2—26 カワサキZの小説『はつきとよしき』

【あらすじ】

 俺、良樹よしきは高校2年生。クラスメートのイケてるバスケ女子・初木(はつき)は幼馴染だ。幼い頃は仲が良かったふたりだけど、今はほとんど他人行儀。ただ、互いの存在は常に感じている。


 第1話


「どうした、良樹、最近元気ないじゃん!」

 昼休みに窓際の自分の席からぼぉっと青い空を眺めていたら、初木はつきが突然絡んできた。

 いつもは仲良しの女子何人かとつるんで、俺のことなんて見向きもしないのに。

「あー、別に」

「ふーん」

 と、初木は言いながら、前の席の椅子にまたがって、俺の顔を覗き込む。

 近くで見ると、ドキッとする。すっかり可愛くなりやがって。美人と言えなくもないのだが、まあ幼馴染ということもあるし、正統派の整った顔ではないので、俺的には可愛いという方がぴったりくる。そんなこと、おくびにも出さないけどな。それに、スレンダーな17のくせに、夏服の下の胸もすっかり目立つようになりやがって。

「なんだよ、さっさと行けよ」

「そう、邪気にしなくてもいいじゃない。ひとがせっかく心配してやってんのに」

 ふぅー。思わず、ため息が出る。こいつはそうなんだ、自分がこうと思ったら、俺が何と言おうと関係ない。昔からそう。そして、どういうわけか、こいつの読みはたいていの場合、当たっている。

「どうした? なんかあった? もしかして親のこと?」

「まあな」


 うちの両親は、俺が中学に入った頃から仲が悪くなり始め、いまや離婚寸前だった。

 初木とは、幼稚園に入る頃に我が家が近所に引っ越してきてからの仲で、かつては親同士も結構交流があったから、なんとなく近況も知っているのかもしれない。

 親の問題については、中学の卒業式の日にたまたま帰りが一緒になってしまい、初木の母親から無理やり家に上げられて、初木の部屋で沈黙に耐えられず、ついそのことを話してしまったんだ。


「ねえ、よかったら、グチに付き合うけど、たまには帰りにお茶でもする?」

「いつものグループはいいのかよ?」

「べつにいつも一緒ってわけじゃないから」

「そうなんだ」

 そしたら、「初木! なにやってんの、早くしないと昼休み終わっちゃうよ!」と、グループのひとりがうるさいほど元気溢れる声で廊下から声をかけてきた。

「あー、ごめん! すぐ行くから、さき行ってて」

 初木は手を上げて、答えた。横顔は美人といってもいいだろう。いや、美形だ。横顔は完全な美形だ。少なくとも俺にとっては。夏服の袖から伸びた健康的な二の腕はちょっと太くて、本人はコンプレックスをもっているらしい。俺的には悪くないと思うのだが。それにバスケ部で鍛えているんだから、仕方ない。

「これから体育館でバスケ。今週は練習が休みだから、カラダ、なまっちゃう」

「おまえ、ほんと、元気だよな。ほら、さっさと行けよ」

「だから、どうして、わたしをそんなに雑に扱う?」

「べつにそんなことないよ。ひとりになりたいだけ」

「わかった。じゃあ、放課後ね。逃げるなよ」

 初木は人差し指を拳銃の代わりにして俺に銃弾を撃ち込むと、にこっと笑って、バイクから降りるみたいに右足を後ろに上げて、椅子から立ち上がった。

「じゃね」

 初木は背中を向けて、短いスカートの裾を揺らしながら、教室から出ていった。

 クラスの連中は俺と初木が幼馴染ということを知っているから、たまに親しげに話していてもなんとも思わない。初木は学年でもトップ3を争うモテ女子だから、変な誤解をされても困るのだ。


 放課後。

「初木、今日、どっか寄ってく?」

 グループのひとり、たまきが初木に声をかける。

「あーうーん、今日は、ちょっとヤツの面倒を見なきゃいけないから」

 初木はそう言って、面倒くさそうに親指で俺のことを指し下ろした。

「えー、いいじゃん、そんなやつ、ほっとけば」

「ま、これでも大事な幼馴染だから」

 ったく、雑に扱ってるのは、どっちだって言うんだよ。

「わかった。じゃ、またあしたね! バイ!」

 環たちはずらずらと教室から去っていった。

「じゃ、いこか?」

 机の中の教科書やらノートやらをカバンに入れ終えて、目をあげると、初木の太ももが目の前にあって、ドキドキしてしまう。慌てて立ち上がったから、椅子が派手な音を立てて後ろに倒れてしまった。

「ああ」

 俺は無愛想に言って、めんどくさそうに椅子を戻す。

 校内では二人分くらいの距離をとって歩き――初木が前で俺がそれに続く――、会話もしない。初木もどうして俺がそうするかを理解していて、たまたま居合わせた風の同級生として振る舞ってくれる。



 第2話


 初木と俺の出会いはちょっとだけドラマチックだったんだ。

 幼稚園の年中組に入る春の、引っ越してきた当日のことだった。

 父親から、引っ越しの邪魔になるから、近くの公園に行って友達でも作ってこい、と言われた。俺は不満だったけど、文句を言ったところで嫌な思いをするだけなことはわかっていたので、しぶしぶ言う通りにした。

