4—8 柳本の思い人

【前回のあらすじ】

 柳本への対応を話し合ううち、デートに行くことになり顔を輝かせる美那。リユから明日会おうと言われた柳本はそれに応じてくれ、ふたりは胸をなでおろす。母親の加奈江からこれから帰るとのメッセージが届く。お互いもう一度気持ちを確かめたかったが時間的に無理。その気持ちを持て余していると、美那が、こっそり購入していたリユとお揃いのヘルメットをクローゼットから出して、リユを驚かせる。




 横に並んで座った美那と自然に視線が合う。

 なんか美那のこんな穏やかな表情を初めて見た気がする。

「なに?」と、美那がく。

「え、ああ、うん」

 俺は思ったことを美那に伝える。

「そう? そういえば、この間ってくれた写真も自分で初めて見るような笑顔だった。もしかすると、リユにしか見せないわたしがいるのかも」

「そうなのか?」

「うん」

 なんか、それってムチャ嬉しいかも! しかも、その表情がまた最高に可愛いし!!

 すると、素早く動いた美那が俺のほっぺたにキスする。

 俺はほっぺたキスにちょっと驚いて、美那を見る。

 美那が幼稚園の時のような屈託くったくのない笑顔を浮かべる。

 前にしてもらったほっぺたキスとはなんかまったく違う意味のような気がする。

「あ、そういえば、お風呂に先に入ってって、加奈江さん言ってたのよね?」

「そうだった。たぶん洗ってくれてると思うけど、俺、見てくる」

「わたしも行く!」

 立ち上がると美那が腕を組んでくる。

 美那の肌、気持ちいっ!

 洗ってあったのでお湯を入れる。

「お前、先に入れよ」

「ああ、うん。ありがとう」

 美那が風呂に入って10分ほどして、かーちゃんが帰ってきた。

「ただいまぁー!」

 ちょっと酒も入っていて、えらいご機嫌だ。もしかして、俺たちが付き合うから?

「あれ、美那ちゃんは?」

「今、風呂入ってる」

「あ、そうなのね?」

「食事じゃなかったのかよ?」

「食事しながらワインを飲んで、そのあと、もう一軒」

「へぇー、珍しいじゃん。もしかして、気をつかってくれた?」

「ああ、まあそれもあったけど、楽しかったから。あ、そうだ、なんかお祝いする?」

「いや、さすがにそういうのはいいだろ。でもそれにあたいするとは思うけど」

「そうよねぇ。わたしもやっとこれで肩の荷がりた感じ」

「お荷物かよ!」

「そうじゃないけど、相手が美那ちゃんだし、安心したかな」

「まあな。なんか今となっては、なんで俺たち付き合ってなかったのか、不思議な感じがするくらい」

「そうよね。まあ、時期タイミングっていうのもあるからね。でも、ほんと、よかった」

 かーちゃんが満面の笑みを俺に向ける。

「うん」

 俺もおもわず笑みがこぼれる。


 かーちゃんは、眠いから美那が風呂から出たら化粧だけ落とさせてくれ、と言って、鼻歌を歌いながら、2階に行ってしまった。

 なんか、妙な取り残され感。

 だけど、ちょっとひと息って感じもする。

 なにしろ今日はすごい1日だったからな。

 香田さんと美術館に行った後で、美那に告白コクって、その流れで思いがけず初体験だもんな。

 いや、まじ、気持ちよかった……。なにしろ美那と裸で抱き合ってるだけで、チョー気持ちいいからな。

 それに……あ、思い出すと、ヤバ。

 俺、落ち着け。

 なにしろ明日は柳本の一件があるからな。

 どうしようか考えていたら、美那が風呂から出てきた。

「リユ、お待たせ。加奈江さん、帰ってきたんでしょ?」

「ああ、うん。なんか眠いから風呂入らずに寝るらしい。化粧だけ落としたいんだって」

「じゃ、わたし、声かけとく」

「うん、頼んだ」

 ピンク色のパジャマを着た美那が軽やかな足音で階段を上っていく。

「お帰りなさい。お風呂、先にいただきました」

「あ、美那ちゃん!」

 かーちゃんがなんか待ち構えていたようにドアを開けて美那に話しかけるのが聞こえてくる。

「今日はごめんね」

「あ、いえ、そんな」

「あっ」とかーちゃんが言ったと思ったら、急に声が聞こえなくなった。

 もしかしてひそひそ話でもしてるのか?

