第12話 行商人がやって来た

 その日は早朝から雨が降っていた。

 どしゃ降りではないが、畑作業には向かない。

 村の中はひっそりと静まりかえっている。



 リヨンはローランド辺境伯との会談で疲れ果てていたので少し寝過ごした。

 リヨンはゆっくりと、わらのベットから上半身を起こした。寝ぼけた目を覚ましながら隣の部屋に入る。


 セレナは豆が入ったスープを作っていた。

「セレナ、昨日は大変だったね」

「きのうは疲れたわ。避難民を押しつけられるなんて」

「でも、会談がまとまって良かったな」

「辺境伯が一方的に押しきった感じだけどね」


 リヨンは朝食に粗末なスープを食べ終えると、林に向かった。炊事に必要な小枝を拾い上げ、ついでに仕掛けた罠を見回わる。今日も収穫なし。

「動物が手に入らないな」


 作業以外にすることもないので、リヨンは愛用の短剣ダガーを研いでいた。剣を擦り上げ、鞘に納める。


 セレナがリヨンの袖を強く引っ張った。リヨンが理由を聞くとセレナは「行商人が村に来た」とだけ言った。

 セレナの魔力探知は使い勝手がいいのか。村に近づく人がわかるようだ。


 リヨンは丘の上にある家から村を見渡した。

 周囲に荒れ地ばかりが広がる村道を1台の馬車が駆け抜けている。

「ほんとだ。こんな雨の日に」

「あの馬車は危ないものではないと思う」

「なぜそう言い切れる? 」

「行商人に悪いやつは少ない。まぁ、人の短い人生じゃわからんだろう」


 馬に引かれた馬車が村に近づいてきた。帽子を被った狐の獣人と武装した獣人が一名いる。

 リヨンとセレナは丘を降りて、行商人を出迎える準備をした。

「獣人が2匹。敵意はなさそうだが」

「わかった。行ってみよう」


 村に行商人が来たのは初めてのことだった。

 リヨンは良い商品を買たらいいな。高値で売りつけないでほしいと願っている。


 狐の獣人が帽子を取ってあいさつしてきた。

 女性は体に白いケープ (雨具) をすっぽりと被り、足にはつま先の丸い革靴をはいていた。

「村ができたと聞いてシュタルクから来ました。行商人のキュウです」

「どうも。村長のリヨンです。商品を見せてもらえるかな? 」

「はい! 喜んで」


 リヨンとキュウは雨を避けて荷台の中に入った。 馬車の中は以外に広い。


 二人はそこで商談を始めた。リヨンはキュウと握手を求める。柔らかい手に驚くリヨン。キュウの手は柔らかくて小さかった。

 ふさふさの尻尾に触りたい。そんな欲望がムクムクと起こってきた。リヨンは欲望を押さえるのに必死だ。

「キュウ。商品は何があるんだ? 」

「食料とか武器ですね」

「武器は優先的にほしい」


 リヨンが荷台の荷物を見ると丸いチーズや、ライ麦、塩漬けのニシンが目につく。武器は農民用の剣や弓の弦があった。

「わたしの分の酒はないのか? 」

「あります。エールが入った小樽が1つ」

「酒を買ってくれ」

「俺が買ってやるよ。欲しい分だけな」


 リヨンは小袋からシャルル金貨を取り出した。純度の高い金貨は価値がある。

「セレナは欲しいものが決まったのか」

「決まったよ」

「俺は、剣三振りと剣を吊り下げるベルトが欲しい。弓の弦はダークエルフたちに買ってあげよう」


 キュウは木製の計算機の玉を弾きながら金額を計算している。

「お支払いはデニエ銀貨ですか? 」

「いや、シャルル金貨で頼む。金貨は使えるかな? 使えればいいんだが」


 獣人が小さな樽を荷台から取り出り出した。

 その獣人は体に革の鎧を身につけている。彼はキュウの護衛だろうか。もしくは、盗賊団から身を守るための用心棒か。

 リヨンの予想は大外れだった。

「どうも。どうも。キュウの兄です」

「家族で行商人をしているのかな? 」

「両親が死んでからは2人で村を回っていますね」

「今度はいつ来ます? 」

「3週間以内には必ずこれます。仕入れがありますからすぐには来れませんが…… 」


 リヨンはライ麦とチーズをセレナに渡した。

 セレナはそれはもう大満足の表情で、小さな酒樽を両手に抱えている。

「今度来たときは小麦粉とぶどう酒、たくさんのチーズを買いたいな」

「わかりました。仕入れておきます」

「行商さん、ベルン村の近くに砦があるんだが行ったらどうだ。騎士は良い得意先になると思うよ」

「考えておきます」


 二人の獣人は別れを告げて村を去っていった。

「さっそくエールが飲みたいな」

「わたしの酒じゃ」

「一滴もくれないのか」

「そなたには渡さん」


 午後には雨がやんだ。リヨンはセレナに畑に行くと伝えて家を出た。彼は畑の草を手でむしって、荒れた土地をくわで耕す。


 リヨンは地面のぬかるみに足をとられそうになった。でも、一日でも草刈りをおこたればよい作物が育たなくなる。農業の基本は草刈りで、怠ってはならないからだ。


 大型の有輪犂があれば畑を深く耕せるのに。

 リヨンはそう考えていた。

 牛を一頭飼えば開拓も楽だ。だが、牛を育てるのにも膨大ぼうだいな飼料が必要になる。


 リヨンは新たな野望を胸に農作業に勤しむ。

 新たな村人を募るには食料が欠かせない。リヨンは衣食住の揃った村にするために今日も全力を尽くす。

「よーし 今日もがんばるぞ」


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