こちら妖怪マークの探偵社です!
弱腰ペンギン
こちら妖怪マークの探偵社です!
僕が生まれる前の都市伝説。
曰く。
「その黒電話を取ると、死の世界に連れていかれる」
「決して後ろを振り返ってはいけない。闇に引きずり込まれるから」
などと語られていたものがある。
今は「そんなことねーし」とか「黒電話ってなんですか?」なんて言われる都市伝説に。
「というわけでぇ、私たち妖怪マークの探偵社はあなたをスカウトしまぁす」
僕は憑りつかれたらしい。
「なんで、僕?」
塾の帰り、真っ暗な空の下。薄暗い道を、頼りない街灯の明かりを頼りに歩いていると、突然穴に落ちた。
マンホールにでも落ちたのかと思った。走馬灯もよぎった。マヨネーズ、買って帰るの忘れてたことも思い出した。
死の間際、買って帰ればよかったなぁなんて思っていたら、左に翼を生やした全裸の女子。右には西洋人形のような女の子が不気味に笑っていた。
そして気が付くと椅子に縛り付けられていた。亀甲縛りで。
「それはメリーの好みだったからよ!」
西洋人形のような女の子はメリーさんと言うらしい。体に不釣り合いな、白くて大きい帽子に、なぜかところどころ破けたワンピース。そして赤い靴。
右のどう見てもサキュバスなお姉さんと比べて凹凸が少な――
「おいお前。今、隣のサキュバスとメリーを見比べたな。バストちっちゃいって思ったな!」
「イイエ。オモッテマセンヨ」
こいつ、エスパーか。
「まぁまぁ、しょうがないじゃなぁい? サキュバスは男の子を誘惑するのが仕事なんだから、胸に目が行っちゃうのはぁ?」
「シャラップ! メリーはさっきゅんみたいな怪異じゃないのよ。比べないで欲しいのよ!」
「えー。さっきゅんはメリーさんのこと、好きよ?」
なるほど。全裸のお姉さんはサキュバスさんで、さっきゅんというのか。いやぁ大きい。そしてしっぽと翼がこれまたセクシーですね。
おまけに、さっきからメリーさんを撫でまわしているんだが、抱き着いただけであちこちがふよんふよんしているのが気になってしょうがない。おぉ……。
「えぇい、離れるのよ!」
メリーさんがさっきゅんを強引に引きはがすと、僕の後ろに隠れた。そして首にナイフを突きつけて。
「次やったらこいつの命はないのよ……!」
と、さっきゅんをにらみつけている。
「なんで僕?」
とばっちりもいいところだ。
「改めましてー。私がサキュバスのさっきゅんよ。スリーサイズはぁ、上から98、56、92よ」
「嘘なのよ。64なのよ」
「ちょっとー。そういうのマナー違反よ?」
どっちでもいい。十分魅力的なので関係ないです。
「メリーはメリーさんなのよ。よろしくなのよ」
そのまんまだなぁ。
「お前、今そのまんまだなぁって思ったのよ? 無礼な奴なのよ。名は体を表すということわざを知らないのかしら」
いいえ、とてもお人形さんらしいなって思いましたよ。とくにそのドロワーズとかね!
