カイリーユと山下美那、Z(究極)の夏〜高2のふたりが駆け抜けたアツイ季節の記録〜

百一 里優

第1章

1—01 待ち伏せ


 2019年6月13日木曜日


「リユ、ひさしぶりじゃん!」

 振り向く間もなく、いきなり背中の、右肩の辺りをぶっ叩かれた。

 見なくても、声でわかる。

 山下やました美那みなだ。

 俺のほんとの名前は、里優りゆう森本もりもと里優りゆう

 でも、どういうわけか、美那のやつは、ウを省いて、リユと呼ぶ。

 ついでにいうと、俺は16歳の高校2年生。ミナは5月が誕生日だからもう17だ。

「イッテエな! おまえ、チカラ、つよすぎ」

「毎日、部活で鍛えてるからね。文系、帰宅部の、アンタとは違う」

 美那は横に並ぶと、馴れ馴れしく、俺の顔を覗き込んできた。

 間近で見ると、ちょっとドキッとするくらい、可愛い。

 色気はまったくないけど、けっこうな美形だ。

 男子からの人気もかなりなものだが、女子から絶大な人気がある。

 バスケ部で、身長はたぶん165センチくらい。中学までは俺よりも高かったけど、いつの間にか俺の方が10センチぐらい高くなっていた。脚の長さはいまでも美耶のほうが長いみたいだけど。

 髪はほかの女子バスケ部員と同じ黒髪のショートだけど、なんかちょっとおしゃれに見える。ま、単に素材がイイだけのことだろう。

「帰りに、一緒になるなんて、中間以来じゃない?」

「そうだな」

 確かに5月下旬にあった前期中間テストの期間が最後だ。

 ひさしぶり、なんて言ってるけど、同じクラスだから毎日のように顔は合わせている。

 だけど話をすることはほとんどない。


 俺たちは横浜市内にある私立の横浜よこはま実山みのりやま学院高等部に通っている。

 学期は前期・後期の2期制で、定期試験は、前後期の中間・期末に、学年末を含めて年5回ある。

 東京にある、そこそこ名門の実山学院大学の系列校で、9割は推薦でそこに進む。

 推薦を決めるための学力試験が2年の冬と3年の秋の計2回行われるけど、定期試験の結果も考慮されるのでそれなりに重要だ。


 今日は6月13日木曜日で、梅雨の晴れ間。

 ひさしぶりの青い空は、もうすっかり夏だ。

 夏休み中とかよりも、ほんとはこういう日が、一番、夏らしい、と俺は思っている。

「なんか、ずいぶん、そっけないじゃん」

 そういいながら、美那は俺を肘で小突く。

「オマエがなれなれしいだけ」


 幼馴染おさななじみと言えば幼馴染だが、よく遊んでいたのは、俺が幼稚園に入るタイミングで美那の家の近くに引っ越してきて、小学校に上がるまでだ。

 それでも、いまだに近所だし、幼稚園から高校まで一緒だから、俺としても親近感はある。だけど、小学校以降は特別に仲がよかったということもない。ときどき話をする、長い付き合いのともだち、というカンジ。

 もし、高校で初めて出会ったのだとしたら、好きになっていたかもしれない。そのくらい、見た目もイケてるし、成績も運動神経も良くて、カラッとした性格は誰からも好かれるタイプ。なんかジメジメした俺とは違う。


「来年のいまごろはオリ・パラでお祭り騒ぎなのかな?」

「どうだろ。俺は興味ないけど」

「ねえ、せっかくだから、たまにはお茶でもしていかない?」

 美那が俺を覗き込む。

「今日、部活は?」

 俺は視線を合わせずに訊く。

「ほら、体育館の雨漏りで、工事中。インターハイ予選も終わっちゃたし、たまには休むのもアリってことで、トレーニングしたい人だけ自由参加」

「そっか。おまえは? 珍しいじゃん。トレーニングだけでも率先して参加しそうなのに」

「たまには、いいかなって思って……」

 美那にしては少々弱々しい言い方だ。

 気になって、顔を見た。

 きれいな横顔。

 しっかり前を見据えた横顔は微笑んでいるようだけど、どこか陰がある。

「どうかした? 怪我でもしたんか?」

 美那の表情が少し明るくなって、俺を見た。

「さすが、リユ先生。ご名答。ま、怪我じゃないけどね。あー、心の怪我?」

「え? 失恋でもした?」

「失恋だとすると、母親のかなぁ」

「あー、それな」


 中学の時、父親の浮気が原因で、両親の仲が悪くなったらしく、「家にいるのなんかイヤー」って、明るくぼやいていた。それ以来、いっそう部活に打ち込むようになった。美那は小学校からずっとバスケを続けていて、高校のバスケ部でも中心選手だ。

 親の不仲に関しては、俺の方が先輩で、小学校の時に親が離婚して以来、母親とふたり暮らしだ。父親の家庭内暴力が原因で、俺もずいぶん、痛い目にあわされた。肉体的にも、おそらくは精神的にも。

 父親はたぶんいまでも大手企業に勤めていて、養育費はきちんと払われている。

 母親はビジネス書とかの翻訳家で、あまり安定はしていないけど、それなりに収入はあったし、慰謝料代わりの持ち家もあったから、さほど生活には苦労していない。たぶん。

 仕事が忙しい時は、家事は俺がするし、肩も揉みほぐしてやる。どういうわけか俺はマッサージの才能があるらしい。

 小遣いは、ほんとは受け取りたくはないけど、養育費の中から1万円もらっている。

 というのもバイクを買いたいから。

 去年の夏休み、16になった直後に普通二輪の免許はなんとか取得した。それまでの貯金は、それで使い果たした。

 小遣いは文庫本やバイク雑誌を買うくらいで、友達付き合いもほとんどない。それと、だいたい月一つきいちで、休日に倉庫作業とかの単発の軽い肉体労働系のバイトをしている。でも、1日で7、8千円くらいにしかならない。月に1万円以上は貯金してるけど、目標のバイク購入までは、まだ、ちょっと遠い。


「それでさ、実は、ちょっと話を聞いてもらいたいなぁー、って思って、待ち伏せしてたんだぞ!」

 そう言われてみれば、うしろには気配がなく、突然、現れたような……。

「ああ、別にいいぞ。どうせ、帰宅部で、ひまだし」

 母親の仕事はピークを過ぎていて、今は校正作業に入っていたから、俺は家事を休ませてもらっていた。ま、家事っていっても、夕飯の支度と後片付けと風呂掃除くらいだけど。食材はだいたい生協で取り寄せているし。

「悪いね。おごるからさ」

「別にいいよ、そんなの」

「まあ、まあ」

 美那はそう言うと、30センチくらい離れていた体をぶつけてきた。

 俺の半袖の右腕に、美那の半袖の左腕が当たる。サラッとしていて気持ちいい。

 ちょっとドギマギする。


 家が近いから、降りる駅も当然同じだ。

 高校の近くだと、誰かに会う可能性も高いから、わざわざ言わなくても、家の最寄駅近くの喫茶店に行くことになる。

 他の生徒に見られたところで、俺と美那が付き合っているとか、誰も思わないだろうけどな。

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