第26話 凄いじゃない


 浜松へは普通列車でのんびり行く事を提案した

 しかし、「新幹線だと1時間も節約できるわ」という七瀬の効率厨が発動したため、再び新幹線に乗り込んだ。


 昨晩、寝落ちして日課の動画編集が出来なかったため、着くまでで作業をしようとノートPCを開く。


 『よしよしヨッシー』チャンネルを開き、昨日投稿された最近動画をダウンロードしていると。


「何をしているの?」


 七瀬が興味深げにディスプレイを覗き込んできた。


「動画を編集して、ヨーチューブに投稿してる」

「高橋くん、食べ物を粗末にしたり、変な顔をしたりしてお金を稼ぐ人だったの?」

「ヨーチューバーへの偏見がひどい」


 あながち間違ってはいない気はするが。


「まあ、厳密には俺はヨーチューバーじゃなくて、切り抜き師という立ち位置かな?」

「きりぬきし?」


 七瀬が首を傾げる。


「そう。このヨーチューバーのチャンネルの動画をカット編集……切り抜いて、自分のチャンネルに投稿してるんだ」


 ヨッシーさんのチャンネルの動画を見せる。

 画面の中で、ヨッシーさんが視聴者のネガティブ質問に対し、いつも通り明るい調子で回答していた。


 今まで俺一人で視聴していたコンテンツを、七瀬も見ているというのはなんだか妙な気分だった。


「なるほど、高橋くんのよくわからない屁理屈は、このチャンネルの賜物なのね」

「屁理屈言うなし。何事もポジティブに変換できる素敵なマインドと言ってくれ」

「物は言いようね。それで、なんでこんなことしているの? 信者? 布教活動?」

「最後の言い方含みがすごいな。まあ、多少はヨッシーさんの事がもっと多くの人に広まって欲しいなってのは、あるけども」

 

 中学時代。

 色々あって病んでた時期にヨッシーさんのチャンネルと出会い、救われた経緯が俺にはある。


「後は単純に、お金になるからやってる感じかな」

「へえ、収益が得られるのね。どうやって?」


 どうやら興味津々のご様子。

 俺は掻い摘んで説明した。


 ヨッシーさんの投稿スタイルは基本、2時間以上の長尺生配信。

 生配信の動画はアーカイブとしてヨーチューブに投稿されるが、尺が長いため視聴するのに中々カロリーを消費する。


 そこで俺は、質問ごとに動画をカットして、1本5分程度の短尺動画としてヨーチューブに再投稿を続けた。


 その動画たちが、短い尺の動画を見たい層にマッチし再生数が伸びた。


『ヨッシーの切り抜きちゃんねる』という名前で投稿を始めて1年。


 チャンネル登録者数は3万人を超え、高校生にしてはかなりの収益を得られている。


「なかなか面白い仕組みじゃない」


 七瀬が珍しく、感心したように頷く。


「一本5分程度だと、休み時間とか通勤時間にちょこっと動画を見たい層にマッチするし、仮に2時間の動画が上がったら分割して20本以上作れてストックも貯めやすいしで、なかなか合理的な仕組みね」


 頭の回転の早い七瀬は、すぐに構造を理解したようだ。


「でもそれ、大丈夫なの? その、著作権的とか」


 七瀬がもっともなツッコミを入れてくる。


「大丈夫だよ、ヨッシーさん本人には許可を得ているし。ヨッシーさん自身、こうした短尺動画が窓口になってより認知されるから、むしろもっとやって欲しいって」

「ああ、なるほど。短尺動画自体が拡散されて、結果的に大元のチャンネルの認知が広がっていく、という仕組みね。なかなかウィンウィンな関係じゃない」

「お陰様で、何も考えずに旅行にお金を突っ込めるくらいは稼げてるな」

「凄くイマドキって感じ……何をやっているのかと思ったら、そういう事だったのね」


 七瀬が合点の言ったように小く呟く。


 後半、どこか含みがあるような気がしたが、なんだろう。


「凄いじゃない」


 耳を疑った。

 幻聴ではないかと瞬きする。


「何よ」

「いや……七瀬も人を褒める事、あるんだなって」

「私のことなんだと思っているのよ」


 呆れたようにため息をつく七瀬。


「賢い仕組みには感心するし、凄いと思うものでしょ。しかも仕組みを作っただけじゃなくて、ちゃんと続けて収益も得られているのだから、もっと凄いに決まってるじゃない」


 言われて、胸のあたりが温かくなった。

 

 嬉しかった。


 俺のこの活動を褒められたこと、今まで一度もなかったから。


 友人にも、先生にも……親に至っては「こんなくだらない事に時間をかけるくらいなら勉強しろ!」と怒鳴られる始末だ。


「……ありがとう」

「礼を言われるようなことは言ってない」


 そこで会話は途切れた。

 七瀬が本を取り出し、読み始める。


 作業が出来るよう気を遣ってくれたのだろう。

 気遣いに甘えて編集に戻る。


 心なしか、いつもよりタイピングが軽快だった。

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