「ぎゃぁ!」
さっきゅんがスルスルとワンピースのスカートをたくし上げていたのでよく見えました。ありがとうございます。
「そこになおるのかしら! その胸の脂肪を切り落としてやるのかしら!」
あぁ、かわいい子がキャッキャウフフしている。ここは天国だろうか。いや地獄だ。
だって部屋中に飾られた人形がこっち見てるんだもん。ガン見してくるんだもん。
あ、いま目が合った。めっちゃ怖いめっちゃ怖い。
「ッチ。逃げ足とコスるのだけは早いのよ……。まぁいいのよ。そこのお前!」
「はい!」
「一緒に来るのよ!」
「動けません!」
「……切ってやるのよ」
あらやさしい。
「右と左、両方の乳首が落ちることを覚悟するのよ」
あら怖い。え、っていうかなんで僕の? とばっちりですか⁉
「キエェェェ!」
「ヒエェェェ!」
無事に脱出できました。
ながーい廊下を歩くと、地上っぽいところに出た。ぽいところというのは。
「ここは怪異町三丁目なのよ。一丁目が一番やばいところなのよ」
あたりを歩くのは、明らかに人間ではない何かであること。なぜか薄暗いこと。そして和洋折衷でしっちゃかめっちゃかな建物が、地上というか、少なくとも日本じゃないなと感じさせるからだ。
「年代が古いほど、数字の低いところに住んでるのよぉ。ここは一番浅いところね」
「……サキュバスって怪異としてはだいぶ古くないですか?」
「神話の人たちと比べられるとねー?」
「あー……」
そういう怪異とかもいるのか。
「ここはメリーみたいな最近生まれた都市伝説の怪異が多いのよ」
メリーさんがあたりを見回しながら言う。
「怪異の中には、時間を経るごとに忘れられたりして消えていく怪異もいるけど、しぶとく残っている奴らもいるのよ。そういうのが住んでるのが一丁目かしら」
「神話になって残った化け物、とかですか」
「そうよぉ。ミノタウロスとか、そういうのねぇ」
「サキュバスさんも似たようなものでしょうに」
「さっきゅんって呼んで。さっきゅんは本家サキュバスとは違って、最近生まれたのよ」
「最近? 本家?」
「そーなの。この本、わかる?」
おっと、これは未成年者禁止のマークじゃないか。しっかり読まなければ。
「こういった本からね、新しいイメージとして生まれちゃったのがさっきゅんよ」
「ほうほう」
すばらしい。サキュバスがあられもない姿で少年を誘惑している。
「……夢中ねぇ。ちょっと恥ずかしいわ」
「こんな……ほうほう」
今、サキュバスの毒牙が少年に!
「読書タイムはおしまいなのよ!」
「あぁ! ご無体な!」
本を取り上げられてしまった。これから上に乗って暴れようというときに!
「で、お願いっていうのはぁ――」
「誰かー、ひったくりだー!」
突然、叫び声が聞こえた。
振り返ると、頭の無い男が生首を担いで走ってくる。どういうこと?
「あらぁ。あれは生首っていう妖怪ねぇ」
妖怪なんだ。
「ひったくりだー、助けてえぇ!」
よく見れば生首が声を上げている。……どういうこと?
「生首はぁ、一日に一度はああして人をからかっているの。もうみんな慣れちゃってスルーされるけど、たまに人間とか来ると派手に走り回るのぉ」
「……はぁ」
あの抱えられて叫んでる頭が本体、というか男の頭なんだろう。驚いて損したなぁ。
「話を戻すわねぇ。お願いっていうのはさっきの生首みたいな、迷惑な怪異をちょっと懲らしめて欲しいのよぉ」
「……いや、僕には無理で――」
「でねぇ? さっきゅんはサキュバスじゃない? だから人間の男の子の——」
「バカやってないでちゃんと説明するのよ」
さっきゅんがグイと迫ってきたタイミングでメリーさんの突っ込みが入った。惜しい。何がとは言わないが。
「痛いわねぇもお。えっとぉ、若い男の子の青春のリビーー」
「さっきゅん!」
「わかったわよぉ。ああいった怪異を止めるために、人間の力が必要なのよ」
「人間の?」
「そそ。これ『破魔のしめ縄』っていうんだけどぉ。人間にしか使えないのよ」
さっきゅんが胸の谷間からしめ縄を取り出した。受け取ると、ほのかに体温を感じた。エロい。
「ちっちゃいでしょぉ? これ、怪異が使ってもサイズ変わんないしぃ。捕まえるなんて無理なのよぉ」
「なら、妖怪というか怪異としての力を使ったりすればいいんじゃ?」
「殺し合いに発展するわよぉ?」
「あぁ……」
そりゃそうか。怪異同士で暴れまわったらもう、この町がどうなるかわかったもんじゃない。
「怪異を止めるために怪異の力を使うと大変なことになるからぁ、大変なのよぉ。そこでこのしめ縄。これを使うと相手も傷つけずにとらえられると言われていたわぁ」
そうなのか。
「メリーはそこそこ古い怪異だけれど、これを使ったやつを見たことがなかったのよ。そこで二丁目のやつらに聞いたら、人間にしか使えないって話だったのよ」
「そこで僕ですか」
「「そう!」なのよ」
「でも何の力も持ってないですよ、僕。魔法とか使えませんし」
「このしめ縄はね。女子なのよ」
「は?」
「自ら好みの男子を選ぶのよぉ」
「はぁ?」
「ちなみに切られても再生するのよ」
「……おいまさか」
「「そのまさかよ!」なのよ」
さっきの亀甲縛りしてた縄か!
