日私は、元の国がある方向を見て、永遠の別れを告げた。


「テイル・ニス・アゲインラース。貴方は病める時も、健やかなるときも夫を支える事を誓いますね」

「はい、誓います」


 故郷には何の未練もなくなった。


 もう、戻ろうとは思いません。私は隣国の王子様と幸せに暮らします。


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