第7話 悪役令嬢は魔王様しか勝たん(前編)



 アリアは生まれながらにして知っていた。


 ここは、あの大好きだった乙女ゲーム『ファンタジー世界でアイドル育成☆革命スターコズミック〜歌って踊って戦って……そして愛して』の世界である事を。


 そして気付いていた。自分はそのゲームの中で主人公の邪魔をして、最後には断罪される悪役令嬢だという事に……


 だから準備したのだ。この15年間コツコツと資金を貯め……そして準備は整った。

 今こそ、行く時だ!


「という訳でジェド様、私を魔王城へ連れて行ってください」


「……すまないが、乙女ゲームの内容の所からもう1度聞いてもいい?」



 ―――――――――――――――――――



 公爵家子息、騎士団長ジェド・クランバルは何故か悪役令嬢を呼び寄せる特異体質であった。


 転生、時間逆行、小説だったりゲームだったり身分や状況はバラバラなのだが……とにかく皆、断罪される運命の悪役令嬢なのだ。

 そして、それらの令嬢達が何故かこぞって俺に助けを求めてたり巻き込んだりしてくる。


 公爵家だからなのか、騎士団長だからなのか、黒髪イケメンだからなのか……とにもかくにも悪役令嬢が寄ってくる。

 時には契約結婚として求婚される事もあるが、もちろん答えはNOだ。

 自分、地位や名誉の類はありますので、結婚相手はしっかり選びたい。出来れば恋愛結婚したい。

 厄介な悪役令嬢は勘弁して頂きたいが、最近では聖女とか女主人公とかも話を聞く限り地雷な気しかしない。


 先日の悪役令嬢さんも20回ループしてる人生が全て聖女に復讐され、断罪処刑されるとかいう恐ろしい話だった。正直チビりますわ。聖女って何だっけ?

 聖女に復讐される前に死のうとしていた悪役令嬢さんを必死で止めたのが前回のダイジェストであるが、その話を聞いた皇帝からは『漆黒の死者を止める騎士』と言われた。漆黒はどうしても入れたいのかな?

 あと、そのネーミングだと漆黒は騎士じゃなくて死者の方ですよね。

 まぁ……あの悪役令嬢、闇よりも暗い死んだ目をしていましたがね。死んでないけど。いや、19回は死んだのか。


 最近前置きが段々長くなる傾向にあるので話を戻そう。

 今回相談してきたのは、侯爵家の令嬢アリア・レアリティ。

 前回も前々回もインパクトの強すぎる絡み方の悪役令嬢ばかりだったので、普通に相談してくる悪役令嬢ならばかわいいものである。

 何かを選ぶ時に対比させる事で後に見せた物の印象を良くするのをアンカリング効果と言うとかなんとか。

 この悪役令嬢アリアは生まれながらにして前世の記憶持ちで、前世では乙女ゲーにハマるオタクジョシだったという。

 好きなものにハマるあまり食費を削ってオタ活に当て、好きなものの為に働き続け……過労と栄養失調で前世は終わったらしい。異世界のオタクの皆さん、気をつけてよね……


「それで? その前世でハマっていたというのが、その……えっと何だっけ?」


「『ファンタジー世界でアイドル育成☆革命スターコズミック〜歌って踊って戦って……そして愛して』です! ファンの間ではファスコって略されてます。あ、前世では好きの事を『すこ』って言うネット用語もあって、ファンタジー世界のアイドルがすこって意味でもあります」


「はいはい。で、そのファスコっていうのは、前世の世界から見たらファンタジーなこちらの世界でイケメンをそのアイドルとかいうのに育て上げる育成ゲームな訳ね」


「はい! 攻略対象は聖騎士や魔塔の魔法使い、勇者にエルフの吟遊詩人、皇帝……など様々なんですが、皆アイドルの原石なので主人公が彼らに歌とダンスとアイドルの心得を教えて最高のアイドルに育てあげ、このファンタジー世界に革命を起こすというゲームです」


 うーむ、サッパリわからん。あと、今サラッと皇帝とか言わなかった?

