第59話 結婚式〈けっこんしき〉

 政幸まさゆきが上京して数年が経っており政幸まさゆきの年齢は三十代中盤に差し掛かろうとしていた。

 政幸まさゆきの社内での評判は悪評が目立っていた。

 与えられた業務はきっちりこなすもののそれ以上の事はせず業務自体前向きではない。

 人付き合いは悪く同僚と接する時も不愛想であり、業務終了後には即帰宅する毎日だった。

 年齢を重ねたせいか、不摂生が祟ったのか体型も小太りになっており若き日の面影は無くなっている。

 更には最近は頭髪が薄くなりつつあり年々髪が後退していく有様だ。

 会社での着衣も毎日同じ様なスーツばかり着ており、シャツなどはヨレヨレでアイロンなどかける事は無い事を想像できた。

 近年、本格的に業務に導入され業務の必需品となりつつあるパソコンが大の苦手であり、苦手であるが故によくモニターとにらめっこしていた。

 そのせいか最近は視力も落ちつつある。


 最低限の仕事しか行わず、人付き合いは悪い、見た目も不格好となれば人に好かれる要素などない。


 政幸まさゆきは同世代である中年社員の中で嫌われている立場となりつつあった。


 更にたちが悪い事に政幸まさゆきはその現状を感づいていたが全く気にも留めていない様子だった。

 本人が釈明すらしていない状況である。

 噂となった話は全て当人が認めているものと判断されつつあった。

 政幸まさゆきの社内での立場は下がる一方であった。




 とある休日の日、政幸まさゆきが自宅にて自堕落に過ごしていると政幸まさゆきの携帯に着信があった。


 故郷に居る政幸まさゆきの無二の親友である真司しんじからであった。


 政幸まさゆきは上京後も真司しんじとだけは連絡を常に取っていた。

 唯一心許せる存在である真司しんじ達家族と会話する時間は上京してやさぐれていた政幸まさゆきにとって昔の自分に戻れる時間でもあった。


政幸まさゆきか、すまないな何度も・・・。」


 真司しんじはここ最近頻繁に政幸まさゆきに連絡を入れていた。

 政幸まさゆきにある相談をしていたのだ。



 真司しんじ真司しんじの妻蛍子けいこはかなり早い時期に結婚している。

 真司しんじが就職をして数年、蛍子けいこはまだ大学生だった。

 当然蛍子けいこの両親からは反対があった。

 蛍子けいこはそんな両親に無理やりと言える方法で結婚を認めさせた。

 結婚が決まれば一般的には結婚式を行う。

 だが式を行う資金は二人には無かった。

 蛍子けいこの両親に頼れば式をする事は可能だったろう。

 だがそれは真司しんじにとって自尊心を傷つけられる行為だった。

 資金が貯まれば式をやるつもりでいたのだが、花桜梨かおりの忘れ形見である茉莉まつりを養女にした事でその流れは変化していった。

 子供というのはやたら金が掛かる。

 そういった流れで有耶無耶になっていた蛍子けいことの結婚式であったが年齢を重ね老いる前に行ってやりたいという真司しんじの想いがあったようだ。


 結婚というのは女にとっての夢だと聞く。

 人生の主役になれる結婚式を蛍子けいこはまだ行っていないのだ。

 真司しんじ蛍子けいこの間には今だ子供を授かっていない。

 せめて式を行う事で夫婦という絆を証明したかったのかもしれない。


 何かの間違いか冗談なのか、結婚をした事のない政幸まさゆき真司しんじはこの事を相談してきたのだ。


 真司しんじが勤める会社には真司しんじが既婚者という事はもう知れ渡っている。

 今更、式を挙げるにせよ肩苦しいので身内だけで式をやるつもりのようだった。


 最初は政幸まさゆきに色々問いかけていた真司しんじ政幸まさゆきがあまりにも質問に対して答えきれない事から徐々に現状報告へと変化していった。


 花嫁の衣装はどうするか、指輪の石は何がいいか、いくら聞かれてもさっぱり答えられない。