「よほど気に入られたのよ。ずっとまさぐりまさぐりしてたのよ」
「もう少しでお尻にっていうところで起きちゃったからぁ、びっくりしてそのまま固まっちゃったのよねー?」
しめ縄が『ねー』と首をかしげるようにしている。っていうかもう少し遅かったらどうなってたかわからなかったのか。危ない。
「この子と私たち。みんなで一緒に、怪異を捕らえるお仕事を手伝ってほしいのぉ」
「お願い、出来るかしら?」
かわいい女子にお願いされたら断るなんて出来ない。普通は。
「だが断る!」
「「えぇー!」」
「だって普通に怖いもの!」
いきなり妖怪と戦えって言われても困りますよ。
「あ、別に捕まえるのはしめ子ちゃんがやるのよぉ?」
しめ子っていうのかこの子。
「ただ、人間から力をもらわないと動けないからぁ。だから……」
さっきゅんが前かがみになって98センチの威力を上げる。
ゆっくりと僕の方に近づくと耳元で。
「養分になって?」
と囁いた。
いい香りと共に、僕の意識は遠くなっていった。
「ジャックの野郎が暴れだしたぞぉー!」
突然の声に、僕は目を覚ました。
「おはよ」
さっきゅんが膝枕をしてくれていた。しめ子が僕に亀甲縛りをしていた。
見上げればさっきゅんの豊かな双丘が、視界のほとんどを埋め尽くしている。あぁ、ここは天国か。
「となりの小池さんが切られたぞぉー!」
いや、地獄だった。
「目が覚めたところごめんなんだけどぉ。行ってくれる?」
しめ子が少しだけ、きゅっと縛りを強くした。
僕はため息をつくと、覚悟を決めた。
「……誰かが傷ついているのを見過ごすのは、気分が悪いですからね」
「さすが男の子!」
別にいいかっこしてさっきゅんに抱き着いてもらおうとは思っていなかったけど、ありがとう。
声のほうに向かうと、服を切られた人々がそこら中に倒れていた。
暴れすぎだろジャック。
「大丈夫ですか?」
近くに倒れていた、麦わら帽子をかぶった大きな女の人に駆け寄る。
「だ、大丈夫……」
女の人はなぜかこちらを見てよだれを垂らしている。
少し怖かったので、急いでその場を後にしようとするが。
「っちょ、ちょっとまって……」
女の人のリーチは、人間よりはるかに長かった。
「あ、あの。大丈夫ということなので僕はとにかく犯人を追わなくちゃいけなくてですね」
女の人は服のあちこち切り裂かれており、大きな体の大事なところがこんにちはしている。とても目のやり場に困ります。
しかし、それ以上になぜか、女の人の目というかよだれが怖かった。
「あの、離してくれませんか?」
「いえ、その、なんていうか、ちょっとそこに寄っていきませんか?」
「行きませんよこの非常時に!」
なぜ長屋を指さすんだ。
女の人の腕を何とか振りほどくと、ジャックの後を追う。
と言っても道端に倒れている、服を切り裂かれた被害者を見つけていく作業なのだが。
「うぅ……」
なぜ服を切られただけでうめき声をあげているのだろうか。
あと、なんかやたらと女の人が多い気がする。気のせいかな。
「きゃー!」
女の人の悲鳴が聞こえた。悲鳴のほうへ走ると、逃げていく男の後ろ姿が。
「まて!」
男を追いかけようとすると。
「まって!」
倒れている女の人から呼び止められた。
「なんでしょう?」
