第2話 クラスメイトの身投げ未遂
「マジかよ!」
叫ぶのと駆けるのとは同時だった。
七瀬の身体に、俺は抱き着くように飛びついた。
「きゃっ……」
短い悲鳴、耳を擘く車輪音、ふわりと甘い匂い。
視界がぐらりと揺れる。
「ぐえっ」
蛙が潰されたような声。
電車が完全に停止し、ぷしゅーとドアが開く。
幸い、夜も遅い時間で降車する人は少ない。
視線が突き刺さって痛いものの、ホームに抱き合うようにして寝そべる男女という珍光景を誰にも突っ込まれずに済んだ。
「君たち!」
済んでなかった。
駅員さんがこちらに駆けて来るのが見えた。
あかん。この状況、
側から見ると少女に少年が抱きつき押し倒すという、なかなかにアレな光景だ。
事情聴取、親への連絡という流れが頭に浮かぶ。
さーっと血の気が引いた。
「……いい加減、離してくれない?」
そばから咎めるような声。
七瀬の射抜くような視線に引いた血が凍りついた。
「あっ、ごめん!!」
俺が慌てて身体を離すと、七瀬はすくりと立ち上がってブレザーをはたく。
ちょっと転んだくらいのリアクション。
「だ、大丈夫か、君たち?」
尋ねてくる駅員さんに、七瀬は花のような笑みを浮かべて言う。
「ごめんなさい、ちょっとぼーっとしていたのを友達が支えようとしてくれて……それで、倒れてしまいました」
「う、うん? そうなのかい?」
駅員さんの視線が俺に向く。
『あわせろ』と、七瀬の口が動いた。
「は、はい! 彼女はクラスメイトで、ふらーっとしていたので、それで……」
「もう私は平気なので。ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
しどろもどろな俺をフォローして、七瀬が行儀良くお辞儀をした。
「そ、そうか……もう夜も遅いし、気をつけて帰るんだよ」
車両の安全確認に戻る車掌さん。ぷしゅーとドアが閉まって、電車が走り去っていく。
難が去って、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「で、なんのつもり?」
去ってなかった。
先程の朗らかな雰囲気は一転。
警戒心MAXの表情を浮かべる七瀬。
「あ、いや、えっと……」
おうふ。
ここに来てコミュ障が発動。
冷静に考えて今話している相手は、学年の中でも一番人気を誇る美少女。
本来であれば、クラスでカースト低めな俺が言葉を交わせる相手ではない。
そんな彼女に抱き着いてしまったという羞恥もコミュ障に拍車をかけていた。
「まさか、欲望のまま私を押し倒したの?」
「いやいやいや待って待って! 誤解だよ!」
七瀬の顔が110番通報する5秒前のそれだったので慌てて弁明する。
「俺はただ、七瀬さんが電車に飛び込むんじゃないかと思って……」
「飛び、込む……?」
七瀬が目を見開く。
「貴方には……そう、見えたの?」
「う、うん……」
あれ、この反応……もしや、勘違い?
最悪の可能性が浮上した。冷静に考えてみろ。
七瀬涼帆という少女は、容姿、能力、社会的地位すべてに恵まれたパーフェクト人間だ。
そんな人生SSR状態の彼女が、人生を放り出すか? 普通に考えてNO。
「(やべ……これ、やらかした?)」
思い込みと、勢いで行動してしまうのは俺の悪い癖だ。
それで、今まで何回も失敗してきた。
これはもう、ホームに頭がめり込むくらいの土下座をするしか……!
「面倒くさくなったの」
「えっ?」
観念したように、七瀬が言う。
「生きることが、面倒くさくなったの。だからもう……いいかなって」
やっぱり死ぬつもりだったんだ!
「ダメだろ死んじゃ!」
反射的に言葉が飛び出した。
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