 政幸まさゆき花桜梨かおりを失ってからそういった物に関心が無くなっていたのだ。

 真剣な真司しんじの相談に対して適当な回答をする訳にはいかない。

 解らない事は解らないとはっきりと物言う。

 逆にそれが良かったのだろう、真司しんじは式の内容を決める度に政幸まさゆきに報告してきた。

 誰かに話を聞いてもらいたかっただけかもしれないが、真司しんじにとって政幸まさゆきはその対象としては適任だったのであろう。


 だが今回の真司しんじの電話は今までと志向が違っていた。


「実は蛍子けいこにこの事を話したんだが・・・。」

蛍子けいこは式をするのに反対らしいんだ・・・。」


 蛍子けいこらしい、今からいくらでも出費がかかる茉莉まつりの事もあるし余計な出費は控えたいのであろう。


蛍子けいこさんらしいな・・・。」

「結婚式なんて余計な出費だと考えているんだろうな・・・。」


 そういった思考では女の方がリアリストである。

 むしろ男の方がロマンティストなのかもしれない。


「だがな、結婚式って女にとっては大事な物だろ? ウエディングドレスなんて憧れだろ?」

「それをしなくていいなんて、我慢しすぎじゃないのか?」


 蛍子けいこの中ではドレスへのあこがれよりも、今更式をする事の方が照れ臭いと思っているのかもしれない。

 だが実際式を行ったら、喜ばない訳がない、失礼な言い方だが蛍子けいこだって女だ。


「なに、実際式を行う事になったら蛍子けいこさんだって嬉しいに決まってるさ。」


 真司しんじは間髪入れずに発言した。


「そーだよな! 蛍子けいこだって喜ぶに決まっているよな!?」


 真司しんじは本気で蛍子けいこの為を考えている様だ。

 相変わらず夫婦仲は良い様だ。


「それに式くらいあげさせてやらなきゃ男の立場も無いしな・・・。」


 その意見には同意である。

 政幸まさゆきもかつて花桜梨かおりと関係が進んだ時にはいろいろ考えていたものである・・・。


真司しんじ蛍子けいこさんは話せば分る人だよ、お前の正直な気持ちを話せばきっと受け入れてくれるさ。」

「今後の資金の事を心配して居るなら、俺が結婚式代送りつけるぞと言ってやれ!」


 政幸まさゆきは一応上場企業の正社員である。

 都内にボロアパートを借り、趣味も特にない。

 正直金の使い道がない。

 政幸まさゆきの銀行口座には相当な額が入っている。

 当月の給料を使い切る事の無いまま、次の給料が振り込まれていく。

 ボーナス等も使えずじまいの有様だ。

 金は大事な物だとは理解しているが、口座にいくら預金があるかあまり意識した事はない。


 真司しんじ達は拒否するだろうが真司しんじ達の為になら別に使っても惜しくはない金だ。


「ありがとな政幸まさゆき・・・。」

「正直、式をやりたいって事ばかり話して俺の気持ちは話してなかったよ。」

「それに茉莉まつりが俺達の結婚写真を見たいと言った時見せてやれないもんな・・・。」

「何とか蛍子けいこを説得してみるよ・・・。」


 真司しんじは決意を固めた様だった。

 蛍子けいことの結婚式を絶対に行って見せると。



 数日後、真司しんじからまた連絡があった。

 蛍子けいこが結婚式をする事に同意してくれたと。

 この事を話す真司しんじは声を聞いただけでとても嬉しそうだった。

 夫として一つの責任を果たせると喜んでいた。

 今更式を行うと言われれば確かに遅すぎるのかもしれない。

 だが真司しんじとして式を行いたかったのだ。

 蛍子けいこ真司しんじの気持ちを理解してくれた様で安心した。

 二人の結婚式が今から楽しみである。

 当日は蛍子けいこをからかうのだけはやめておこう・・・。

 蛍子けいこの事だ途中で式を投げ出しかねない・・・。

 素直に祝福してやるとするか・・・。

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