第61話 急逝〈きゅうせい〉

(真司・・・何でおまえがこんな事に・・・。)


 政幸まさゆきは帰郷する為、新幹線の車両の中だった。


 知らせを受けたのは昨晩の事だった。


 真司しんじの妻蛍子けいこより真司しんじが亡くなったと突然聞かされた。

 電話の向こう側の蛍子けいこは今までにないくらい動揺していた。

 会話の内容も半分理解できない、そして後は言葉に詰まって沈黙が続いた。

 内容を理解できた事は、真司しんじが歩道を歩いていると突然真司しんじに対して車が突っ込んできた、そして真司しんじは即死したという事だった。

 車の運転手は飲酒運転だったらしい。


 正直、信じられない話だと思っていた。

 真司しんじ蛍子けいことの結婚式を行っていなかった為、結婚生活十年以上経って意を決して式を行う事を政幸まさゆきに度々相談していたのだ。

 それを前に真司しんじが亡くなるなんて信じる事など出来なかった。


 だが、蛍子けいこの動揺がそれが真実だという事を認めざる得ない。


 政幸まさゆき真司しんじの葬儀に参列する為、上長に連絡を取りその旨を伝えた。

 深夜に近い時間だった為か、政幸まさゆきの普段の勤務態度の為か上長は歯切れの良い返事をしなかった。

 勤務態度の悪い社員が深夜に近い時間に有給だけは申請する、親友が亡くなった事も虚偽だと思われたのかもしれない。

 結局有給は翌日のみの一日しか認められなかった。

 帰郷するには往復するだけで八時間以上架かる。

 移動を考えたらほぼ時間がない。


 始発の新幹線に乗車していたが新幹線の旅がこれ程長いものだと感じた事はなかった。

 新幹線内での数時間、政幸まさゆき真司しんじの様々な記憶を思い返していた。

 初めて出会った中学時代の事から現在に至るまでの記憶の整理の時間となっていた。


 真司しんじの第一印象は背が高く見栄えが優れていた事が思い出される。

 異性に対して意識が強まる頃、異性からの人気は高かったが同性からはやっかみからかあまりウケは良くはなかった。

 政幸まさゆきも最初は自分とは縁のない人間だと思っていたのだが、いざ付き合ってみると意外な程ウマが合った。

 中学時代の三年間で二人は親友と呼べる関係となっていた。

 高校進学時、二人は別々の高校に通っていたのだが交流は途絶えなかった。

 そして現在も同様である。

 政幸まさゆきにとって真司しんじ以上の理解者は居ないし、真司しんじも同様であっただろう。


 その真司しんじが突然死んだのだ。

 真司しんじの妹である花桜梨かおりが亡くなった時は徐々に衰えていく姿を見て内心では覚悟をする時間があった。

 衰えていく姿を見せ続けられ政幸まさゆきは非常に苦しかった。

 苦しい心情が長い時間続きこれ以上の苦しみはないものだと思い込んでいた。

 だが真司しんじの場合はどうだろうか?

 真司しんじが苦しむ姿を見続けない事は良い事なのか?

