第15話 ダメだったよ
「ダメだったよ」
瑠花さんの言葉に、俺は息を呑んだ。
次の語を告げられなかった。
失恋直後の女の子にどんな言葉をかけて良いのか、思考がぐるぐるして纏まらない。
「そ、そうなのね……」
どうやら七瀬も同じようだった。
いつもの強気な姿勢はどこへやら、行く当てのない視線をうろちょろさせている。
「ま、仕方ないよね!」
微妙な空気を快活な声が切り裂いた。
ぱんっと両手を叩いて、瑠花さんは清々しい笑顔で言った。
「結果は残念だったけど、言えて良かった! 今夜はぱーっと騒いで、しょんぼりな気持ちを吹き飛ばすぞー!」
えいえいおー! と瑠花さんが拳を空に掲げた。
その姿を、七瀬は信じられないといった風に凝視する。
「貴方、大丈夫なの?」
「え? 何が?」
きょとんと、瑠花さんが首を傾げる。
「告白、ダメだったんでしょう? それなのに、なんでそんな平気でいられるの?」
「平気じゃないよ」
間髪入れずに、瑠花さんは言った。
「そりゃあ、めっちゃくちゃショックだよ。大好きなのにさー、わかっていたけど、悲しかったし、胸がぐちゃぐちゃってなっちゃったよ、でも……」
にひっと、瑠花さんはマイナスの感情全てを吹き飛ばしそうな笑顔を浮かべた。
「ここで落ち込んで、くよくよして、ズーンと下向いてるのはあーしの性に合ってないというか? 失敗なら失敗したでしゃーない! 飲んで騒いで忘れて、さっさと次に行く! それがあーしのモットーなのだ!」
けらけらと、腰に手を当てて瑠花さんが言う。
素足なのも相まって、ガキ大将が土管の上で勝利を宣言しているみたいだった。
空元気でもなんでもない、心の底からそう思っているのだろう。
そのマインドが、なんというか。俺にはとても、眩しく見えた。
「そう……」
それだけ言って、七瀬は押し黙った。
まるで、見たくない物を見たような、険しい顔をしていた。
「凄くポジティブなんだね、瑠花さんは」
思わず率直な感想を述べてしまう。
「んー? そうかな?」
「だと思う」
少なくとも俺が同じ状況になったら1ヶ月は引き摺って、終いには自分探しの旅とかに出てしまいそうだ。
「多分、なーんも考えてないだけだと思うよん!」
言葉通り、瑠花さんはなんも考えてなさそうに顔をにへらっと緩ませた。
「あ、そうだ!」
頭上にぴこーんと電球を光らせて、これまたなんも考えて無さそうな提案をした。
「二人とも、今からあーしとドライブ行かない!?」
「ドライブ?」
「そっ、ドライブ! 何もすることない田舎の鉄板エンターテイメント!」
「田舎の鉄板エンタメなんだ」
初知り学である。
「あれ、そもそも免許は……」
きらりーん☆ 瑠花さんが免許証を掲げて決めポーズをとる。
「3留パワーでゲットした!」
そういえばこの人、高校6年生だったわ。
見た目がJKだから違和感しかない。
「どうする? 俺は面白そうだから、行ってみたい」
訊くと七瀬は、良薬を口に突っ込まれたような苦い顔をした。
腕を組み、非常なシリアスな顔で悩んでいたが、やがて息を吐いて。
「……まあ、いいんじゃない?」
意外だった。
「やった! ありがとう!」
ぴょんっとジャンプする瑠花さん。
「あーしんちすぐそこだから、待ってて! 秒で車取ってくる!」
そう言い残して、瑠花さんはぴゅーっと駆けていった。
「あ! 靴忘れてた!」
戻ってきた。
両手にローファーを装備して再びテイクオフ。
どこに有り余ってるんだろうそのエネルギー。
「まさか、了承するとは思わなかったよ」
「正直気は進まなかったけど、この後の予定があるわけでもないし、高橋くんも行きたいって言うし……まあ、あと、少しは慰めに付き合ってあげても良いかなって」
……なんだ。
口元が緩む。
素直じゃないけど、やっぱり根は優しいんだなと、俺は思った。
「ありがとう」
「別に」
ぷいっと、七瀬がそっぽを向く。
「付き合うついでに、車でどこか連れて行ってもらいましょう」
「頼んでみるか。どこか行きたいところある?」
「地獄」
「現世で頼む」
昨日もやったなこのくだり。
「仕方ないわね」
スマホをぽちぽちする七瀬。
検索癖は健在だ。
「あら、意外と富士山が近いわ」
「お、良いね富士山! 登山具買わないと」
「は? 正気?」
「冗談です」
「高橋くんが言うと冗談に聞こえないわね」
「遠回しにバカって言ってる?」
「近道したら流石に悪口が過ぎると思って」
「今でも充分悪いわ!」
「じゃあどっちみち同じね。このバカ」
「そんな不徳なこと言ってたら地獄に落ちるぞ」
「あら、オチの付け方はそれなりじゃない」
閻魔様に突き出したろかコイツ。
「おーい!」
ぷっぷーと、間の抜けたクラクションが聞こえてくる。
振り向いた瞬間、驚愕した。
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