第2話 男に戻りたい。


結はぽかんとした顔で、息子の姿を眺めながら呟く。

「あんた、どうしたの? 何で女の子になっちゃったの?」

「こっちが聞きたい! どうなっているんだ、一体」

縁は頬を赤く染めて、噛みつくような勢いで叫ぶ。



結を睨むその顔には困惑と焦りが浮かび、黒目がちな瞳から涙で僅かに潤んでいる。

我が息子ながら、ひどくいたいけで可憐な様子だ。


(同じように生意気な態度でも、女の子だと何だが可愛く見えるわ)

キュンとしちゃう、とうっとりとしながら結は心の中で呟いた。


縁はそんな結の姿を、苛立だしげに睨みつける。

「お前、何か知っているんじゃないのか?」

「え?」

「俺だけこんな風になるのはおかしいだろう! うちの家系に何かあるんじゃないのか」



そう言われて、結はしばし考える。


結と縁の家である寡室家は、元々は一族の中で神事を司る神女の家系だ。

この地方の生き神である九伊(ここのい)家に仕え、穢れを払い浄めることで「神さまを清浄に存在させる」。

その「穢れ払い」と呼ばれる神事の内容が、結が子供のときに祖母から聞いた話によると、どうも不特定多数の人間と性行をする、というものらしい。



「禍室に訪れる人間が『神さま』に化けて、神女がその穢れを払う」



それが儀式の名目らしいが、祖母は「春をひさぐために考えられた方便だろう」と付け加えていた。寡室家は「穢れ払いを行う神女」という名目の上に据えられた、九伊一族のお抱え娼妓だったのだ。


結の曾祖母まではその風習が続いていたらしく、祖母や母はその恨み節とも言うべき話を聞かされて育った。




結も縁に、別に改まった風でもなく、何かの事のついでに「そういうことがあったらしい」という話をしたことがあったが、案の定ゲームに夢中で生返事すら帰ってこなかった。


……が聞いていないように見えて、しっかりと覚えていたようだ。

泣き出さんばかりの様子で息子に詰め寄られて、結は何とかあやふやな記憶を掘り起こす。



「うーん、確か……そうそう! 好きな人とそういう関係になって子供が出来たら、その子に家を継がさなきゃいけないでしょう? だから好きな人との間には子供が出来ないように、一種の防衛本能として性が転換する、っていう話があったような……」



「何だ、それは!」

結の言葉を叩き切るように縁は叫んだ。


「漫画の設定じゃないんだぞ!」

「へえ、そういう設定の漫画があるの?」


暢気に呟く結の顔を、縁は睨む。

「で、どうすれば戻るんだ?」

結はきょとんとした顔で息子の顔を見返した。

「戻る?」

「お前は今は女なんだから、戻り方を知っているんだろう?」

半ば苛立ったように半ば縋るような眼差しで、縁は母親の顔を見た。



結はあっさりとした口調で言った。


「知らないわよ。男になったことなんかないもの」

「はっ!?」

縁は驚愕した眼差しを結に向ける。

「じゃあ、何で俺がいるんだ?!」

「あんたねえ」


結は呆れたように首を振る。

「高校生なら察しなさいよ。『好きな人と』って言ったでしょう?」


それからふと何かに気付き、自分とよく似た縁の顔を凝視した。

「え……え? ちょっと、ちょっと待って? あんた、まさか、苑ちゃんと……」


縁の顔が赤くなっていくのを見て、結はふふふと笑う。

「やだあ、お赤飯炊かなきゃ。あ、でも……」


不意に笑いを収めて結は、真面目な顔つきになった。

「あんたねえ、男よりも女の子のほうが遥かにそういう時はリスクを背負うんだからね。ちゃんとそういうことを分かっているの? あんたたち二人の問題だから任せるけれど、知識も覚悟もないのにそういうことをする男は、息子と言えど……」


「馬鹿か!」


結の言葉をかき消すような勢いで、縁は羞恥で顔を真っ赤にして声を張り上げる。

「な、な、何を言っているんだ、お前は! そんなことはしていない! そ、その、ただ、手……手を握って……」


「ほへえええ?」

結は呆れたような気が抜けたような声を出す。

「ちょっと……あんた……、苑ちゃんの手を握っただけで女の子になっちゃったの? やだ……冗談でしょ……」


どんだけ初心なのよ……と呟く母親を見て、縁はやり場のない憤りを発散するように床を蹴る。

「う、うるさい! とにかく、どうすれば元に戻るんだ!」


「だからあ、知らないって」



結は答えて、ひと回り小柄になった縁の姿を改めて見直す。

「まあ、いいじゃない? ちょうど夏休みだし、しばらくはそのままでも。一過性のものかもしれないじゃない。案外、ひと晩寝たら元に戻るかもよ」


あははと気楽に笑う結の顔を、縁は睨んだ。

「お前な、それでも母親か! 息子のことなのに、どうにかしようと思わないのか!」


「十五歳まで息子を育てたから、その後は娘と過ごすのも面白いじゃない。私、娘も欲しかったのよね~」

「俺は男に戻りたいんだ!」

「だから、そんなこと言っても戻れないんだから騒いだって仕方ないじゃないでしょ。大声出さないでよ」


「まったくうるさい男ね。……ああ、女か」と一人でおかしそうに笑っている結の顔を、縁はもう一度睨みつける。



母親に構っていても仕方がない。

一刻も早く男に戻る方法を探さなければ。


縁は無言で奥の部屋へ向かった。

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