腐肉の策
「味がするガムと味がしないガムを交互に噛んでいると今味わってるのが「味」なのか「味じゃない」のかわからなくなってくるんですよ。1か1000か、むしろ0か100かみたいな話ですけど。一は鳩で碁に断言するんです。ようそろそろ。ようそろそろ。」
男は早口で捲し立てている。意味の通じない荒唐無稽な言葉だ。何を言っているのかさっぱりわからない。私はため息をついて男をなだめた。
「落ち着いてください。ここにガムはありませんから、」
「いや今ここにどうかではないんですよ。いつも、いつも普段です。柔らかなせせらぎに身をまかせ、そこはかとなく怒りだす身代金に。それがそれなのに、なぜでしょう八桁でしかない。遅くない遅くない、只でさえ居ないのに……」
ブツブツと繰り返す。上手くいっていないようだ。しかし少しわかることもある。髪の毛を両手で掻き毟る男を視界の端に、私は女に話しかけた。
「なぁ、入力には反応するよ。まぁまぁなんじゃないか。」
彼女は答える。「あぁそうだな、それに記憶、過去の経験も浮かび上がってきているようだ。」
私は彼女の長い黒髪が舞うのを、男の散逸した声帯を聴きながら眺めていた。
「身代金とか居ないとかそれっぽいな。娘のことも思い出すんじゃないか」
「楽観はできないよ。実験はこれからなんだ。腐肉に魂を取り戻させる実験。良く動いてるように見えるよ。ただ、彼が今、これで本当に蘇ってるなら……」
彼女は言葉をつまらせた。
「何が心配なのさ?上手くいってるように見えるけど。」
「……私たちの体が腐っていくことを想像したら?今の彼の状態は……」
私は理解した。彼が掻き毟る理由を脳に焼べる。
「まだ実用には遠いな」
「そうね」
男は頭を振り回し、まだ幻想を見ている。
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