第17話 奮励〈ふんれい〉(2)

 政幸まさゆきの努力はずっと続いている。

 一昔前の政幸まさゆきからは想像すら出来ない姿である。

 愛する人花桜梨が出来たことにより変ることが出来たのである。

 な大人になり、花桜梨かおりにふさわしい人間になりたい。

 その思いが今まで自堕落だった政幸まさゆきを変えた。


 もっとも、な大人の定義は人それぞれであろうが・・・。




 政幸まさゆきは授業が終わりいつもの様に図書館に来ていた。

 政幸まさゆきの隣には美春みはるがいた。

 約束通り政幸まさゆきに勉強を教えてくれていた。


 美春みはる度々たびたびここ図書館に来ているとは言っていたが毎日来ている訳ではなかった。

 しかし政幸まさゆきの姿を確認すると必ず勉強を教えてくれた。

 元々が面倒見の良い性格だった。

 政幸まさゆき一家が見知らぬこの地に引っ越した際に美春みはると知り合った政幸まさゆきにとって面倒見の良かった美春みはるの存在には好感を持っておりある意味支えでもあった。

 もっとも美春みはるのその立ち位置も数年後には嫌悪の対象になるのだが・・・。




 最初はからかわれているだけかもと政幸まさゆきは思っていた。

 しかし美春みはるは真剣に丁寧にそして解りやすく勉強を教えてくれていた。


 図書館での勉強会が終わると政幸まさゆき美春みはるは帰る方向が途中まで一緒だったのでそこまで一緒に帰っていた。

 互いに自転車通勤だった為、二人共自転車に乗らず歩いて話しながら・・・。


 もう結構この生活パターンを繰り返している。


 この二人の姿を見た他人は学校の違う高校生カップルとしか見えない事だろう。

 だが当の政幸まさゆきには美春みはるに対してそんな感情は抱いていない。

 きっと美春みはるの方も同じ感情であろう。


美春みはる先輩には本当に感謝しています。」


 美春みはるの事を呼び捨てにしていた政幸まさゆきは名前の後ろに『先輩』と付けて美春みはるの名前を呼んでいた。

 実際感謝しているし、尊敬に近い感情も抱いていた。

 最近学校の授業の内容が徐々に解り始めているのである。


「そーでしょ、心より感謝なさい!」


 美春みはるはいつもの調子で話を続けている。


「しかし政幸は運がいいよーっ、こんな美しくて、頭の良いお姉さんにで勉強を教えてもらっちゃってねーっ。」

「お金出してでも教わりたいって人は大量にいると思うよ!」


 大量にいるかはそれとして、お金を出してでもといった点に関しては同意である。

 それくらい美春みはるは勉強を教えるのが上手だった。


「そうですよね、美春みはる先輩は頭も良いし、教えるのも上手だし、おまけに美人ですもんね。」


 本音からさらりと出た言葉であったが美春みはるは立ち止って顔を赤らめていた。


矢野やのちゃん・・・君ね・・・さらりとずるいこと言うよね・・・。」

「そんなこと言われると、お姉さん政幸をからかえなくなっちゃうよ。」

「勉強を教えた後のこの時間矢野やのちゃんをからかうのが勉強の報酬なのになぁー。」


 政幸は苦笑いしていた。


「何だそれが報酬だったのですか!?」


 美春みはるはニコリと笑っていた。


「あたしさー、真面目な話教師になりたいんだよね。」


「いいんじゃないんです?先輩頭良いし、教え方もうまいし。あっ・・・でも教師になる勉強疎かに出来ないですよね、俺先輩の足引っ張っちゃってるのかな・・・。」


「いやいやいや、あたし勉強って授業中しかやんないし、家でやるのは宿題くらいだしね、塾にも行ったことないし、高校入試の時も特に勉強してなかったしね。」

「まあ、あたしは要領いいからね。」


「いや、要領いいってレベルでは無いでしょ?!」


「図書館に通っているのも本を読む為だから、矢野やのちゃんと違って勉強しに通ってる訳じゃないんだよ。」

「でも教師になるって勉強出来るだけではだと思うんだよね。」

「教師は生徒にとっての模範にならないといけないと思うし、勉強以外の事も知って色々な経験をしておかなくちゃ生徒の相談にも乗れない先生になっちゃうでしょ?」


 実際、世の中そんな理想の教師は少ないと思う・・・。


「実際進路を生徒に指導するとしても、あれいつも笑っちゃうんだけど、指導する教師が知ったかぶりをして、自分が経験したことのない進路をすすめるって滑稽だと思わない?」

「だからあたしにとっての理想の教師は色々な経験をしている教師なんだ。」


 正論である・・・。

 美春みはるの目指す教師像は何と理想の高い事か。


「だからね、矢野やのちゃん、私に勉強教えてもらうのに負い目は感じる必要はないんだよ?」

矢野やのちゃんに勉強を教えてあげたって事も、あたしの一つの経験に過ぎないから、結局はあたしに帰ってくるものなの、あたしの描く理想の教師になる糧として・・・。」


 政幸まさゆきは以前あまり好きではなかった先輩美春の夢を聞き、眩しいくらい輝いていると感じると同時に尊敬の念がますます大きくなっていった。


「すごいな美春みはる先輩は・・・そんなこと考えてるなんて・・・本当理想の教師像ですね。」

「頭が良く、人生経験豊かで、生徒の相談に答えることが出来て、おまけに教師ときたら、絶対生徒達の人気者になれちゃいますよ!?」


 美春みはる政幸まさゆきの顔を見て真っ赤になっていた。


「もう本当に政幸はずるいな・・・男の子なんていつまでも子供だと思っていたけど、政幸も大人になっているんだね・・・。」


 小さな声で独り言を言うように美春みはるは声をもらしていた。


 政幸まさゆき美春みはるのこの一言をあまり聞き取れて居なかったが、あまり気にしていなかった。

 

 それより美春みはるの高い目標を聞かされた為、美春みはると自分との違いに少し情けなく感じていた。

 美春みはるの事を良いと思った。

 政幸まさゆきは目的はあるが目標はない。


(そう、やりたい事を探さなくちゃ・・・美春みはる先輩みたいに良くならなくちゃ・・・。)


 それが立派な大人の条件の一つではないのかと感じてはいたが確信は持てなかった。

 だが、目標を持ってそれに向かって努力する、それはとても尊い行動だと思うしそのように行動する人間は他人から見てもとても魅力的な人物である。

 近くにそんな人が居た。

 政幸まさゆき美春みはるの存在で目指す何かの輪郭が見えるようになってきた気がしていた。

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