 公園に行ったら、チョーかわいい女の子がいた。それが初木だった。その初木はちょっと年上、たぶん小学1年生くらいの男3人に囲われていた。少し離れたところから見ていると、一緒に遊ぼうとしつこく誘われているようだった。そのうち、一番カラダのでかいやつが、初木の手を取って、強引に引っ張った。

「やめて! 離して!」

 初木は泣きそうな声で必死に訴えた。初木と一緒に遊んでいたらしい女の子が先に泣き出した。

「いいじゃん。いこうぜ。アイス、おごってやるからさ」

「いや! やめて!」

 それでも奴は腕を引っ張った。

 その瞬間、初木と目が合った。合ってしまった。

 俺はほとんどなにも考えずに、ずかずかと歩いて、初木と男の間に立ちふさがった。奴はちょっと驚いた顔で俺を見たが、明らかに奴よりずっと背が低く年少であることがわかると、不敵な笑いを浮かべた。

「なんだ、おまえ。なんのつもりだよ」

「この子、いやがってるじゃないか」

「だから、なんだよ。おまえみたいなチビが俺に勝てると思ってるのかよ!」

 俺はなにも言わずに、ヤツをにらんだ。かなり見上げながら……。

 どういうわけか、そのとき俺は、勝てる気もしなかったが、負ける気もしなかった。

 奴がドンと俺の胸を平手で突くと、俺はあっけなく地面に尻餅をついた。

「やっぱ、こいつ口だけじゃん」と別の奴が嘲笑あざわらった。

 俺はちらっと初木の方を見た。初木は心配そうな顔で俺を見ていた。そしたら、なんかやたらと力が湧いてきたんだ。

 俺はゆっくりと立ち上がると、尻の砂を軽くはたいた。

「お前、ぼこぼこにされたいのかよ」

 一番でかい奴がすごんでみせる。

 瞬発力には自信があった。俺はぐっと脚に力を込めると、全力でダッシュして、奴に向かって行った。頭から、奴の腹をめがけて突っ込んだ。

 そのとき、初木が「はなしてよ!」とでかい声で言って、奴の手を振り払った。

 ナイス! 奴の気の何割かが俺から逸れた。俺の頭が奴の腹にめり込む。

 うぐっ。奴の口から、うめき声が漏れた。二、三歩後ずさって、奴は地面に尻をついた。俺は勢いにまかせて、上から飛び乗り、頭突きを食らわせてやった。

 奴をぶちのめしたところまではよかったのだが、残り二人のうち、ひとりも結構強かった。俺は襟首をひっつかまれて、倒した奴からひきはがされ、地面に転がされた。そして、ふたりから足で蹴られり、踏んづけられたりした。

 ただひたすら耐えるしかなかったのだが、その苦しい時間はそう長くは続かなかった。最初に泣き出した初木のともだちが、通りがかりの大人を連れてきてくれたのだ。

「おい、君たち、やめなさい!」

 大人の声がすると、奴らの足が止まった。

「やばい、逃げろ」

 3人は一度だけ、倒れたままの俺を睨み付けると、走って逃げて行った。

 初木は立ち上がれずにいた俺の横に膝をつくと、しくしくと泣き出した。

「初木ちゃん、どうする? お母さん、呼んでこようか?」

 と、ともだちが声をかける。

「あーん、うーん、うううん、わたしんにに連れて行って、わたしが手当てする!」

 そういうわけで、俺はまだ半泣きの初木に寄り添われて、初木の家に連れて行かれた。

 結局、手当のほとんどは初木の母親にしてもらったんだが、初木は初木なりにそれを手伝ってくれたんだ。


 第3話


 校門を出て、しばらく行くと、初木が横に並ぶ。

 なんていうか、俺たちの距離。

 決して触れることはないけど、なんとなく相手の体温は感じられる距離。

「もしかして、ついに離婚?」

 初木は割と遠慮なくなんでも聞いてくる。

「そう、なりそう、だな」

「そうか……」

 心配そうな顔で俺の方をちらっと見る。

「まあ、でも、冷戦状態って言うの? 今の状態のままってのも、つらいからな」

「うん」

 それからしばらく口を開かずに歩いた。

「そういえば、部活もやめたんだって?」

「ああ、うん」

「テニス、あんなに好きだったのに……」

「ま、いろいろあってな。家もごたごたしてるし、ちょっと色々とやる気を無くしちまった」

「そうか……」

 家の近くの喫茶店に入る。

 昔は、この店に、二人とも親に連れられて、というか、親同士のおしゃべりに付き合わされる形で、一緒に来ていた。

 たまに初木と俺でなんか話したいことがあると、この店に来るようになった。

 ぜんぜんオシャレじゃないし、初木の趣味には合わないだろうけど、でもなんかこの店は二人にとって――少なくとも俺にとっては、そういうのを超越した「意味」があった。

 たぶん、昔の感覚を取り戻せるからだと思う。

 初木と毎日のように遊んでいたあの頃を。

「でな、もし離婚すると、あの家は売ることになりそうだ」

「え、じゃ、引っ越しちゃうってこと?」

「そうなるな。母親に付いていくことになる」

「いやだよそんなの」

「お前にそんなこと言われても……それに、別に俺がいなくてもいいだろ」

「そんなことない。いなきゃ、イヤだよ。良樹は……」

 初木が黙り込む。

「なんとか転校はしないですむように、遠くないところに引っ越すように頼んでは見るつもりだけど、そう都合よくいくかどうかはわからない」


 (連載中☑️)



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