笹のクル

笹の葉が店頭に並ぶようになった今日この頃皆様いかがお過ごしでしょうか。この町では昔から夏の到来を心からお祝いするのです。なんといっても日差し、太陽が降りしきる季節で、おめでたく、とにかく夏を、夏、夏なのですよ。

この町では昔から夏が来る来るという時期になると笹の葉を右手に持って闊歩するのですよ。そして知人あるいは友人親族あるいは赤の他人に出会ったらその左頬をくるくると笹の葉で撫で合うのです。これが長寿のおまじないなのです。

くるくるとした回数が多ければ多いほどいいとされていて笹の葉で頬に傷がつくほどのもんです。その傷は大事に大事に丁寧に治すのが良いとされています。大事に大事に丁寧に治すほど長寿に長寿になるそうなのです。のほほんほん。


そんな中で私は、アレルギーなのです。笹の葉のアレルギーなのです。来る来るという時期にくるくるとするするのが最も良いとされている時期にアレルギーなのです。しかし赤の他人にはそんなことつゆも知ってもらえないため今日は外に出ないのです。誰にも「こんにちは」と言うことはないのです。買いすらできない笹の葉を、店頭に並んでいる姿も見ることなく(ですから冒頭の文は私の古い友人が教えてくれたことを横流ししたのみなのです)、夏は終わりへ漸近します。おめでたい日の光を浴びることもなく、私は終わりへ漸近します。終わりへ漸近します。


いいのです。私は悲しくない。夏の日差しを浴びずとも、その到来を教えてくれる風が薫るのを、そして私の古い友人がわざわざ訪ねてきてくれて、この祝福の中で笹の葉も持たず、くるくるの様子を話してくれるのを。それで十分です。

友人である彼女は、子供の頃からこの祝福の儀礼を毎年楽しみにしているそうです。しかし私のために、笹の葉を捨てて、くるくるも捨てて、私のために来る来るのです。


ではこの儀礼の何を、楽しみにしているのかと訊くと、どうやら私に会うのを楽しみにしているそうなのです。では儀礼がなくとも会いにくればいいではないですかね。のほほんほん。のほほんほん。

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