1—02 美那の相談と投稿小説
なんとなく、ふたりとも黙ったまま、駅まで歩いて、電車に乗って、二駅先で電車を降りた。
「あそこでいいね?」
美那は、俺にだけは、やけに男っぽい喋り方をする。クラスじゃ、もっと普通に女子なのに。クラスの女子相手だったら、「あそこでいいよね?」と、口調ももっと柔らかなはずだ。
「ああ」
俺も無愛想に答える。
改札を出て、ちょっと横道に入ったところにある喫茶店。けっして、カフェではない。小学校の時に、たまたま二人とも母親に連れられて歩いていたときにばったり出会って、すぐ近くにあったこの店に入ったのが最初だ。
こうして、ごくたまに――たぶん、年に1回か2回ほど――ふたりで話をするようなことがあると、ここに来るのが定番になった。だいたいが、美那の愚痴とか、ちょっとした相談事。
マスターもなんとなく俺たちのことを覚えていてくれている。いや、美耶のことは完全に覚えている。まあ俺は、その連れぐらいなものか。
「マスター、わたしは特製パフェ。リユは?」
「あ、僕はホットコーヒーでお願いします」
マスターは無言で軽く手を挙げた。
「最近はコーヒーなんだ」
「まあな」
「真夏にホットコーヒーとか渋いじゃん。なんか、ついこないだまで、ココアとかアイスクリームとかだったのに、少しは成長したんだ」
「まあな」
俺の成長といえば、身長が伸びたのと、コーヒーを飲むようになったことくらいだ。免許も取ったな。でもせいぜいそのくらい。一方、美那は、なんかこの1、2年でえらく大人っぽくなったような気がする。
俺は美那に色気がないと思い続けているけど、なんかときどき、オンナらしくなってきたと思うことも、実はある。この間も、放課後に、教室の窓からひとりで外を眺めていて、その後ろ姿を妙に色っぽく感じてしまったんだけど、俺の方に問題があるのだと思い込ませていた
「それでさ、家のことなんだけど」
美那が話題を切り出す。どう考えても明るい話ではなさそうだ。
「ああ」
「とうとう、別れることに、したみたい」
「そうなんだ」
「流れからすると、リユと同じで、お母さんについて行くと思うけど」
「オヤジさんの浮気だったよな? なんか一時、親の仲は戻ったっぽかったけど」
「しばらくはね。相手は会社の部下で、一度は別れて、その女子社員は退職したらしいんだけど、どうも、ちょっと前に、どこかで偶然再会して、
「そうか、大変だったな」
「でも、リユのとこにくらべたら、まだマシだよね」
「どうだろうな。女子的には、父親の浮気とか、嫌なんじゃね?」
「まあね。なんかね……」
しばらく沈黙が続いて、その間に、パフェとコーヒーが運ばれてきた。
美那は無言のまま、スプーンでフルーツや生クリームやアイスクリームを口に運び、俺も黙ったまま、コーヒーを
まあ結局は美那の場合、誰にも話せないようなことを俺に話しながら、問題の結論を出すというか、そういうタイプだ。そういう意味じゃ少しは役に立っているのだろうけど、アドバイスとかできるわけじゃない。真剣に話を聞いて、
「いまはさ、」
最後のイチゴを名残惜しそうに飲み込むと、美那は話を再開した。視線はまだ、パフェとかコーヒーとかテーブルの間を行き交っていた。
「とりあえず、お母さんについて行くしかないと思うけど、わたし、早く独り立ちしたい」
ようやく俺の顔をちらっと見た。
「俺もだけど、まあ、高校生のうちは我慢かぁー」
俺はその視線を外すため、わざとらしく伸びをしながら言った。
「そうだね……」
美那がため息交じりに言う。俺が気楽に一人暮らししたいのとは事情が違うのだ。
「じゃあ、お母さんとも、あんまりいい感じじゃないってことか」
「うん。
「じゃあ、俺の方がマシだな。かーちゃんとはうまくやってるし」
「でもさ、いまはそうかもしれないけど、お父さんいた時はひどかったじゃない」
「もう忘れたけどな」
「わたしさ、あの時、リユ、すごい頑張ったんだと思って、ちょっと尊敬してた」
「尊敬? なんで?」
「聞いたよ。加奈江さんを守ろうと思って、何度もお父さんに立ち向かっていった、って。加奈江さんがそう言ってたって、お母さんから聞いた」
加奈江というのは俺の母親の名前。美那はときどき親しげに名前で呼ぶ。
「どうだろうな。まあ、一発か、二発分くらい、俺が引き受けたって、程度じゃないの?」
突然、テーブルの下で、美那の脚が、俺の両脚の間の入ってきた。なんか、性的なものを感じて、びっくりした。たぶん、気のせいだとは思うけど。
「な、なんだよ」
「かっこ、つけちゃって」
美那はようやく普通に笑った。
「別にかっこつけてねえし」
「あ、そういえばさ、聞いたよー、リユ、最近、小説書いてるんだって?」
げ、なんで、美那がそのことを……あの、野郎!
