第23話 熱海に来てよかった

 撮影会後、ロープウェイで下山し、俺たちは大石公園の駐車場に戻ってきた。


 瑠花さんとLIMEを交換して、撮った写真を送ってもらう。


「まあ、悪くないわね」


 俺が最後に撮った一枚を、七瀬はそう評した。


 相変わらず堅い表情だが、頬が微かに緩んで見えるのは気のせいだろうか。


「いやあ、りっちゃんマジで美少女……ハスハスしたい……現像して額縁に入れてそれで……うへへへ」


 なんか危ない人いる。


「湖にぶん投げるわよそのスマホ」

「私の家宝になんて酷い事を!」

「映ってるの私なんだけど」

「よし、じゃあそろそろ帰ろっか!」

「本当に人の話を聞かないわね貴方は」


 帰りは安全運転でという七瀬の言葉も聞いてないのではと心配したが、杞憂だった。


 出発後10分くらいで眠くなるくらい、平和な運転だった。


 ……助手席で、七瀬が銃口を向けるかの如く威圧感で瑠花さんを牽制していたからかもしれないが。


 熱海駅に帰ってくると、もう夜はどっぷり更けていた。


 瑠花さんには今日一日臨時休学という設定を伝えているため、そのままお開きの流れになる。


「ふたりとも、今日はありがとう! おかげで、超スッキリしたよ」


 瑠花さんが相変わらずの笑顔で言う。


「こちらこそ、運転ありがとう。控えめに言って、最高だった」


 本当に、素晴らしいひとときだった。

 瑠花さんがいなかったら富士山も……そして、七瀬の意外な一面も見ることは無かっただろう。


 今日この出来事を、これから何度も思い返す。

 その確信があった。


「そう言ってくれて嬉しいよ! りっちゃんも、楽しんでくれたようで何より!」

「まだ一言も感想を言ってないのだけれど」

「言わなくてもわかるもーん。楽しかったっしょ?」

「素直に認めるのが癪に障るわね……まあ、それなりに楽しめたわ。ありがとう」


 七瀬も珍しく、素直な言葉を口にしていた。


「うんうん、ほんのちょっとだけ、肩の力抜けたみたいだねー」


 瑠花さんが嬉しそうに頷く。


「貴方はちょっと抜けすぎだと思うから、もう少し引き締めた方が良いと思うわ」

「一考しとく!」

「ミリも考える気無さそうね」

「今のところ人生楽しくやってるし、別にいっかなって」


 なんの悩みも無いですよと言わんばかりに笑う瑠花さん。


 きっと、彼女は何事に対しても深く考えないタイプなんだろう。

 だから嫌なことがあっても、悲しいことがあってもすぐに立ち直れるのだ。


 まあ、人生そんなこともあるよね、くらいに。


「というか、ずっと気になってたんだけど」


 一転、瑠花さんが不満げな表情をして言う。


「りっちゃん、なんで私のこと『貴方』呼びなの?」

「別に、特に深い理由はないけど、何か問題でも?」

「えー、なんか距離感あってヤダ」

「誰かさんにも似たような事言われたわね」


 ちらりと、七瀬が俺を見やる。


 そういうことやぞ、と念を送ったら不審者を見るような目で返された。

 なんでや。


「まあ、私としてはなんと呼ぼうが識別ができれば構わないけど」

「ほんと!? じゃあ、瑠花ねえさんって呼んで?」

「留年3年さん」

「響きが微妙に似てるしその通りなんだけど違う!!」

「冗談よ…………………………月乃さん」

「随分と溜めた上に苗字呼び!?」

「なんか、口にするのは憚られたのよ」

「ははーん、さては照れ屋さんだな?」

「どうとでも言いなさい」

「ま、良しとしよっか!」


 しゃーなしだかんねっと、瑠花さんは腰に手を当てて胸を張った。

 朝と比べると、随分と仲が良くなったものである。


「さてさて、親交も深まったところで寂しいけど、ばいばいしよっか」

「そうだね、もう夜も遅いし」


 乗るのが死ぬほど億劫だったパンケーキ号とも、お別れとなると寂しいものだ。


「それじゃあ改めて、かーくん、りっちゃん、今日はありがとう! また熱海に来る時は絶対連絡してね!」

「ありがとう、こちらこそ楽しかった! うん、また来る時には連絡するよ」

「絶対かはわからないけど、善処するわ」

「最後までりっちゃんらしくてわろた。それじゃ、ばいばい!」


 その言葉を最後に、瑠花さんはパンケーキ号を走らせ去っていった。


「いやー、すごい人だったね」


 再び二人きりになってから、七瀬に言う。


「史上最大の竜巻を受けた気分だわ」

「まあ、想定外も旅の醍醐味ってね」

「旅の醍醐味、って言ったら全て許されると勘違いしていない?」

「でも、楽しかったでしょ?」

「……否定はしないわ」


 素直じゃない奴めと、思わず苦笑を浮かべる。


「さて、どうしよっか。もう遅いし、今から移動するのはちょいしんどみだけど」

「そうね。もう一泊して、明日の朝、熱海を発ちましょう」

「それがいいね。とりあえず、どっかで夜ご飯食べよう」

「そうしましょう」


 七瀬が先を歩き出す。


「あれ、もうお店決まってるの?」

「いいえ、特には」

「調べていかないのか?」


 日中は昼飯も、温泉も、デザートも、全部ネットに頼っていたのに。

 そう思っていると。


「ぶらぶらしてふらっとお店に入るのも、旅の醍醐味なんでしょう?」


 行くわよ、と七瀬が先を歩き出す。


 しばし俺は呆然としたが、すぐに彼女の後を追う。


 七瀬の隣に並んだ時、俺は自分の胸が温かくなっている事に気づいた。

 

 多分、嬉しかったのだ。

 

 あれだけ失敗に対して絶対的な拒絶を抱いていた七瀬が、自ら失敗する可能性のある選択を取ったことを。


 瑠花さんの言葉を借りると、七瀬なりに気楽に考えてみたのだろう。


 昨日今日と通して訪れた、七瀬の明確な変化。


 間違いなく、瑠花さんとの一期一会のおかげだ。

 

 本人に言っても認めないだろうから、言わないけど。


「何ニヤついてるのよ」

「いや、別に……熱海、良い所だったなと思って」


 俺が言うと、七瀬はふっと口元を緩ませて言った。


「それは同感ね」


 熱海に来てよかった。

 

 俺は心から、そう思った。

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