「傷ついた女性は介抱するのが、男の役目じゃないかな?」
「……服を切られただけでしょう?」
「乙女の服は、命なのよ!」
「は、はぁ……」
女の人の言葉に戸惑っていると、空からさっきゅんがやってきた。
「あら、こんなところにいたの? ジャックの奴は見つけた?」
「あ、あぁ。さっきあっちの方に……」
「そんなことより私を介抱してくれないかなっ!」
女の人の圧がすごい。
「あらぁ? あらあら。なるほど、こういうのに捕まってたんだぁ」
さっきゅんが楽しそうにしている。
「……なにか?」
さっきゅんはにまぁと口をゆがめると。
「いやぁ。三丁目の怪異って女の人が多いのよぉ。だからぁ、安宿に連れ込まれてあぁんなことやこぉぉんなことされちゃったりするからぁ、気を付けないとねぇって?」
「急いでジャックを追います!」
「あ、待てぇ!」
しめ子にも協力してもらい、僕は全速力でその場から離れた。
「見つけたぞ!」
追いかけた先に、ジャックはいた。
今まさに襲い掛かろうとコートを脱ぎ……は?
「……なにしてるの?」
「何って、見せびらかしてるのさぁ、俺のナイフを!」
ジャックがコートを開いて、女の人に見せびらかす。
「キャーーー! 小さすぎるぅー!」
叫び声があたりに響いた。 どうやらコートの下は全裸のようで、ジャックナイフを見てそんな感想を漏らしていた。
「俺の自慢のナイフを小さいとか言うんじゃねえぇ!」
ジャックが必死に腰のナイフを振り回す。しかし女性は叫ぶ。
「せめて1センチに届いてあげてぇぇぇ!」
男性陣にクリティカルヒットだった。
僕はそっとジャックに近づくと肩に手を置いて。
「……帰ろう?」
「……うん」
案外素直だった。
「というわけでぇ、解決おめでとぉー」
ジャックを連れて帰りさっきゅんに報告。お褒めの言葉と共に抱き着かれた。
やっわらかい。良いにおい。
「よく頑張りましたぁー」
さっきゅんのスキンシップが激しい。ありがとうございます。
「あ、でも一つ疑問が」
「なぁに?」
「ジャックは自慢のナイフを振り回していましたが、刃渡りは1センチもありませんでした。そんなもので手当たり次第に女の人の服を切るなんて不可能ですし、そもそもジャックのナイフは切るものではありませんでした」
「確かに、突くものよねぇ」
そういうことを言ってるんじゃない。
「なのに、実際に被害者がいるんですよ。服を切られた」
「そういえばそうねぇ」
ジャックが駆け抜けた先に、多数の被害者がいた。それこそ無数に、足跡を残すかのように。なのに、僕が見つけたジャックは単なる変態だった。
「あれ、そういえばメリーさんは?」
「あれぇ?」
二人して首をかしげる。そういえば犯人を追跡してる最中に姿を見かけなかったな。
「先にお家に帰った……んですかね?」
「メリーさんのお家はここよぉ?」
「じゃあ、今どこに――」
「キャーーー! ジャックよーーーー!」
悲鳴⁉
「外からねぇ」
「捕まえたはずじゃ」
いや。
「別のジャックだったってことか!」
僕はしめ子に手を伸ばすと、腕に巻き着かせる。
「行ってきます!」
「あ、まってぇ。さっきゅんも行くわぁ」
「キャーー!」
あたりに女性の叫び声が響く。
声のほうに走ると、やはり服を切り裂かれた女性……女性だよな?