 まさか、里優はちゃんとできたのかしら? なんて訊いてねえよな? さすがにかーちゃんも、そこまでデリカシーがないってことはないか。どっちから告白したのかとかは訊いてきたけど。

 と、かーちゃんが下に降りてきた。

 にやっと笑って、洗面所に消えていく。

 洗面所から出てきたかーちゃんをつかまえる。

「さっき、美那となにを話してたんだよ」

「え、ああ、園子そのこさんのこと」

 なんだ、そっちか……てか、それも大事なことだ。

「どうなんのかな?」

「まあ、園子さんは実家に帰りそうな気がする」

「だよな」

「あんた、美那ちゃんに、俺は絶対にお前を離さない、とかカッコイイこと言ったんだって?」

「え、ああ、うん」

「なんか、すごく心強く感じたみたいよ。どうなるにせよ、きっとあなたたちは大丈夫よ。わたしも出来る限りのことはするから」

「ああ、うん。お願いします」

「じゃ、おやすみ」

「うん、おやすみ」

 やっぱ、かーちゃんはかーちゃんだな。たぶん俺たちだけではどうしようもないこともあると思うし、頼りにしてます。

 俺は心の中でかーちゃんの後ろ姿に頭を下げた。

 風呂から出たら美那が部屋にいるかなとかちょっと期待してたけど、いなかった……。その代わり、メッセージが入っていた。

——>おやすみ、リユ。愛してる❤️

 って、どストレートなやつ。

<——美那、愛してる。おやすみ。

 俺も直球なやつを送ったけど、既読付かず。もう寝ちゃったのかぁ……。

 ひとり寂しく布団に入る。でも美那の匂いがする。

 美那が同じ屋根の下に寝ているという不思議。そして、なんともいえない幸福感がみてくる。




 爆睡したらしく、美那とキスをしている夢を見て、目が覚めた。

 と、思ったら、目の前にパジャマ姿の美那がいた。ベッドの横に座って、俺の顔をのぞき込んでる!

「おはよ、リユ」

 カワイイ……。

「ああ、おはよう。って、お前、いつからここにいるの?」

「え、さっき。可愛いなぁと思って、寝顔を見てた。ごめん、キスしたら起きちゃった」

「お前とキスしてる夢で目が覚めたと思ったら、そういうことだったのか!」

「へへ」

「まあ気持ちのいい目覚めではあったけど……」

「ねえ、サスケコート行こうよ!」

「え、今、何時?」

「6時半ごろ」

「じゃ、ちょうどいいか」

 8月11日、日曜日。今日も朝から晴れている。

 サスケコートで1時間ほど汗を流す。例のアメリカのバスケ動画もちょっとだけふたりで練習。杉浦さんは明日から3日間家を空けるとのことで、サスケコートが使えなくなってしまった。帰り道に、「区立体育館のバスケ利用は木金だしバスケできねえじゃん!」って言ったら、美那はちょっと笑って、「だったらどっか行こうよ!」って元気な返事が返ってきた。美那の部活がない期間はあんまりないし、確かにゆっくりどっか行けるな。

 それからふたりで朝食を作る。新婚さんってこんな感じなのかなぁとか思ったりして。

 9時ごろ起きてきたかーちゃんと3人で食卓を囲む。

 10時過ぎにうちを出て、着替えのために一度美那の家に寄る。

 いよいよこれから柳本と会う。俺的には対決という感じはなくて、香田さんのためにもどうか納得してくださいって感じなんだけど。

「ねえ、バスケ部2年の折原おりはら咲歩さほって知ってる?」

 電車に乗り込んで、ドア前のスペースに落ち着いたところで、美那が口を開く。

「ああ、うん、なんとなく? あれだろ、選手じゃなくて、マネージャーみたいな?」

「正確には、マネージャーと、戦術とかの分析担当を兼務してるんだけど、どうもヤナギが咲歩さほのこと、好きらしいんだよね」

「そうなの?」

「うん。咲歩がそういう気配を感じてるらしくて、ちょっとわたしに相談してきた。あ、別にイヤとかじゃなくて、ヤナギってどうなのかな、とか? 男子と女子で練習は別だから、木村さんを除けばそれほど接点はないんだけど、確かにそういう目で見てると、ヤナギは咲歩によく話しかけてる気がする。考えてみると、それがヤナギがバスケ部を続けてるモチベーションなのかも、とか思ったりして」

「そうなのか……あ、思い出した、折原咲歩。ああ、確かにあの落ち着いた感じは柳本が好きそうなタイプかもな。あいつの漫画のヒロイン的な女子とちょっと共通してるかも」

 柳本は俺と同じで香田さんに憧れを持っていたことは確かだから、ちょっと意外といえば意外だけど、本命はそっちだったということであれば、それはそれで納得がいく。

「へえ。でさ、いざとなったらその話題を出すのもありかなとか思って」

「まさか、それをえさに?」

「そういうと人聞ひとぎきが悪いけど、咲歩も満更まんざらじゃなさそうだから、ふたりの間を取り持つとか?」

「折原もそういう感じなら、ありかもな」

「ただね、咲歩的にはヤナギがバスケをもうちょっと頑張ってればなぁ、って思いがあるらしいんだよね」

「ああ……言っちゃなんだけど、俺はもう柳本を完全に追い越しちゃったからな」

「いや、でも、リユは特殊だから、それはヤナギが可哀相かわいそう。リユはほんとすごいから……」

 美那はそう言って、素直な瞳で俺の目を見つめてくる。

 人目がなければ、完全にキスしちゃう感じだ。

 それはできないから、その代わりに、ほかの乗客から見えないドア側で、俺は美那の手を取ってぎゅっと握る。

 美那が握り返してくる。

 そしたら、俺はひらめいた。

「学校での木村さんとの練習、柳本を巻き込むのもありじゃね?」

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