「誰から、聞いた」
「ヤナギ」
「だろうな。あいつにしか言ってねえしな」
「馬鹿だねぇー、誰かに言ったら、たいていは別の誰かに伝わっちゃうんだから」
「くっそ、信用してたのに」
「まあ、まあ、ヤナギのこと、怒らないでやって。わたしが強引に口を割らせたようなものだから」
「どういうことだよ」
「いやさ、最近、なんか、リユの様子が変だなぁーと思っててさ。で、このところ、休み時間とか、割とヤナギと話してるじゃない? だから、興味本位で、ヤナギに聞いてみたらさ、思わず、口にしそうになって、あわてて口を閉じたんだけど、あいつも実は誰かに話したくてたまらなかったみたいで、ちょっと追求したら、すぐにポロっと」
「たぶん、相当、強引に迫ったんだろうな」
「えへ、わかる?」
「まあ、いいけどさ」
「でさ、わたしも、リユの小説、読んでみたいなぁ」
「なんで。やだよ。まだ下手だし、途中だし、恥ずかしいし」
「ヤナギは読んだって言ってたよ。自分も漫画を描いていて、それをリユに読んでもらって、そしたらリユも読ませてくれたって。ヤナギも、誰にも言わないでくれよー、って言ってたけど」
「だったら、ヤツに教えてもらえよ」
「ねえ、どこかの小説サイトに公開してるんだって? だったら、いいじゃん。だれでも見れるんでしょう?」
「なら、自分で探せよ」
「でも、ヤナギのヤツ、そのサイトとか、小説のタイトルとか、ペンネームとかは、絶対に言わないんだもん。そこまでは勘弁してくれって。
「色仕掛け⁈ 色仕掛けって、何したんだよ」
「いや、冗談だって、そこは。なに、ムキになってんの」
「別にムキになんかなってねえけど」
美那はなんか、やたらとニコニコして、俺のことを見ていた。
「なんだよ、なに、うれしそうな顔してんだよ」
「べーつにー」
美那はパフェの底の方のコンフレークを口に入れて、スプーンをグラスに戻すと、何気ない素ぶりで、濃い水色のシャツの二つ目のボタンをはずした。「今日、暑いよねー」とか言いながら、シャツの
み、みずいろのブラがちらっと、胸、胸のふくらみもちらっと!
ま、まさか、美那のヤツ、いろじかけ、いろじかけしかけてきてる⁈
「え、どうかした?」
美那は涼しい顔で、動揺がバレバレの俺に話しかけてきた。
「じゃあさ、わたしもリユにひとつ秘密を打ち明けるからさ。それでどう? もちろん、絶対に誰にも言わないって約束してもらうような秘密」
「ど、どんな、秘密だよ?」
「さあね」
「だけど、なんで、そこまでして、俺が書いた小説なんて読みたいんだよ」
「じゃあ、もうわたしの秘密、話しちゃうからね。そしたら、いいでしょう?」
「ちょっと待て」
なぜ、それほどまでに美那に読んでもらいたくないかというと、それは俺と美那を主人公にした小説だからだ。ヤナギにはわからなくても、あれを本人が読んだら、絶対にバレる。
「秘密ってなんだよ。せめてヒント。じゃないと、割に合わないかもしれないだろう?」
「わたしのこと、信用してないんだ?」
「そうじゃないけど、ヒントくらい言えよ」
「うん、わかった。ヒントというか、内容は、わたしの最近の恋愛事情」
うわ、あっさり言いやがった! 恋愛事情だとぉー。やっぱり、男がいるのか。最近の色っぽさは、そこからきてるのか。だとすると、少なくとももうキスはしてるんだろうな……。
「知りたくない?」
「べ、べつにお前の恋愛事情を聞いてもなぁ」
「あの、ものすごぉーく興味のありそうな顔してるんですけど」
「え? そ、そりゃ、まったく興味がないとはいわないけど……」
「じゃあ、決まりね」
もしあれを美那が読んだら、どう思うだろう。まあ、美那がモデルの女の子が、幼馴染の男の子を実はずっと密かに想っていた――って話だから、せいぜい俺の願望くらいにしか思わないだろうな。
それにしたって、いまだに俺は美那のことをどう思っているのか、自分でもよくわかっていない。客観的に見て、すっごく、可愛いとは思う。だけど、俺なんかが
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