まぁ、あの、不定形な怪異も混ざっているので何とも言えないが、スカートとかを切り裂かれている。
「やっぱり、別人だったんだ」
さっき捕まえたジャックは今、檻の中で反省している。牢の番人であるケロちゃん(900歳)が開けない限り出てくることはない。
「ふぅん……」
さっきゅんが倒れている女の人の服を調べている。
「なにか、わかったんですか?」
「そうねぇ。さっきゅんも女子だからぁ、ファッションには興味があるのぉ」
四六時中全裸なのに?
「だからぁ、この服が結構いいものだってことはわかるんだけどぉ……うーん」
「おかしいところがあるんですか?」
さっきゅんが女の人のスカートをめくって覗き込んでいる。
「この犯人は、下着も切り裂く場合と、そうじゃない場合があるのよねぇ」
「それは単純に『出来た』とか『そうなっちゃった』ってことじゃないんですか?」
「勢いあまってぇ、みたいな?」
「そうです」
「それにしてはおかしいのよぉ。だってスッパリ切り裂かれてるのよぉ? 切り残しみたいなのはないものぉ」
「そうなんですか……」
顔を近づけてみると、さっきゅんが指摘した通り、上下の下着が切り裂かれている人。どちらか一方だけの人。どちらも切り裂かれてない人がいた。
「おかしいでしょぅ?」
「そうですね」
切られている人はみな『ちゃんと』裂かれている。裂き残しはない。
「念のためいくつか証拠品として持っていきましょう」
「そうねぇ」
下着を手に取り持って行こうとしたその時。
「あのぅ」
女性が僕の腕をつかんだ。
「大丈夫です。必ず僕たちが捕まえますから!」
「下着もっていくな。この変態!」
割と強めのパンチが顔にヒットした。
「盲点でした」
そうだよね。下着ドロだよね。
「フフっ。そうねぇ、盲点だったわねぇ」
気づいていたな。さっきゅんめ。思春期男子を惑わせた罪は重いぞ。
ジャックを探し、街を歩いていると。
「あれは」
大きな帽子にワンピース。まるで西洋人形のような女の子。メリーさんがいた。
奥にはこれまた人形のような男の子がいた。1メートルもないような小さな体で、オーバーオールを着た男の子だ。
「ようやく見つけたのよ、ジャック!」
男の子は両手に大きく湾曲した剣を持っていた。
まるで月を半分にしたような形をしたその武器。
「ショテル、ねぇ。さっきゅんも初めて見たわぁ」
ジャックはそれを両手……じゃなく体中から生やしていた。
メリーさんに隠れて見えてなかった部分に刺さりまくっている、というか生えている。
「ジャック。もうやめるのよ!」
メリーさんが叫ぶ。
「うるせえ。お前に俺の気持ちがわかってたまるか!」
ジャックはそういうとショテルを構える。
「毎日毎日、人間の子供に『うぇーい、首切りごっこだぁー』って切り裂かれる気持ちが! お前にわかるか!」
なにそれすごく怖い。
「俺が人形だからって……ショテルで『ギロチンごっこー』とかやられてみろよ! 狂うぞ!」
……それは何のいじめだろうか。
「そのくせ復讐しようとなんとか動けるようになったとたん、縛られて御焚き上げだよ! やってられっか!」
「だからと言ってかよわい女性に復讐するのは間違ってるのよ!」
「あいつらも、もとはと言えば人間だろ。だったら復讐して何が悪い!」
支離滅裂だぜジャック。
「怪異が怪異を傷つけていい理由にはならないのよ。わかったらこっちの世界に来た時と同じように、静かに暮らすのよ」
メリーさんがそっと手を伸ばす。
ジャックは驚いたように固まり、やがて差し出された手を……握らずスルーして。
「ぺったんこに興味はねぇんだよ!」
服を切り裂いた。
「ギャーーー!」
くそ! すぐ助けにいくべきだった!
「メリーさん!」
「あんた……」
倒れたメリーさんの前に出ると、ジャックに対峙する。
「もうやめろ。これ以上服を切り裂いてなんになる!」
「びりびりに破けた服を見ると、俺が楽しい!」
「それは共感するけどやっちゃだめ!」
「とくにボインの下着を切るのはとっても楽しい!」
「よくわかるけどやっちゃだめだってば!」
「なんでダメなんだよ! 人間は楽しいからってなんでもするだろ!」
うぐ……。まぁ、そういう人も、多分に居ます。居ますけど!
