さそり座の針~その3

次の日の放課後、美乃と凪は清掃の為生徒会室へと向かった。

毎年、一年生のクラス委員が持ち回りで担当する事になっている。

昨日の一件は悪質な悪戯として生徒会と学校側とで調査する事になった。

柳下副会長の怪我が軽症だった事と学校の意向もあり警察沙汰にはなっていない。

原因となった凶器はだった。


「ねえ、滝宮くん。聴きたいんだけど……」

美乃は後ろで欠伸の後の涙目をこする凪に話しかけた。

あの場の全員が箱から出たものに注目する中、この少年だけは違う方を見ていた。

一体何を見ていたのか気になる。

「はぁ」

「……いえ、何でもないわ」

美乃は慌てて言葉を呑み込んだ。

考えてみれば彼が何を見ようと自分には関係の無い事だ。

更に言うなら昨日の件にも関わるつもりはない。

余計な事に首を突っ込む余裕など自分には無いのだ。

一年間そつなく役をまっとうし、内申書の特記事項に一文字増やす。

目的はただそれのみ。


気を取り直して鍵を開けようとするとすでに空いていた。

「失礼しまあす」

恐る恐る声をかける。

「……あ、ごめんなさい。驚かしちゃった?」

慌てて立ち上がったのは葛城書記だった。

泣いていたらしく目が赤い。

「葛城先輩……どうされたんですか!?」

美乃の問いに少女は声を詰まらせた。

「ちょっと会長に怒られちゃって……昨日の資料、どこを確認してたんだって……中身は愛美ちゃんと二人で作ったんだけど、配布したのは私だし」

そこまで言って書記はぐすんと鼻を鳴らした。

配布した事は関係ないと喉元まで出かかるが抑える。


あぶない、あぶない……

もう少しで感情的になるところだった。


「あれはミスプリなんですか?」

美乃は昨日の会長の台詞を思い起こして尋ねた。

ここは社交辞令的にうわべの会話に終始しておこう。

「ううん、それは無いと思う。作成後に私と愛美ちゃんで確認した時には確かに無かったもの」

「では誰かが意図的に差し込んだのかも……心当たりはないんですか?」

葛城書記はうつむいたまま首を左右に振った。

資料の保管されている生徒会室へは執行部だけでなく掃除などの名目で誰でも出入り出来る。

犯人の特定は難しい。

暫しの沈黙が流れ、何となく気まずい空気が流れる。


「あのガチャ玉、一体誰が入れたんでしょうか」

コホンと一つ咳払いすると、美乃は話題を変えるつもりで尋ねた。

「……さあ、私には分からない。でも何だか怖い……」

余計気まずくなったと後悔する美乃の袖を誰かが引っ張った。

振り向くと凪がうつろな目で部屋の隅を指さす。

机上に昨日の目安箱が置かれていた。


あんなもの今更見たって仕方ないじゃない。

あの針の付いた球体はとっくに取り出されているだろうし。

副会長も手を入れる際、もっと気を付ければ良かったのに。

あ、でも穴から覗いても中は見えにくいのかしら……

そもそも中はどうなっているんだろう?

まあ、そこだけは確認しといてもいいかもね。

私も、ほら……一応生徒会の一員なんだし……


結局、好奇心に負けた美乃はそばまで行くとそれを観察し始めた。

蓋は開いたままだ。

こぶし大の穴から覗くと、中は暗くて見えにくい。

目を凝らして見るが、特に凹凸などは無く只の箱だった。

蓋に目を移すと、中央に封筒が入るほどのスリットがあった。

投書物はここから投函するらしい。


ということは……


という事になる。

「葛城先輩、この箱の鍵は誰が持っているんですか?」

美乃の問いに書記は少し驚いたような顔をした。

「それは……鍵を持っているのは……高津川会長だけよ」

言い難そうに答える書記を背に、美乃はじっと箱を睨みつけた。


生徒会室を出ると戸口に榊書記が立っていた。

あっと驚き、美乃は思わず凪にしがみついた。

「さ、榊先輩!」

「あなた達、余計な事はしないでくれるかしら」

慌てて手を離す美乃に容赦ない怒声が飛ぶ。

どうやら外で聴いていたらしい。

「私達は別に何も……」

「今回の件は高津川会長が率先して調査しておられるわ。邪魔になるので余計な詮索はしないこと。いいわね!」

取り付く島もない命令口調だ。

恐らく高津川会長の側近なのが余程自慢なのだろう。


「あの、榊先輩。一つだけお聞きしていいですか?」

大胆にも美乃は質問を口にした。

なかなかの肝っ玉だ。

思わぬ逆襲に書記の顔が一瞬強張こわばる。

「会長以外の誰かが目安箱を開ける事は無いんですか?」

「そんなこと……無いに決まってるじゃない。設置して以降会長の許可無しに動かした者などいないわ」

腹立たしげに吐き捨てる。

「そうですか。ありがとうございました」

何か言いたげな書記を尻目に、美乃は凪の袖を引いてその場を離れた。

その風景はどうみてもペットと飼い主にしか見えなかった。


廊下で柳下副会長とすれ違った。

今日は出会いの多い日だ。

右手のグローブのような包帯がいかにもわざとらしい。


「お疲れ様です」

挨拶を無視して通り過ぎようとしたので美乃はカチンときた。

「柳下先輩。お加減はいかがですか?」

わざとらしく背後から大声を上げる。

「ああ……なんとかな……」

舌打ちしながら渋々振り向く。

迷惑そうな顔だったが、ここでも美乃は禁忌きんきを破った。

「先輩、誰かに恨まれる覚えあります?」

欠伸をしていた凪でさえ固まるほどの直球だった。

見る見る副会長の顔色が変わる。

「なんだと!お前、何が言いたい!」

「いや、あのガチャ玉……誰かを狙ったんじゃないかと思ったもので」

副会長はそれには答えず、もの凄い形相で美乃を睨みつけた。

「入れた者に心当たりがあるかと」

「ねえよっ!」

下卑げびた怒声が返ってくる。

嘘だな……

この人なら恨みを買っても不思議はない。

恐らく質問と同時に複数の心当たりが浮かんだはずだ。

だがれ以上は追求せず、美乃は頭を下げると何食わぬ顔でそこを離れた。


ここまでくるともう一人出会っても不思議はない。

物語とはそういうものだ。

ほら、丁度職員室から出て来た。


「高津川会長、お疲れ様です」

背後からの声に驚いて振り向く会長。

「……お疲れ様。ええと……」

「一年クラス委員の矢名瀬と滝宮です」

ああと相槌あいづちは打つがどこか上の空だ。

「昨日は大変な目に合わせたな。すまなかった」

意外なほど素直に謝罪する顔に苦悶の色がにじんでいた。

学校側との間であまり良くない話が出たようだ。

その表情をじっと眺めていた美乃の口から、またまた爆弾発言が飛び出した。


「高津川会長、ガチャ玉を入れたのは会長ですか?」

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