第16話 すべてを全力で

 「うわぁ! 人たくさんいるね!」


 夏祭り会場に着いた僕は、入口ですでにその人の多さに圧倒されてしまっていた。


 しかし、綾夏はそんな僕とは正反対の反応をしているようだ。

 その瞳がいつもよりもキラキラとしているのは、きっと提灯の光が反射しているからだけではないのだろう。


 「綾夏、相変わらず楽しそうだね」


 「当ったり前だよ! だって夏祭りも初めてなんだもん!」


 綾夏は落ち着きなく周りをキョロキョロと見渡している。

 夏祭りという場所で、これだけの数の人を見て、数えきれないくらいの屋台が並んで、そこら中からおいしそうな食べ物の匂いが漂ってきたり、人々の声や音楽などが聞こえてくることのすべてに新鮮さを感じているようだ。


 「どう? 何かお目当ての屋台は見つかった?」


 僕が綾夏に尋ねると、彼女は次々と指をさしていく。


 「まずはわたあめ! あのふわっふわなのがどんな味なのかを早く食べたい!」


 「いいね。僕も食べたいと思ってた」


 「でねでね。あとはかき氷に焼きそばでしょ? あとはたこ焼きに焼き鳥、りんご飴にチョコバナナとかも食べたいなぁ!」


 綾夏は両手を使って数勘定をしている。


 「っていうか、今の全部食べ物じゃんか」


 「そうだよ! 私お祭りでお腹いっぱい食べるのが夢だったの」


 「それはまた大層な夢だね」


 「でも、今までは夢の中で終わってたけど、今日はそれを現実のものにしていきたいと思います!」


 「分かったよ。さっきのお礼も兼ねて、僕も少し何かごちそうするよ!」


 「本当に本当に?」


 綾夏がぐいっと僕との距離を詰めると、心地の良い甘い香りが目の前に漂ってきて、一瞬脳がくらっとしてしまう。

 純粋で真っすぐな視線を向けて来る綾夏に、僕はさらに鼓動が早まっていく。


 出会ってすぐは何も感じていなかったし、何ならガサツな一面もあるくらいにしか思っていなかった。

 でも、最近一緒に行動する機会が増えたせいだろうか。綾夏の何気ない一言や様々に変わって行く表情に、どこか目を追いかけている自分がいるのを自覚し始めている。


 今だってそうだ。

 距離を詰められても、前なら手で追い払うことだってできていたはずなのに、今はこうして鼓動が早まって何もすることができないでいる。

 この変化は、綾夏に対する僕の認識が変わって来たからなのだろうか――。


 「――ちょっと蓮くん?」


 気が付くと、綾夏はすでに数メートル先に歩き出していた。


 「綾夏、待って!」


 僕は慌てて綾夏の下に駆け寄る。


 「あんまり離れないようにしてね。迷子とかになったら面倒だから」


 「そんなことないよ。私が迷子になるなんてありえないんだから!」


 「いや、そういう綾夏が一番危なっかしいんだよ」


 「どうして?」


 「だって、綾夏って餌が見えたら周りなんて置いてけぼりにしても一人で勝手に突っ走って行っちゃいそうだからさ」


 「そんなことないもん!」


 自信満々に言い張る綾夏にだったけど、有言実行したのはそれからたったの数秒間だけだった。


 「あっ、焼きそばのソースの良い香りがする! 蓮くん、早く食べに行こうよ!」


 自分が今浴衣を身に纏っていることを忘れているのか、それとも分かった上での行動なのかは定かではないけど、綾夏は鼻緒を地面に擦らせるようにしながら一直線に焼きそばの屋台へと向かって行ってしまった。


 「ほら、僕の言った通りじゃないか」


 僕はため息を一つ漏らすと、後ろ姿だけを見ても異彩を放って周りの視線を集めている綾夏を追うように早歩きを始めた。


 「――ごちそうさま~! 私は大満足です! 本当にお腹いっぱいだよ!」


 結局、綾夏は焼きそばから始まり、もしかしたら全屋台の食べ物を制覇したのではないかと思ってしまうような勢いで、片っ端から食べていったのだ。

 もちろん僕も少しずつ彼女の分を分けてもらいながら進んで行ったけど、こんなにたらふく食べたのは初めてだった。


 でも、綾夏は食べるだけにとどまらず、金魚すくいや射撃にも目を付けて、威勢のいい声とともに屋台へと入って行った。


 僕は綾夏が楽しむ様子を眺めていたり、写真に収めるだけの脇役だと思っていた。

 しかし、綾夏はそんな僕を半ば強引に表舞台に引っ張り込んできて一緒にやろうと言い出したのだ。


 縁日の面白さは小学生のときに冷めてしまっていたのだ。

 一生懸命取った金魚も、すぐに死んでしまう。

 射撃で取った景品も、その日は大事にするけど、気付いたときにはおもちゃ箱の奥底で埃をかぶってしまう。


 だから、夏祭りの縁日は、それを楽しむ人見て自分も楽しむようにしてきた。

 でも、綾夏とやってみると、今までとは違う何かを見た気がした。


 大きなプールで泳いでいる金魚をどちらが多く取ることができるのかという競争では、綾夏は負けじとポイを振るけど、すぐに破れてしまって本気で悔しがっていた。

 射的もお目当ての景品をなかなかとることができずに、何度も地団太を踏んでいた。


 言ってみれば子供だましのような遊びでも、本気でやる姿を見て、僕も童心に帰って純粋に楽しむことができた気がする。


 別に、勝負ごとに勝つのも楽しいけど、それ以前に、真剣に取り組むことも楽しむうちの一つの方法だということを、彼女は僕に教えてくれた。


 「いや~。それにしてもよく遊んだね!」


 小さな袋に入った小さな金魚一匹を、綾夏は大事そうに抱えている。


 「そりゃそうだろ。僕はへとへとだよ」


 「でもさ、お祭りの屋台を端から端まで制覇した人なんて、今までいなかったんじゃないかな? たぶん人類史上初の快挙を達成したかも!」


 「綾夏は普段から大げさでちょっと話を盛ることがあるけど、今日に関しては本当かもしれないね」


 冗談抜きでここまで楽しむとは思ってもいなかった。

 お祭りというのは、その『非日常』の雰囲気をいかに楽しむかが主たる目的であるといえるのであり、屋台での食べ物や縁日は、それらを盛り上げるためのツールである。


 綾夏はそれを存分に使い、彼女自身初の夏祭りというイベントを十分過ぎるといっても過言ではないくらいに彩ることができたといえるだろう。

 それは、今ここで小休憩をしている綾夏の顔を見ればすぐに分かる。


 「でも、綾夏」


 「ん? 何?」


 「美味しいものをたくさん食べて、楽しい遊びもできたけど、まだこの弾丸取材ツアーは終わりじゃないよね?」


 僕は腕時計を確認しながら綾夏に言う。


 「そうだよ! 夏祭りの大本命、花火だ!」


 「それじゃあ、ゆっくり見れる場所に移動しようか」


 「そうだね! どうせなら他に誰もいない場所で二人でゆっくり見れる場所がいい!」


 「そんな都合のいい場所はないけど、今から行けば最前列で見れるかもよ?」


 「本当に? 早く行かなくちゃ! 蓮くん、ダッシュダッシュ!」


 「あんまり走ると転ぶぞ!」


 僕は興奮のあまり本当に奔り始めそうな綾夏の腕を掴む。

 一瞬綾夏の身体が跳ねたように見えたけど、それで落ち着いてくれたのか、僕のスピードに合わせて歩き始めた。

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