第46話 顔合せ〈かおあわせ〉

 政幸まさゆき美春みはるの役員室に居た。

 今日の昼の業務が始まる頃、美春みはる主導のプロジェクトの初顔合せが会議室で行われる。

 その資料の一部を朝から作成させられていたのである。

 作成させられていたのはタイムラインであった。

 要は顔合わせの時間割といったところだろうか。


 パソコンの苦手な政幸まさゆきにとって非常に苦痛な作業だった。

 美春みはるには二時間で終了する様に作成する様に指示されていた。


 司会進行を美春みはる政幸まさゆき以外に美春みはるの補佐を任せても良いと語っていた小山田おやまだという社員が担当する事になっていた。

 中々のやり手らしい。


 開会の宣言と進行役の挨拶5分・・・美春みはるの挨拶5分・・・俺の挨拶3分分・・・残り20名の挨拶各3分・・・プロジェクトの課題説明10分・・・。


 政幸まさゆきは人員の資料を片手に悩みながら作成していた。

 頭がおかしくなりそうである・・・。




 何とか2時間以内に終了するタイムラインを作成できた。


 出来た資料を美春みはるにチェックしてもらった。


「うん・・・上々ね・・・。」


 何とか合格点がもらえたらしい。


「でも一点だけ訂正してもらいたい箇所があるわ。」


 まあ一点だけなら然程の修正は要らないだろう・・・。


「挨拶の順番なんだけど、矢野やの君の挨拶を最後にして頂戴。」


 政幸まさゆきはあまり自覚がないとはいえ一様サブリーダーになっている。

 一応、美春みはるの次という立ち位置である。

 サブリーダーの挨拶ならリーダーである美春みはるの次に行うのが普通だろう。

 だが美春の事だ、何の根拠も無い事はしないはずだ。


 政幸まさゆきは言われた通り美春みはるに指示された様順番を訂正した。

 再度美春みはるに確認してもらう。


「うん、完璧だわ・・・。」

「あなた、私が修正するよう指示した時腑に落ちない顔をしたわね?」

「でも素直に修正した、どういった意図だったのかしら?」


 政幸まさゆきは思った事をそのまま発言した。


「普通は私はサブリーダーになっていますから、沢渡さわたりさんの次に挨拶するのが通例でしょう。」

「しかし沢渡さわたりさんはそれを良しとしなかった。」

「きっと何かは解りかねますが、考えがあると確信できたからです。」


 美春みはる政幸まさゆきの顔を見て微笑んでいた。


「そう・・・やっぱりあなたは良いわね・・・。」

「私の見込み違いではなかったようね。」


 政幸まさゆき美春みはるの意図は全く解ってはいない。

 ただ美春みはるにとって政幸まさゆきの行動は予想できるものなのであろう。

 本心は解らないが、それが信用となっている。

 つまり美春みはるの予測を裏切らない人材ということである。


 作業が終わり政幸まさゆきは安堵していた。

 やっと苦手なパソコン作業から解放されたのである。


 しばらくすると部屋のインターフォンが鳴っていた。

 美春みはるは受話器にて対応していた。

 部屋のロックが解除され一人の若い男性社員が入室してきた。


「失礼いたします、小山田おやまだと申します。」


 美春みはるの言っていた補佐を任せても良い人材で顔合わせの司会進行を担当する社員である。


 中々の好青年である。

 見た目は正直イケメンといって差し支えない。

 何といってもまだ若い、将来を有望視されている事だろう。


小山田おやまだ君紹介するわ、サブリーダーをやってもらう事になった矢野やの君です。」


 小山田おやまだ政幸まさゆきに近づき握手を求めた。


「始めまして矢野やのさん、小山田おやまだです。今後ともよろしくお願いします。」


 正直政幸まさゆきとは別次元の人間だとさえ感じた。

 笑顔が眩しい、これは女性社員から人気があるはずだ・・・。


矢野やのです。こちらこそ宜しくお願いします。」


 政幸まさゆきは無難な挨拶を返した。


矢野やのさんの噂は聞き及んでおります、業務を御一緒できるのを楽しみにしておりました。」


 どうも腑に落ちない。

 政幸まさゆきの噂話と言ったらロクな物はない。

 それで仕事を一緒にできるのが楽しみだと?

 単なる嫌味だろうか?


 だが小山田おやまだの表情には悪意が感じられない。

 余程のポーカーフェイスか何かだろうか?





