第9話 ローランド辺境伯の訪問
鳥のさえずりが鳴き止まない朝に事件は起きた。
セレナは隣で気持ちよく眠っていたリヨンを叩き起こす。げんこつで頭を叩くといった強引な方法で。
「いってぇぇ! 朝から何だよ。嫌がらせか」
「そなた、騎士が村に近づいている」
「俺が対処するよ。尻ぬぐいはいつも俺だからな」
「そなたに任せる」
「任された。行ってくるよ」
リヨンは魔獣の硬革鎧を身につけ、ダガー (短剣)とミスル銀の長剣を腰に指した。
「現役時代はドラゴンの鎧だったのにね」
「ぬかせ! 魔王に砕かれなければ今も手元にあったんだ」
武器は長年使い続けたミスル銀の剣のみ。頼りになるのは己の腕だけだ。
「旅のような失敗はもう沢山だ。セレナのせいで何度交渉が決裂したのか覚えてる? 」
「覚えてない。忘れた」
「くれぐれも口出ししないでくれ」
家から周囲を見渡すと、人の山が見えた。銀色のメイルで武装した騎士がシャルル王国の旗を掲げていた。旗には三つのユリの紋章がある。
「騎士が来たぞ」
「あれは王国の旗だ。攻撃はしてこないだろう」
立派な甲冑を着た騎士が片手を上げた。
銀色に光るチェーンメイルを着ていても大柄な体は隠せない。
「私はシュタルクを治めるローランド辺境伯だ。まずは領主のリヨン殿に突然の訪問をお詫びしたい」
「
「酒の手配はいらないぞ。リヨン殿」
「心得ました。食卓に案内します」
ローランド辺境伯が部下三名を連れて家に来た。 普通は部下や使者を立てて村に来るはず。急を要した用件があるのだろうと。リヨンは考えた。
「私はフォレ・ノワール村の領主リヨンです」
「リヨン殿。さっそくだが魔族と戦うための土地を貸していただきたい」
「話を聞きましょう。ローランド辺境伯」
辺境伯は歴戦の勇士と聞いていた。
兜を脱いだ顔には鋭い傷がある。白髪混じりの金髪が年を感じさせるが。
「ベルン村の近くに小さな丘があるだろう。そこを拝借したい。警備の人員はこちらで用意する。リヨン殿にご
「はい…… わかりました」
辺境伯はテーブルに地図を広げた。シュタルクの対岸にある村を指差す。
「我々は軍を率いて、魔王軍の残党と戦っている。魔族が村を襲っているからだ。我々には魔族から領民を守る義務がある」
「魔族が村を! 」
「そうだ! 魔族を監視し、追撃する前線基地としてあの砦が必要だ。わかってくれ」
「わかりました。辺境伯殿に提供しましょう」
リヨンは自ら質問を持ちかけた。
「魔族の侵攻具合を知りたいのですが? 」
「2つの村が魔族に襲われた。幸いにも犠牲は最小限に抑えられた」
「ちなみに辺境伯の戦力は? 」
「直属の配下は450人程度だが、各地から傭兵を集めれば500は越えるだろう」
辺境伯はリヨンに顔を近づけた。
「リヨン殿、武力なしでは村は守れないぞ。私は実体験からそれを強く実感した」
「心得ております。実は保護したダークエルフが八人おりまして」
「戦闘民族のダークエルフは頼りになるだろう」
「ええ。ゴブリンとの戦闘では大いに活躍しました」
辺境伯は驚いた様子で。
「フォレ・ノワール村にゴブリンが攻めてきたのか? 」
「つい三日前に。撃退はしましたが再度の
「村の防備を固める必要があるな。支援をしよう」
「感謝します。正直なところ、少人数では村の防備を固めることできず困っていました」
辺境伯は鋭い目つきを
「二日後、シュタルクの屋敷で正式な契約を結ぼう」
「仰せのままに」
「君が魔王を倒してから、未だ最前線には平和は訪れない。だが、降りかかる炎を払うまでの辛抱だ」
「私も全力で取り組んでいきます。村の発展と村人の幸せを第一に」
銀色のチェーンメイルを身につけた騎士がヤギを三頭連れてきた。
辺境伯からの贈り物はヤギだけではない。
ワイン樽や小麦が入った袋もある。
「ささいな贈り物として剣を十振りを用意した。そなたの望むものなら何でも用意しよう」
「感謝しきれません。ローランド辺境伯」
辺境伯とその部下はリヨンの家を後にする。
同伴する騎士は今日にでも丘に配置するようだ。
リヨンはため息を漏らした。
「手強い相手だった」
「昔から辺境伯は武闘派だと決まっておる。あの男、かなりの野心家に見えたが…… 」
「野心家でも味方になってくれる人であればいいよ」
今日の昼食は黒パンと干し肉。鹿の
そこで、干し肉がピンチヒッターに選ばれた。
「でもヤギは嬉しいな。シチューが食べられるから」
「固い黒パンもミルクに浸せば食べやすい」
リヨンは本音をポロリともらした。
「辺境伯が後ろ楯になれば助かる。俺は魔族に恨みを持たれているから。武力的な後ろ楯が欲しかった」
「少なくとも、後ろから攻められることはないからの。前面の魔族だけを警戒すればいい」
「そうだね。他の貴族とのつながりを持って地固めに務めないと」
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