第19話 行商人が運ぶオレンジ

 ノワール村では豚小屋の建築が進んでいた。

 白髪頭の老人と大工のカーペンターが力を合わせて、豚小屋の壁を作っている。

 今回作る家畜小屋に屋根はない。豚は足が短いので逃げ出す心配はなく、小さな壁を作るだけでいいからだ。

「カーペンター、フリーマンが3匹の豚を買ってきたって。6匹じゃ冬を越せんのじゃな」

「10匹欲しいなー」

「ガハハ。ちげえねぇ」


 リヨンは板塀を手にかかえて戻ってきた。

「お邪魔だったかな? 足りないものがあれば言ってほしい」


 村人たちはリヨンに優しく言う。

「足りないものはないよ村長。まぁ、強いて言うなら食料かな」

「カーペンターさん、冬越えの準備が進んでいませんが」

「村長、金はあるんだろ? それに俺たちだってベルン村で家畜を飼ってたしな。豚なら世話も楽だ。俺たちに任せろ」

「そうじゃな。 じゃが、こんな寒い時期に移住を許して下さる優しい領主様はおらんよ」

「ご老人…… 」


 一週間前、村人は六匹の豚を入手していた。

 冬を越えるには少し足りないが、これで冬越しの食料ができるはず。村人たちにも安堵の表情が見えていた。

「はしごに吊るして解体すればいい。俺たちがやるから」


 その頃、他の村人は豚にドングリをやっていた。冬に向けて豚の体重を増やす必要があったからだ。


 冬越支度を整える村に二人の訪問者が。

「行商人のキュウです。村長さんはいらっしゃいますか? 」


 村人が差し示した先にリヨン村長がいた。

「私が村長です。一度会ったと思いますがお忘れですか? 」

「銀髪の方々が多いもので見分けがつきませんでした」

「名前も忘れられているようで。今から妻を呼んできます」


 行商人のすぐ側には白い幌つきの荷馬車があった。キュウは今日も兄を連れて、行商に来たようだ。

 晴れた天気の日はより一層キュウの金髪が輝く。ブラシでよく整えられた体の毛並みも美しい。

「今日は商品を青空のもとで広げられますよ」

「キュウさん。今日はじっくりと商品を見させて頂きます」


 リヨンが荷台の荷物を見ると小麦、ライ麦、豆、塩漬けのニシンがあった。ニシンは臭いがきつく、状態はよくないが。

 それに小麦は今年は不作だったはず。不安な気持ちを押し殺して、リヨンは行商人の話を聞くことにした。


 まずは小麦から見ていく。行商人は袋から小麦を取り出したが、その小麦は少し変色している。

リヨンは少し顔をしかめてしまった。

「王国で取れた麦です。少し色は悪いですが食べられます」

「それはよかった。村は麦が足りてないから渡りに船だ」


 さらにキュウは樽に入ったライ麦を取り出してきた。

「村長さん。ライ麦も買っていただけますね」

「どれどれ。悪くなさそうなライ麦だ」

「1樽だけですが、村に必用だと思いまして」

「そうそう、豆はありますか? 」

「レンズ豆とそら豆があります」

「小麦を1袋、ライ麦は1樽、そら豆は2袋ください」


 次に行商人はニシンを出した。やはり、こちらも変色している。でも、他の町で見た腐ったニシンと比べればマシだ。

 塩漬けのニシンがあるなら塩があるだろうとリヨンは思いました。

「ところで塩はありますか? 」

「ないですね塩漬けの魚はありますが高いですよ。10匹でデニエ銀貨20枚ですね」

「1匹で2デニエか。遠慮しとくよ」


 セレナはワインが入った樽を指差す。

「わたしはあれが欲しい」

「ワインは銀貨20枚ですね」

「わたしの金じゃ。文句はないだろう」

「文句はないが体をいたわらないと。だって、お前は…… 」

「その先は言うな! 言わなくてよい」


 そして、行商人が最後に取り出したのはオレンジ。この辺境にある村ではオレンジを育てる技術がなく、渡りに船だ。

「この果実はどこから来ましたか?」

「えぇ、それはですね。南方の異教人から…… 」


 行商人が説明しようとした時、セレナが口を挟みました。

「わっちはあれが食べたい」

「あぁ。いいですよ。これをどうぞ」


 行商人はオレンジを差し出した。

それをセレナは嬉しそうに受け取って、皮をはいで食べた。酸味の強いオレンジらしく、セレナは酸っぱくて美味しいと言っている。

「うまい!」

「よかったです。まだまだありますからね」


 行商人は笑いながら言った。リヨンもオレンジのひとかけらを食べてみた。酸味があるが甘さも感じられる。

「5個買いましょう」

「オレンジは高級品なので銀貨30枚でお願いします」

「そうそうキュウさん。追加でチーズをあるだけくれないか」

「チーズは4個ありますね。お支払いは金貨ですか? 」

「デニエ銀貨六十枚で頼む」


 リヨンはデニエ銀貨を支払った。

これから、二人の行商人は重たい荷台を引いてノワール村を回るようだ。

「では、私たちはこれで失礼します。これから村を回りますので」

「ありがとう。今日は助かったよ」

 

 リヨンは小麦を一袋、ライ麦を一樽、オレンジを十個、丸いチーズを四個、ワインを購入した。村の食料は充実していく一方だ。冬を越せるだけの量はないが。


 その日の夕方、セレナはさっそくワインをあおっていた。やはり酒豪しゅごうか、と呆れたくなる。

「また お酒? いい加減やめなよ」

「これがやめられないの」



 

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