 だが周りの人間は真司が亡くなるという覚悟が出来ていない状況だった。

 突然亡くなったと聞かされ、その瞬間には真司しんじは存在して居ない。

 家族との別れの言葉も交わせず、そして残されたものは真司しんじの抜け殻である遺体のみである。

 真司しんじ花桜梨かおりの兄妹は真逆の亡くなり方をした。

 だが共通している事はあまりにも早い死という事だった。


 真司しんじの死は残された真司しんじの家族にとって今後の不安材料となる。

 一家の大黒柱の突然の死は残された家族にとって精神的にも経済的にも大きな負担となる。

 真司しんじの親友であるとはいっても残された真司の妻蛍子と養女の茉莉まつり政幸まさゆきはしょせん他人だ。

 精神的支えになれるはずなどない。

 だが経済的な支えは政幸まさゆきには可能だった。

 政幸まさゆき花桜梨かおりを失ってから家族を持つ気は全くなかった。

 生涯独身を貫いていく事だろうと自身でも思っていた。

 それに反して政幸まさゆきの収入は意外な程高かった。

 若かりし日の努力の結果だったが、特に趣味も無く散財する癖も無く貯金をしている訳でもないのに政幸まさゆきの銀行口座は月日が経つにつれ残高が多く残されていた。

 金の使い道を知らない、解らないといった状況であり死に金でもあった。

 真司しんじの遺族の為に使うなら死に金は生き金に代わる。

 ただ問題は蛍子けいこがそれを良しとしないだろう。

 旦那の親友とはいえそうしてもらう道理はない。

 だが政幸まさゆきの気持ちとしては、おしくもない金を使って役に立ててほしいという気持ちの方が強い。

 どうせ持っていても使い道などない。

 墓場まで金は持っていけるはずはないのだから。





 真司しんじの葬儀は近場の斎場で行われる事になっていた。

 葬儀開始までまだまだ時間がある。

 他人である自分が図々しくも直接遺族に会いに行くのは常識から外れた行為だろうが政幸まさゆきはあえてそれを実行した。

 駅から直接真司しんじの家に向かったのである。


 真司しんじの家を訪ねると喪服姿の蛍子けいこが出迎えてくれた。


「今回はこんな事になり・・・何というか・・・何て言ったら・・・。」


 政幸まさゆきは言葉に詰まっていた。

 どんな言葉で慰めて良いのかわからない。

 蛍子けいこはそんな政幸まさゆきの気持ちを察してか政幸まさゆきの会話を制止し家に上がる様に進めてくれた。


 蛍子けいこは電話で話した時の動揺ぶりが嘘の様に落ち着いていた。

 一晩経って気持ちの整理をしたのだろう。

 政幸まさゆきは下手な慰めの言葉をかけるのは止め本題に入る事にした。


蛍子けいこさん、今こんな事を言うべきでは無い事は承知しているんだけど・・・。」


 政幸まさゆき蛍子けいこ達が真司しんじ亡き後これからどの様に過ごしていくのか好奇心からではなく本心で心配していた。

 親友であった真司しんじが亡くなってしまった今後、蛍子けいこ達との縁は普通なら無くなってしまう事だろう。

 親友の妻とは言え蛍子けいこは他人だ、そして政幸まさゆきが愛している花桜梨かおりの忘れ形見とはいえ蛍子けいこの養女の茉莉まつりも他人である。

 真司しんじを通して関係が続いていたにすぎない。

 真司しんじの存在が無ければ普通に縁は無くなる。

 そんな他人が立ち入って良い事なのだろうか?

 政幸まさゆきのこれから出す提案は、政幸まさゆきの自己満足に過ぎないものだから・・・。


「・・・これからどうするつもりなんだい?」


 政幸まさゆきは少し遠慮がちに言葉を発していた。


「何も変わりませんよ・・・ずっとこのままです・・・。」


 蛍子けいこの意思は真司しんじの未亡人として今後この家で茉莉まつりと共に暮らしていくつもりなのだろう。

 実家に帰るなどと言った選択肢は考えていない様だ。


「だけどそれでは、今までの様な生活は出来ないのではないのかい?」


 今言うべきことではないのは解っていた。

 だが政幸まさゆき蛍子けいこと直接会えるのは今日しかない。


「私達以外にもこんな環境の人達は居ますよ? その人達に出来て私達が出来ないはずはありません。」


 片親で立派に生活を営んでいる家族は確かに多く居る。

 だが、何らかを犠牲にする事は多々あるはずだ。

 子供の為に身を削って働き続けた事による心身への負担、子供が進学を諦める状況など、まさに蛍子けいこ達は真司しんじの死によって生活環境はその方向に向かう可能性が強まっていた。

