1—18 バッシュ・デビュー!
7月10日水曜日。
まあまあ天気は悪くない。結局早く起きちまったから、ドリブル練習。昨日の練習のせいで左腕がちょっと筋肉痛ぎみだ。
いよいよナイキのデビューだ。頰でスリスリしてからバッグに入れる。
9時前に美那から15分くらい遅れるとメッセージがあった。
美那にしては珍しい。さては昨日、ハジけすぎたか。
バッグからボールを取り出して、ハンドリングの練習だ。動画で見て、当初は曲芸と思えたボールさばきも、かなりできるようになってきた。
シンプルでボーイッシュな格好のすげえカッコいい女の子が来たと思ったら、美那だった……。
ニューエラ(たぶん)の濃紺のベースボールキャップを深くかぶってたから、顔が見えなかったのだ。真っ白なタンクトップにユーズド感たっぷりのルーズなジーンズ。足元はクラシックの白いナイキ・エアフォースで決めている。
俺はただの着古したヘビーウエイトのだぼっとした白いTシャツに、アウトドアブランドのカーキ色のショートパンツ、紺色のニューバランスのスニーカー。
シンプルさでは同じでもえらい違いだな……。
「ごめん、遅くなった」
「ああ、別に大丈夫だろ?」
美那が顔を上げて、笑う。なんか大人っぽいじゃん。ちょっとドキッとするぜ。
平日の昼間だから、電車もゆったり座れる。今日の美那は無口だ。アンニュイな感じ。また家でなんかあったんか?
スポーツ用品店に入ったら普通に明るい美那に戻った。
同じナイキで白いエアマックスが安くなっていたので、それを買った。東京に行くし、慣らしも兼ねてニューバランスから履き替える。少しは見られるようになっただろうか?
モスバーガーで早めの昼飯を済ませてから、12時過ぎに横浜駅から新木場に向かった。
体育館には1時10分ころ着いた。オツさんと合流。ナオさんは少しだけ遅れるそうだ。
美那とお揃いの白いカイリーモデルで、念願の体育館デビューだ!
オツさんが珍しく気を利かせて、二人で並んだ写真を取ってくれた。俺も美那も満面の笑みだ。
遂に体育館のピカピカの床に踏み入れる。
板張りの床は学校の体育館でも上履きで使っているわけだけど、やっぱカイリーモデルで踏み込むと全然違う感じだ。
突然コートを借りられることになったのは、オツさんの知り合いの知り合いが1面借りていたのを半面分けてもらったからだ。
分けてくれたチームはシニアで、俺たちはそのメンバー――特別コーチという名目らしい――として追加してもらった。おじいさんやおばあさんたちに挨拶をする。その人たちは5人制バスケなので、仲間内の試合をするときは俺たちは休憩。借りるお礼にオツさんが審判を申し出る。俺たちも応援や球拾いをすることにする。
練習開始だ。とりあえず自由にドリブルやシュートをする。オツさんの熱い視線を感じる。ナオさんが来て準備運動を終えたところで、一度休みを入れる。
「おい、リユ。ほとんど別人じゃないか」と、オツさん。
「まあかなり練習したんで。試験期間中もやりましたから」
やっぱりオツさん相手では丁寧語になってしまうが、それはまあ追い追い変えていこう。
「実は……」と、美那がサスケコートの説明を始める。
「サスケコートか……そんなことがあるんだな。練習試合のことといい、おまえ、やっぱり変なものをもってるな」
「実力っす」
「そんなのに実力もクソもあるか」
「リユ君、そんなに上達したんだ……わたし、どうしよう」
まだ俺のプレーを見てないナオさんが不安がる。
「大丈夫。ナオもしっかりうまくなってる。サークルの練習でも褒められてただろ?」と、オツさん。
「それはそうだけど」
「試験は終わったし、練習あるのみだ」
オツさんが立ち上がる。練習再開の合図だ。
俺に比べると上達の度合いは低いかもしれないけど、ナオさんもたしかに上手くなっている。体の当たりにもだいぶ慣れてきたみたいだ。美那との1on1ではかなりガシガシ行っている。俺も負けてない。カイリーの動きのイメージをたっぷり脳にインプットしてあるから、体をぶつけるようにしてオツさんをすり抜け、練習しまくったドリブルとレイアップでシュートを決める。
シニアチームの試合の時間になったので、コートを明け渡す。モップがけを手伝って、試合の準備が整うまで、しばらく座って休憩だ。
「山下、マジかよ? 人間って短時間でこれだけ上達するもんなんだな。前回からまだひと月も経ってないよな」と、オツさんが小声で美那に言う。
でもしっかり聞いてますから、俺。
「先輩、わたしが容赦なくシゴキましたから。リユはよく逃げ出さずに頑張りました」
ウソ言え、美那。俺が自らの意思で頑張ったんじゃねえか。
とはいえ、美那がモチベーションを上げてくれたことは間違いない。カイリーにナイキ。ほかにもなんかあったかもしれない。
「ナオさんについて感想を率直に言わせてもらえば……」と、美那。
「ミナ、正直に言って」と、ナオさん。オツさんもアゴの動きで促す。
「ハンドリングやドリブルはまだまだ。だけど体の使いかたとか接近戦とかすごく上がってる。びっくりした」
「そう?」
ナオさんの表情が明るくなる。
「俺もそう思った。ミナを弾き飛ばしそうな勢いだった」と、俺
「そうだ。だいぶバスケットボール・プレーヤーらしくなってきた」と、オツさん。
おや、オツさんとナオさん、お揃いのアシックスの白になってるじゃん!
