第4話 彼女の答え

1.


「……俺……女になった、かもしれない……」


 そう言われて、苑は大きな瞳をさらに大きくし、穴が開くほど縁の顔を凝視した。


 縁は躊躇いがちに苑の手を取ると、自分の胸に当てる。

 苑は顔をうっすらと朱に染めて言った。


「ど、どうして……?」


 その問いには答えず、縁は俯いたまま、空気に溶けそうな小さな声で呟いた。


「苑……もし、もし……」


 縁は僅かに息を呑んだあと、震える声で続ける。


「もし……俺がこのまま……お、女のままだったら……お前、やっぱり……嫌、だよな。お前が好きになったのは……男の俺、だもんな?」


 縁は震える手を強く握りしめる。


「俺……必ず、男に戻るから……方法を探すから……その……ま、待っていてくれないか……。少し……かかるかもしれないけれど……」


 縁は顔を上げて、苑の顔を真剣な眼差しで見つめる。


「別れないで待っていてくれないか?」



 苑は、少女のように繊細な縁の顔を瞬きもせずに見つめ返した。

 やがて頬をほんのりと桜色に染め、縁の手を強く握りしめる。


「私……縁が好き……」


 苑は恥ずかしそうに微笑んだ。


「もし、縁が今のままだったら……それでもいい。男の子でも女の子でも……縁は縁だもの」


 苑は自分の手の中にある縁の手を胸に当て、宝物のように握りしめる。


「縁が一緒にいてくれるだけで、私は幸せよ」

「苑……」


 縁は自分の手を抱き締めている苑を、もう片方の手で抱き寄せた。


 愛しさが胸から溢れ、日頃、全く素直になれないのが嘘のように体が自然に動く。

 心の隅々まで広がるこの気持ちを、少しでいいから苑に伝えたい、受け取って欲しい。


 縁は苑の唇に唇を重ねながら囁く。


「苑……俺もお前と一緒にいたい……。これから先、ずっと……」


 苑の唇の柔らかさと温かさを味わいながら、自分はずっとこうしたかったのだ、と気付く。

 小さいころからずっと、こういう風に苑の側にいたかった。


「縁……」


 ふと。

 苑が何かに気付いたように言った。


「体、元に戻っていない……?」


 苑の言葉に、縁はハッとして自らの体をなで回す。

 いつの間にか、体が男のものに戻っていた。


 顔を輝かせている縁とは対照的に、何故か苑は少し落胆したような顔をしていた。


「戻っちゃったのね……。女の子の縁、凄く可愛かったのに……」


 先ほどまでの女だった縁の姿を思い出したのか、苑は頬を染めて「ふふっ」と笑う。


 縁はその顔を不本意そうに眺める。

 まったく、結といい苑といい、他人事だと思って気楽なものだ。


 縁は苑の顔を横目で眺めていたが、やがて思い切ったようにその白い頬に手を伸ばした。


「でも……女になって……ひとつだけ良かったことがあった」


 問いかけるように首を傾げた苑の顔を、縁は引き寄せた。


(俺、女に生まれても、お前のことを好きになっていた……)


 目を閉じて口づけすると、女として生まれて同じように苑のことが好きで側にいる自分の姿が見えるような気がした。




2.


 苑を屋敷の近くまで送ったあと、縁は家に帰ってきた。


「なんだ、もう男に戻っちゃったのね」


 いつも通り無愛想な顔をしている縁を見て、結はがっかりする。


「……娘でよかったのに」


 不満そうな小さな呟きは聞こえないフリをする。


 それにしても、この後はどうなるのか。

 苑とそういう雰囲気になるたびに女になるのではたまったものではない。


 そもそもなぜ男に戻ったのか。

 性が切り替わる条件さえわかれば、このままでも仕方がないと思えるのだが……。


「ああ、それなら大丈夫よ」


 縁が何となく漏らした懸念に、結はあっさりと答える。


「苑ちゃんがあんたが男でも女でもどちらでも好き、あんたが自分が男でも女でも苑ちゃんのことが好き、って思った時点で二人は真に結ばれて、障害を乗り越えたことになったから。もう試練は与えられないわ」


「お前な……」


 縁は、楽しそうに目を輝かせている結の顔を横目で睨む。


「いま適当に考えただけだろ」

「失礼ね、適当じゃないわよ。けっこう真剣に考えたんだから」

「ディ〇ニーじゃないんだぞ」


「ディズ〇ーじゃないわよ、この設定はね、90年代に実写化されたあの伝説の少女漫画……」と長々と続く結の妄想は無視して、縁は昼間の苑の言葉を思い浮かべる。


(私……縁が好き……)

(もし、縁が今のままだったら……それでもいい。男の子でも女の子でも……縁は縁だもの)

(縁が一緒にいてくれるだけで、私は幸せなの)


 苑はいつも、そのままの自分を受け入れ、自分の全てを好きでいてくれる。


 自分も自意識に振り回されずに、いつかあんな風に苑に、自分の気持ちを伝えることが出来るだろうか。



「だからね、主人公は男になったことで初めて素直になれたの。長い間、ずっと思っていた幼馴染に、やっと自分の気持ちを伝えられたのね。その呪いが解けるクライマックスシーンが……」


 隣りでは、結が涙ぐみながら主人公が女に戻る瞬間を熱く語っていた。




(終)





★後書き★


こんにちは、作者の苦虫です。


最後まで読んでくれたかた、ありがとうございました。


突然、ラブコメが書きたくなったのと、

本編では狂気の毒親である結さんの可愛いところが書きたくて書いてみました。



評価、感想、忌憚のない意見をいただければ嬉しいです。

お時間があれば、感想やレビューをいただけると泣いて喜びます。



ここまで読んでいただいて本当にありがとうごさいました。

「魂恋(たまこい)」本編も、良かったら読んでみて下さいね。


苦虫




★魂恋(たまこい)本編はこちら★

https://kakuyomu.jp/works/16816452220415301194



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魂恋~たまこい。幼馴染とイチャイチャしようとしたら、女体化してしまった話~ 苦虫うさる @moruboru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