 政幸まさゆきは取り繕うのをやめた。


「ああっ! 腹の探り合いみたいなことはヤメだ!」

「はっきり言うよ、以前より生活は苦しくなるよ、だから俺が金銭的な支援をする。」


 政幸まさゆきの言葉は蛍子けいこにとっては屈辱的な言葉であろう。


「はあ? センパイ何言ってるんですか? 私達の事バカにしてません?」


 蛍子けいこの表情が険しくなっていた。

 その表情には怒りすら感じる。


「他人であるセンパイが私達に金銭的援助?」

「本当に失礼な人ですね・・・そんなことされて私達が喜ぶとでも?」


 蛍子けいこの怒りはもっともだった。


「だが考えてくれ、今後お金は更に必要になる・・・茉莉まつりちゃんだって今後ますますお金が掛かる、学費だって更に掛かるよ?」

茉莉まつりちゃんが進学したいと言ったらどうするんだよ?」


「私が働いて進学させます。」


 蛍子けいこは折れそうにない。


「だったら、真司しんじ花桜梨かおりの母さんはどーなったんだ?」


 真司しんじ花桜梨かおりの母は片親であり過労死に近い亡くなり方をしている。


「私はそうはなりません。」


「何故それが解るの? そんな保証はないよね?」

真司しんじ花桜梨かおりの母さんが亡くなった時の二人の事は今だに覚えている。」

「あの真司しんじが無表情で無気力に見えた、花桜梨かおりなんてものすごく小さく見えた・・・。」

「そんな思いを茉莉まつりちゃんにさせてもいいの?」


 蛍子けいこの表情は僅かに不安な表情となっていた。

 蛍子けいこ真司しんじ花桜梨かおりの母の様になるかもしれないし、ならないかもしれない、だがならない保証はない、そうなった時残された茉莉まつりはどうなるのか?


「もし、もしもだよ? そーなったら俺が茉莉まつりちゃんを引き取るから後の事は心配しなくていい、だけどね、悔しいけど茉莉まつりちゃんの親に一番相応しいのは蛍子けいこさんだと俺は認めている・・・。」


 子供には母親が必要だ、その点蛍子けいこ茉莉まつりの母親として相応しいと政幸まさゆきは本気で思っていた。


「しかし・・・他人のセンパイにそこまでしてもらう義理は・・・。」


 蛍子けいこのいう事は正論だ、普通の感覚である。


「そこだよ! 他人ってなんだよ?」

茉莉まつりちゃんは花桜梨かおりの娘だよ? 花桜梨かおりに不幸が無ければ俺の娘になっていたはずだよ?」

「娘同然の茉莉まつりちゃんの為に俺が金銭的支援をして何が悪いのさ!?」


 蛍子けいこは黙ってしまった。


蛍子けいこさんは一般論とかに囚われすぎだよ・・・自分の中の常識を押し付けて・・・。」

「俺の気持ちを完全に無視してるね・・・。」

「俺だって、茉莉まつりちゃんを助けてやりたいって気持ちはあるんだよ?」

「だけど一緒に生活している訳でもないし、結局は金っていう選択になっちゃうんだ。」


 金だけ出す。

 一般的に嫌な文句である。

 何かというと金というのは悪者にされがちである。

 だが金でしか気持ちを表せない事もある。

 今の政幸まさゆきがその状況だった。


「わかりましたよ・・・。」

「だけど今はこんな状況です。」

「落ち着いたらセンパイに言われた事を考慮して返事をしますよ。」


 蛍子けいこは可否はともかく一先ず考えてくれる気になってくれている様だった。


「まったくセンパイは・・・、このお人好しめ・・・。」


 使い道も無い。

 使う予定も無い。

 何度も言うがおしい金ではない。

 もし与えたとして感謝などされなくても良い金だ。

 金はいくらあっても困らないだろう。

 政幸まさゆきにもそれは言える事だろう。

 だが当面必要がない金だ。

 そして会社に居続ける限り、また貯まっていく事だろう。

 有効活用できない金を有効活用できるのはこの提案が了承された時なのだと、政幸まさゆきは感じていた。

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