「君が怪異だからやっちゃダメなんだよ!」
「それはさすがに差別だぁ!」
あぁー、伝わんなかったぁー。
「でもぉ。むやみに傷つけたらぁ、ジャックの嫌いな人間と同じになっちゃうわよぉ?」
「でも楽しいんだもの!」
「わぉ。欲望に忠実ぅ」
涙を流しながら『服を切るのが楽しい!』と叫ぶジャックに、少しだけ共感してしまう。
確かに、楽しいことはいいことだ。うん。でも。
「それで誰かに迷惑をかけちゃ、駄目なんだよ」
「正論が聞きたいんじゃないやい!」
「誰も着ていない服にしようよ!」
「ボインが着てなきゃ面白くないんだよぉ!」
「メリーさんは切ったじゃないか!」
「自らを守るためならやるさ!」
「じゃあ今後も切ることが出来るように、人の服を切るのをやめようよ!」
「いやだぃ! ボインの服を切るのがいいんだぁ!」
ダメだ、説得が通じない。
「俺だって……俺だって全身凶器じゃなかったら、こんな衝動持たなかったかもしれないんだぁ! だから俺のせいじゃない。俺のせいじゃないんだ。仕方がないんだぁ!」
「仕方なくなんかない!」
「な、なんだよ」
「君は衝動を抑える必要はないよ。それを発散させられればいいんだ。だから!」
「だから?」
「えーっと……。だから!」
「だから?」
「わかんないけど一緒に考えよう!」
「断る!」
ダメだった!
ジャックが逃げようとショテルを振り回してくる。逃げるしかない!
「私を先に切りなさぁい!」
「お前は服がない!」
さっきゅんはスルーされた!
確かに、全裸だからね。切るところないよね。
「逃げ切ってやる!」
このままではジャックに逃げられてしまう。しかし刃物を振り回しているジャックを捕まえる手段が僕にはない。
一か八かで飛び込めばいいんだろうけど、それで死んだら意味がない。
もうだめかと思ったその時、しめ子が動いた。
「しめ子!」
ジャックに切られながらもすぐに再生し、スルスルとジャックに這いより拘束する。
「な、何をする!」
ジャックの両手両足を縛り上げ、地面に転がす。しかし、体中から刃物を取り出せるジャックはなおも抵抗を続け。
「無限に出してやるぜぇぇ!」
と、体中からショテルを生やすが。
「あれ?」
やがてショテル同士が絡まって動けなくなっていた。
「しめ子ナイス!」
しめ子は先っぽでガッツポーズを作った。心なしか笑っているように思える。
「畜生……」
こうして僕らはなんとか事件を解決することが出来た。
「ご苦労様だわん!」
僕たちは牢番をしているケロちゃんにジャックを引き渡した。
その際に、ケロちゃんが捕まえにいけばいいんじゃないのかな? と聞いたところ。
「小生が捕り物をやると、街が滅びるわん。だから避難誘導くらいしか出来ないわん」
とのことでした。さすが神話生物。
「その代わり、牢から出ようとしたら消し炭にできるから、楽だわん!」
だから周辺に建物がないのか。そうすれば巨大な地下牢の入り口に座ってるだけでOKと。ホームセキュリティとしては最強だな。
「またね、だわん!」
ケロちゃんに見送られ、うちに帰る。といってもさっきゅんたちの家だけど。その道中。
「ハァ、ハァ。待っていたわよ!」
背の大きなジャックの被害者さん(いろいろ露出してる)が僕のことを待ち構えていた。
「いろいろ介抱してちょうだぁぁぁぁい!」
「しめ子!」
だが、しめ子の協力もあって亀甲縛りにして転がすことに成功した。
「あぁ、こういうプレイもいい!」
この町には変態しかいないのだろうか。
「初仕事おつかれぇー」
「おつかれなのよ」
さっきゅんの家で打ち上げが始まった。
「ご活躍だったわねぇ?」
「いや、しめ子だけが頼りだったし」
「しめ子を扱えるのはあなただけよぉ。それだけでも大したものだわぁ」