 陛下には後で、アイドルにならないかとか言うやつが来たら絶対に断るように言っておこう。何でも出来るから歌も上手そうだけど。


「そして、立派なアイドルに育成したあかつきには主人公との愛も育ち、アイドルパワーと愛で魔王を倒します」


「それまた急展開だな」


 シナリオどうなってるのそれ? 魔王関係なくない……?


「で、貴女はそのゲームの悪役令嬢なのだね」


「はい。主人公からイケメンアイドルを奪おうとしたり嫌がらせをしたりする事で当て馬となり、最後は断罪されて処刑されます」


 何で急に処刑されるの? 重罪すぎない? 毎回思うのだが、あちらの開発者とか作者とかは悪役令嬢に親でも殺されたのだろうか……?


「そうか、大体分かった。では貴女はその処刑を免れる為に今まで準備してきたという事ですか」


「いいえ……そうじゃないんです。処刑自体は正直どうでも良いのです」


 いや、良くはないだろ。


「私を……魔王アーク様の元へ連れて行ってほしいのです! 魔王様を……推したいのです! 魔王様に課金する為に今まで資金を貯めてきました!!! 魔王アーク様しか、勝たんのです!」



★★★



 ――アリアは前世で生活の全てをかけてファスコに愛とお金を注いだ。

 アニメグッズ専門店でグッズやCD、DVDを買い漁り、ライブイベントにも毎回参加した。

 人気が出すぎて抽選に落ちた時はドームの外壁に聴診器を当てて微かに聞こえる重低音だけでも楽しんだものである。

 だが、アリアには不満があった。1番の好みで推しである魔王アーク様は攻略対象ではないどころか、声優もついておらず、グッズも少なかった。

 しかし、キャラデザが神すぎるせいでファンは多く、少ないアーク様グッズに群がった。

 攻略対象にしてほしい、声をつけてほしい……などの要望があったものの、他のアイドルも有名声優でかなり人気があった為、アーク様声優が追加される事は無かった。

 それに、変にアーク様に人気が出過ぎたため生半可な声優やシナリオではファンを納得させる事は出来ないだろう。下手したら暴動が起きる。

 アーク様ファンは泣く泣く、同人誌での自家発電をするしかなかった。が、アーク様に関する情報や設定が全く無いため「解釈違いだ!」だの「アーク様はそんな事言わない!」などの仁義なき争いが起こり、アーク様というジャンルは武闘派が多い物騒なジャンルとされた。



★★★



「ゲームではテキストと立ち絵1枚しかなく、スチルも無いまま死んでいくのですが……絶対にイケボなはず……アーク様に会えて、アーク様を推せれば死んでもいい。我が生涯に一片の悔いなしです」


 なるほど……これまた面倒な悪役令嬢が来たな。

 だが、本人が死んでもいいと言ってるんだからそっちは解決しなくていいらしいし、チャチャっと魔王に合わせて終わらせよう。



「魔王領に? うんうん、分かった。有休にしておくから気をつけて行ってきてね。あっ、魔王領は意外と遠いから飛竜使っていいよ。ああ、あと、かかった旅費は経費で落とせるから領収書貰ってきてね。宛名は上様で大丈夫だから」


 これである。この国最強にして仕事が出来すぎる皇帝ルーカス陛下は1つ話しただけで10以上理解して段取ってくれるのだ。これが我が国の皇帝である。何なら任せれば多分全部解決してくれる。


「しかしジェドは本当に変な体質だよね。困っているなら私を頼ってくれても別にいいんだけど……」


「いえ、君主に仕えるものとして、それは出来ません……ちゃんと自分で解決します」


 俺だけじゃなく他の家臣の頼みを断ってるのも見たことがない。皆、あまり陛下を頼らないようにしようと決めていた。このまま楽をしていくと働きたくなくなるのだ。人を駄目にする陛下である。


「そう? 分かったよ、頑張ってね。あー、あと魔王領は自治区だからあんまり関与出来ないのだけど、魔獣とか結構凶暴で危ないから怪我しないように気をつけてね」


 何それこわい。

 やっぱついてきて貰っちゃ……ダメ?

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