横に座っていた美那に無言で知らせる。
「ほんとだ」と、美那がささやく。
「なんだ、なにコソコソ言ってんだ」と、オツさん。
美那が俺のほうを向いて、ニヤッとする。膝で俺の膝を軽くつつく。ふたりで足をオツさんのほうに突き出す。
「ああ、シューズな」と、オツさんが照れる。「チームで白で統一するのもいいかと思ってな」
ナオさんが幸せそうに微笑み、美那にうなずく。
今度は美那がふたりの写真を撮って、みんなに送る。オツさんもさっきの写真を送ってくれた。
「じゃあ、お願いできますか?」と、シニアのリーダーがやってきた。
オツさんが審判で、美那がタイムキーパーと得点表示をして、俺とナオさんはボール係。
動きこそさすがに速くないが、パスやシュートの精度はなかなかのものだ。1チーム8人が随時交代しながらだけど、10分を4クウォーターきっちり戦った。相当長いこと、やっているんだろう。
練習の後半は、初回と同じように2対2でゲーム形式の練習。
初戦は、ミナ&リユ対オツ&ナオ。
動きで翻弄する俺たちに高さで対抗するオツ&ナオ。ミナ&リユの勝利だ。でもジャンプシュートに対するナオさんの高いブロックは脅威だ。
第2戦は、オツ&ミナ対ナオ&リユという経験者VS未経験者の対戦。
前回は惨敗だったが、今回は違った。
俺がオツさんやミナをドリブルで抜くことができて、ナオさんの高さを生かしたパスを送れれば、なんとかゴールに迫れる。
オツさんがディフェンスに入ったときには高さの優位性が失われて、ナオさんのシュート精度は下がるけど、確実にうまくなっている。
俺とナオさんでなんとか1点ずつは取った。間違いなく前進してる。
最後は、ナオ&ミナ対オツ&リユの対決だ。
点数的には俺たち男組が圧倒したけど、美那は俺以上にナオさんの特徴を生かしていた。俺がナオさんに付くと高いボールのパスでナオさんのシュートをアシスト。逆にオツさんがナオさんに付いたときには、パスフェイントを入れたりして、俺をドリブルで突破してシュートを決める。勉強になります。
3戦終了して、ナオさんだけ全敗で凹んでいる。ただこの前と違って泣いてはいない。自分なりに手応えがあった感じだ。
オツさんがまた車で来ていたので、ファミレスに寄った。
それぞれ自分の反省点とメンバーのプレーの感想を言う。
一番驚いたのが、オツさんの美那に対する評価だ。
「ミナは動きが前回とまったく違ってたな。サスケコートでのリユとの練習がかなり効いてるんじゃないか? すごい良くなった。これなら部活のほうも期待できると思う」
「そうですかね? 自分じゃあんまり実感ないですけど。ドリブルを特訓したリユの動きがどんどん鋭くなってきて、それに対抗したのがよかったのかなぁ」
「ほんと、リユ君、びっくり。わたし、焦る。航太さん、これからもっと教えてください」
「ああ。そうだな。やっぱりミナとリユみたく毎日やらんとな……」
「はい。お願いします」
オツさんのは、なんか毎日会う口実のように聞こえなくもないが、チーム全体の力を高めるためにはナオさんにも頑張ってもらわねば。俺ももっと頑張るぞ。
オツさんたち、今日はこれから用事があるとかで、俺と美那は新橋まで送ってもらった。たぶんドライブデートだろう。
まだ5時半で空は明るい。
「どうする、このまま帰る? それともどっか行く?」
と、美那が何気なく訊いてくる。
「え、どっかって?」
「六本木とか青山とか渋谷とか?」
「別にいいけど。渋谷なら東横で帰りも楽なんじゃね? よく知らねえけど」
「どこでも大差ないよ。じゃあ、青山とかいい?」
「うん」
どうやら美那は最初から帰りにどこかに行くつもりだったらしい。
※【作者よりお知らせ】
これまで毎日更新しておりましたが、次回から週2回、火曜日と金曜日の朝7時半ごろの更新となります。
引き続き、ご愛読のほど、よろしくお願いいたします。
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