魔女と世界の隠し事

洞貝 渉

第1話 世界

 猫だよ。

 猫来たよ。

 ほら、猫だよ。

 ほら。

 ほらほらほら!


 肉球でちょいちょいと頬っぺたを突かれて、魔女はしぶしぶ目を開ける。

 真っ白でふわふわな赤い目の猫が魔女を見下ろして、満足げに一声鳴いた。


 ほら、やっぱり猫が来ると起きた。

「いや、あんたが起こしたんでしょうに」

 照れなくてもいいよ、猫はちゃあんとわかってるもの。

「わかってるって、何を?」

 猫にごはんをあげたいんでしょ? 

 いいよ、猫は寛大だから、ごはんを食べてあげる。

「……はいはい」


 ベットから起き上がると、魔女は猫の食べ物について考える。

 猫まんま、は、違うか。カリカリしてるキャットフードか? いや、あれ確か、ウェットタイプもあるか。まあ、食べられればどちらでも……。

「まあ、そーゆうことだから」

 と、魔女はおもむろにこちらを向いた。

「カリカリでもウェットタイプのフードでも、なんなら猫が食べられる他のものでもいい。出してくれないか」


 私はちょっと考えてから、とりあえず一週間分くらいのカリカリフードが入った紙袋を魔女の手元に出してやる。


「どうもね……」

 魔女は感謝よりも面倒くささを前面に出して礼を言う。

 においで紙袋の中身がわかっただろう猫が目を輝かせた。


 猫はここだよ!

 いつでもごはん食べてあげるよ!


 魔女の手元にいきなり現れた紙袋に、警戒する様子はゼロだ。よっぽど魔女のことを信頼しているのだろう。


 魔女はキッチンに向かうと、手ごろなサイズの皿を選んでキャットフードを入れ、足元にすり寄る猫の近くにそっと置いてやる。猫はおいしそうにもりもりと食事を始めた。


「あたしも、ごはんにしようかな……」

 魔女は薬缶に水を入れ、コンロにかける。

 冷蔵庫を開き、レタスとトマトとハムとチーズとバターを引っ張り出し、買い置きの食パンでサンドイッチを作り始める。

 そうこうしているうちにお湯が沸き、一杯分の珈琲を淹れるためマグにドリッパーをセットして、事前に挽いておいた珈琲の粉を目分量で入れ、お湯を優しく注ぐ。かぐわしい香りがキッチンに広がった。


 ……そのくらいの食事のことなら、私のことを頼ってくれてもいいのにね。


「うるさいな、あんまり干渉されたくないんだよ」

 その割に、困ったときは頼ってくるよね。その猫の時とか、さ?

「それは、あたしじゃどうしようもなかったから」

 もっと日常的に頼ってくれてもいいんだよ?

 まあ、四六時中見てるわけでもないから、ダメなときはダメだけど。

「もう十分に頼らせてもらってるよ」

 いやいや、全然これくらいのこと何でもないんだけどね?


 魔女は出来立てのサンドイッチを乗せた皿と淹れたての珈琲の入ったマグを両手に持って、ダイニングテーブルへと移動する。

 私も一緒に視点を移動させる。

 猫がチラリと私を見た気がするが、たぶん気のせいだろう。


 魔女は私のことをちょっと警戒しているけれど、できればもう少し頼ってほしいと思う。別に何も警戒されるようなことはしてないんだし。

 私はいくらかこの世界に干渉できるから、魔女はそれを警戒している。

 でもさ、だってこれ、VRゲームだし。



 部屋が狭いのでゴーグルは着けてるけど、移動はマウスとキーボード。

 魔女との会話は、初めはキーボードで入力して言葉を伝えていたけれど、最近はマイクを使っている。こっちの方が、なんとなく会話してる感が出るから。

 いくつかコマンドがあるから、それを操作すれば、多少のことならこの世界に干渉することもできる。例えばキャットフードを出してあげる、とか。


 でも、さすがに昨日は驚いた。普段はできうる限りこちらを無視していた魔女が、私に助けを求めてきたのだ。

 死にかけた猫をどうしても助けたい、と。


 

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