「そーなのよ。そこだけは褒めてあげるのよ」
それはよかった。ただ、しめ子が亀甲縛りをやめようとしないんだ。これ、制御できないんだ。
「で、相談なんだけどぉ」
「嫌です」
「早いわぁ。何も言ってないんだけれどぉ」
「また手伝え、とかそういうことでしょう?」
「そうだけどもぉ」
「さすがに命がいくつあっても足りないじゃないですか。これ」
「さっきゅんとイイコト、したくない?」
「したいです」
「ご褒美、あげちゃうけどぉ?」
「いただきます!」
「その代わりまた手伝ってねぇ?」
「ならお断りします!」
命以上のものなんてないですよマジで。
「あらぁー。残念だわぁ。気持ちよーくしてあげようと思ったのにぃ」
「それは興味ありますが命は張れません!」
「すがすがしいくらいのアホなのよ……」
僕だって男の子なんで。とっても興味があります。
「まぁ、気が向いたらまた、手伝ってねぇ?」
「……そうですね」
命の危険が無ければまた、こういうことも良いかもしれない……。
あれ、なんだか頭が。視界が白くなっていく。おや、体が傾――。
「……夢、であってほしかったな」
翌朝。目が覚めると僕の部屋の、いつものベッドの上だった。
そこまでだったら『夢だったかも』と思えた。しかし、体に巻き付いたしめ子が現実だったと告げている。
枕の横には大きいキスマークで封をされた手紙があった。中を読んでみると。
『しめ子からいーっぱい元気を吸われちゃってぇ、倒れちゃったみたいだから部屋に運んでおいたわぁ。着替えはメリーさんがしてくれたわよぉ。好みのサイズだって』
なんのこっちゃ。
そういえば昨日は制服のままあっちに行ってたはずなのに、いつの間にかパジャマを着ている。
……おい、メリーさんが着替えさせたってことか。じゃあなにか。いろいろ見られたってことか。どうなってんだプライバシー。
手紙には続きがあり。
『また何かあったら呼ぶかもしれないけど、その時はよろしくねぇ』
と、書かれていた。ハートマークの代わりにキスマークを付けてくるあたり、さっきゅんらしい。
「絶対嫌だけどな」
ハモノ、コワイ。
そして、いつも通り学校に行き、いつも通り家路について。絶対に穴には落ちるものかと、夜道を慎重に歩いていたら。
「やっほー。迎えに来たわよぉ」
「メリーさんよ。今あなたの背後にいるの」
そのまま二人に連れ去られた。
さっきゅんは人間の世界に来るからか、申し訳程度に大事なところが隠れるビキニみたいな服を着て、その上からマントを羽織っている。エロい。
メリーさんは白く大きな帽子にワンピースだ。ただ、前と違ってきれいに整っている。
「今日は勘弁してくださいって!」
「えぇー。せっかく気合入れてコーディネートしてきたのにぃー。どう、これ。ジャックが作ったのよ?」
どっちのジャックだ。……いや、切るほうのジャックか。あいつちゃっかり裁縫の仕事手に入れてるじゃねえか。
「メリーさんも新調したのよ」
前とほとんど変わらないデザインだけど、ほつれもなくきれいな服だ。
新しい服が気に入ってるんだろう。とても嬉しそうだ。
「お二人とも似合ってますよ。で、今日はそれを見せに来ただけですよね。これからケチャップ買って帰らなきゃいけないんですけど」
「いやぁ。そうはいかないのよぉ。今度は首の長―い窃盗犯が出てぇ」
「メリーさんの下着も盗まれたのよ。良いから来るのよ」
二人に手を引かれ、暗い穴に落ちていく。今日も、僕は静かに眠れそうにない。
END
こちら妖怪マークの探偵社です! 弱腰ペンギン @kuwentorow
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