第9話 ローランド辺境伯の訪問

 九月、鳥のさえずりが鳴き止まない朝に事件は起きました。

 セレナは隣で気持ちよく眠っていたリヨンを叩き起こします。げんこつで頭を叩くといった強引な方法で。

「いってぇぇ! 朝から何だよ。嫌がらせか」

「騎士が村に近づいている」

「俺が対処するよ。尻ぬぐいはいつも俺だからな」

「ワタシは出迎えに出ない。そなたに任せる」

「任された。行ってくるよ」


 リヨンは魔獣の硬革鎧を身につけ、ダガー (短剣)とミスル銀の長剣を腰に指しました。

「現役時代はドラゴンの鎧だったのにね」

「ぬかせ! 魔王に砕かれなければ今も手元にあったんだ」


 武器は長年使い続けたミスル銀の剣のみ。頼りになるのは己の腕だけです。

「旅のような失敗はもう沢山だ。セレナのせいで何度交渉が決裂したのか覚えてる? 」

「覚えてない。忘れた」

「くれぐれも口出ししないでくれ」



 村長の家から周囲を見渡せば、人の山が見えました。銀色のメイルで武装した騎士がシャルル王国の旗を掲げています。旗には三つのユリがあります。王国の兵士で間違いないでしょう。

「騎士が来たぞ」

「あれは王国の旗だ。攻撃はしてこないだろう」


 立派な甲冑を着た騎士が片手を上げました。銀色に光るチェーンメイルを着ていても大柄で筋肉質な体は隠せません。

「私はシュタルクを治めるローランド辺境伯だ。まずは領主のリヨン殿に突然の訪問をお詫びしたい」

辺境伯へんきょうはく殿、詳しい話は家の中でしましょう」

「酒の手配はいらないぞ。リヨン殿」

「心得ました。食卓に案内します」


 ローランド辺境伯が部下三名を連れて家に来ました。普通は部下や使者を立てて村に来るはずです。よっぽど、急を要した用件があるのだろうと。リヨンは考えました。

「私はフォレ・ノワール村の領主リヨンです」

「リヨン殿。さっそくだが魔族と戦うための土地を貸していただきたい」

「話を聞きましょう。ローランド辺境伯」


 辺境伯は歴戦の勇士と聞いています。噂で。

 兜を脱いだ顔には鋭い傷がありました。白髪混じりの金髪が年を感じさせます。

「ベルン村の近くに小さな丘があるだろう。そこを拝借したい。警備の人員はこちらで用意する。リヨン殿にご足労そくろうしていただく必要はない。

「はい…… わかりました」


 辺境伯はテーブルに地図を広げました。シュタルクの対岸にある村を指差します。

「我々は軍を率いて、魔王軍の残党と戦っている。魔族が村を襲っているからだ。我々には魔族から領民を守る義務がある」

「魔族が村を! 」

「そうだ! 魔族を監視し、追撃する前線基地としてあの砦が必要だ。わかってくれ」

「わかりました。辺境伯殿に提供しましょう」


 リヨンは自ら質問を持ちかけました。

「魔族の侵攻具合を知りたいのですが? 」

「2つの村が魔族に襲われた。幸いにも犠牲は最小限に抑えられた」

「ちなみに辺境伯の戦力は? 」

「直属の配下は450人程度だが、各地から傭兵を集めれば500は越えるだろう」


 辺境伯はリヨンに顔を近づけます。

「リヨン殿、武力なしでは村は守れないぞ。私は実体験からそれを強く実感した」

「心得ております。実は保護したダークエルフが八人おりまして」

「戦闘民族のダークエルフは頼りになるだろう」

「ええ。ゴブリンとの戦闘では大いに活躍しました」


 辺境伯は驚いた様子でした。

「フォレ・ノワール村にゴブリンが攻めてきたのか? 」

「つい三日前に。撃退はしましたが再度の奇襲きしゅうがあると考えています」

「村の防備を固める必要があるな。支援をしよう」

「感謝します。正直なところ、少人数では村の防備を固めることできず困っていました」


 辺境伯は鋭い目つきをゆるませて、握手を求めました。リヨンもこころよく応じます。

「二日後、シュタルクの屋敷で正式な契約を結ぼう」

「仰せのままに」

「君が魔王を倒してから、未だ最前線には平和は訪れない。だが、降りかかる炎を払うまでの辛抱だ」

「私も全力で取り組んでいきます。村の発展と村人の幸せを第一に」


 銀色のチェーンメイルを身につけた騎士がヤギを三頭連れてました。

 辺境伯からの贈り物はヤギだけではありません。

 ワイン樽や小麦が入った袋もあります。

「ささいな贈り物として剣十振りを用意した。そなたの望むものなら何でも用意しよう」

「感謝しきれません。ローランド辺境伯」


 辺境伯とその部下はリヨンの家を後にしました。同伴する騎士は今日にでも丘に配置するようです。


 リヨンはため息を漏らしました。愚痴ぐちをセレナにもらします。

「手強い相手だった」

「昔から辺境伯は武闘派だと決まっておる。あの男、かなりの野心家に見えたが…… 」

「野心家でも味方になってくれる人であればいいよ」


 今日の昼食は黒パンと干し肉です。鹿の燻製くんせい肉はありますが、まだ食べられる状態でなありません。そこで、干し肉がピンチヒッターに選ばれました。

「でもヤギは嬉しいな。シチューが食べられるから」

「固い黒パンもミルクに浸せば食べやすい」


 リヨンは本音をポロリともらしました。

「辺境伯が後ろ楯になれば助かる。俺は魔族に恨みを持たれているから。武力的な後ろ楯が欲しかった」

「少なくとも、後ろから攻められることはないからの。前面の魔族だけを警戒すればいい」

「そうだね。他の貴族とのつながりを持って地固めに務めないと」



 

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