 昼休憩が終わり会議室に来ていた。

 プロジェクト参加者は決められた席に座っている。

 席にはプロジェクトの資料、プロジェクトの参加者の名簿、そして政幸まさゆきが作成していたタイムラインが一人一人に配られていた。


 顔合せは2分程遅れてのスタートとなった。


 司会進行を担当している小山田おやまだは皆への挨拶から始まり、開会宣言の後、自身のプロフィールと進行の流れ説明した。

 単説に解りやすい挨拶であった。


 次にプロジェクトリーダーである美春みはるの挨拶が始まった。

 タイムラインを作成していた政幸まさゆきはスタートが2分遅れになっていたのを気にしていた。

 小山田おやまだが挨拶を要点だけ述べて時間短縮が出来ていた為1分程の遅れとなっていた。

 美春みはるの挨拶は計った様に5分ちょうどで終了した。


 次は各自の挨拶となる、20名いる内それぞれが3分の時間を割り当てられていた。


 一人ずつ挨拶が始まる。


 進行していく内、政幸まさゆき美春みはるの知らない点を知ることが出来た。

 挨拶をする社員の中に美春みはるの書いた著書の事を褒め称える社員が居たのである。

 政幸まさゆきはこの時初めて美春みはるが本を出版している事を知った。

 挨拶の中でやたらと美春みはるの著書を絶賛する者もいた。

 政幸まさゆき自身もその本を読んでみたくなる程に・・・。


 20名全員の挨拶が終了し、最後は政幸まさゆきの番になっていた。

 正直挨拶の文言など全く考えていなかった。

 朝から苦手なパソコン作業をさせられており、この顔合わせ中にはタイムテーブルを作成した身として進行の遅ればかり気にしていた。

 政幸まさゆきの今後の仕事は美春みはるとのやり取りが大半であろう。

 どうせ社内には政幸のロクな噂はたっていない。

 なら直接関わり合いが深くない社員に媚をうってもしかたない。

 時間を見てみると予定時間から4分弱の遅れだった。

 政幸まさゆきは席を立ち挨拶を始めた。


「この度、このプロジェクトのサブリーダーを拝命致しました、矢野やの政幸まさゆきと申します。」

「皆さん宜しくお願い致します・・・・・・以上です。」


 政幸まさゆきの挨拶を聞いたほぼ全員があっけに取られていた。

 挨拶があまりにも短かったからである。

 ほぼ全員が政幸まさゆきの悪い噂が広がっている事は知っているだろう。

 挨拶すらもロクに出来ないのかといった様子であった。


 皆が呆れていると、美春みはるに動きがあった。


「はい、注目!」


 皆が美春みはるに注目した。

 タイムラインにこの様なスケジュールは組まれていない。


「皆さん、挨拶お疲れさまでした。」

「正直私は皆さんの挨拶を聞いてがっかりしています。」


 会議室内はざわめきはじめた。


「皆さんの手元の資料にタイムライムラインがあります、よく見てください。」

「最後の矢野やの君の挨拶が終了した時点で1分弱の遅れになっていました。」

「たかが1分と思われるかもしれません。」

「だけどこのプロジェクトの重要性を理解してください。」

「プロジェクトが失敗に終わりましたら、プロジェクトに携わった時間は無駄な物となります。」

「そして更には従業員のリストラが始まる事でしょう。」

「このプロジェクトは一刻も早く徐々に成功させていくしかありません。」

「すなわち時間を管理できないものにはこのプロジェクトには必要のない人材という事になります。」


 周囲は動揺している様だった。


「最初、私は進行役の小山田おやまだ君に少しスタート時間を遅らせる様に指示を出しました。」

「その時点でこのタイムラインが曖昧なものとして認識して時間を気にしなくなった人たちもいた事でしょう。」

「私は皆さんの挨拶を聞いている内に3分くらいの遅れになると予想していました。」

「でも1分弱に短縮できた。」

「理由はお解りですか?」


 皆、各自が困惑の表情を見せていた。


「最後に挨拶したサブリーダーの矢野やの君が最低限の挨拶で終わらせたからです。」


 何か流れがおかしくなっている・・・。


「彼は自分の挨拶を考えていた事でしょう。」

「しかしその挨拶を行うと4分の遅れが取り戻せない。」

「それを見越して自分の挨拶時間を10秒足らずで終了させ3分弱の時間短縮を行ったのです。」


 美春みはる先輩・・・それはあまりにも買いかぶりすぎだ・・・。


「彼がサブリーダーに任命され不満に思っている方も多い事は聞き及んでいます。」

「私と直接業務を行うことの多い立場に彼を据えたのはこれが理由です。」


 なるほど、朝言っていた考えとはこの事だったのだろう。


「中にはそれに気づいたのか数名は挨拶を単説に切り上げる人もいました。」

「例を挙げると進行役の小山田おやまだ君ね・・・。」

小山田おやまだ君は進行の説明等もありますので時間短縮は難しい立場でしたがそれでも1分近くの時間短縮を成功させていました。


「それとあいさつの内容で気になった点がありました。」

「それは私の著書を褒め称える人たちが数人いた事です。」

「はっきり言いますが、私にお世辞は通用しません。」

「同様に媚を売っても逆に評価を下げる事になります。」

「私の著書は教育論です。」

「このプロジェクトが新人教育でしたらそれも有効でしょう。」

「しかしこのプロジェクトにそんなものは必要ありません。」


「私の意見に賛同できない者、納得できない者は申し出てください。」

「ペナルティー無しで元の部署に償還してあげます。」



 美春みはるの言葉はこの場に居た全員を納得させたようだ。

 その理由として脱落者は一人も居なかった。

 美春みはるはこのプロジェクトに必要な物を叱咤することにより解りやすく説明を果たしていた。


 そして社内で評判の最悪な政幸まさゆきと有能だがまだ若い小山田おやまだの立場を堅牢な物にする事を巧みに誘導していたのである。


 全くこの人は・・・。


 政幸まさゆきは只々頭の下がる心中だった。

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