第23話 魔王、仕事を終える
「全員ジョッキは持ったか? ……よし。じゃあティア、よろしく頼む」
「は、はい! えーっと……皆さん! '大治癒の巡回'、お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたー!!」
ティアの号令と共に、トゥース達冒険者が互いのジョッキをぶつけ合う。俺も隣に座っているティアのグラスに自分のジョッキをコツン、と当てた。
「お疲れ様です、サクさん」
「お疲れ」
ジョッキを傾けて一気に中を飲み干す。……かーっ! 仕事の後のビールが美味い! リズがおっさん臭くなる理由も分かるってもんだ。ちらりと横を見ると、ティアが甘い果実酒をちびちびと飲んでいた。うん、女子って感じでグーだよグー。
そんなわけで、'大治癒の巡回'最後の街であるハッフルパープルでの職務を終えて、俺達は打ち上げをしているところだ。いやー、長かった長かった。二週間だもんなぁ……そら長いわ。そんなに悪い旅でもなかったけど。
「ハッフルパープルでは何も問題がなくてよかったですね」
「まったくだ」
護衛の冒険者の一人が『俺……この旅が終わったら冒険者引退するんだ』みたいな事を言い出したから何かあるかと思ったんだが、本当に何もなかった。ちなみに、そいつは冒険者を止めて親衛隊に集中するらしい。親衛隊ってお給金でんの?
「それにしても、インディゴートの街は大丈夫ですかね?」
「大丈夫だと思うよ。あいつら操られていた時の記憶なかったし、ティアが浄化して回ったから後遺症もないだろうしな」
「いえ……魔王パズズの事です」
ティアがギュッと両手でグラスを掴むと、耳ざとく聞きつけたトゥース達がこちらに寄ってくる。
「心配ないですって!! 魔王なんてティアリス様の聖なるお力に恐れて寄ってこないですよ!! なんたって我らが聖女様は最高ですから!! なぁ?」
「うぉぉぉぉぉ!! ティアリス様さいこぉぉぉぉぉ!!」
「聖女様は魔王なんかより強いんだぜぇぇぇぇ!!」
「聖女様ぁぁぁぁぁ!! 愛してるぞぉぉぉぉ!!」
「ははは……」
異常な盛り上がりを見せる冒険者達を見て、ティアが引きつった笑みを浮かべた。こいつらがこうやって言うのには理由がある。それはパズズを追い払ったのは全部ティアの力だと説明したからだ。いやだって、俺が魔王サクリファイスだなんて言えないだろ。俺が魔族だって気が付いたティアは別として。
というわけで、インディゴートを救った英雄はティアで、俺はちゃんと指輪をはめて下級騎士サク・リーファイスとしてこの打ち上げに参加してるってわけだ。
「パズズの目的はティアだろ? だったら、あの街がまた襲われる事はないんじゃないか?」
「……そうでしょうか?」
「インディゴートはパズズにとって何のメリットもない街だ。むしろ襲われるのであればティアがいるハッフルパープルだろ? だが、そうなっても問題ない。なぜなら、俺がティアを守るからだ」
「……そうですね」
ティアがゆっくりと口にグラスを運び、にっこりと笑った。
「サクさんが私を守ってくれるので、何の心配もありませんね」
ティアから厚い信頼を感じる。短い時間だったけど、彼女に信用されるまでになった。これはリズに褒められるんじゃなかろうか。
まぁでも、ティアが心配になる気持ちも分かる。パズズが消えてから三日が経つが何のトラブルにも見舞われていない。リズの方から『急にパズズ軍が退却していった』ってメッセージが届いていたし、あの口ぶりだったら何かしらちょっかいをかけてくると思って警戒していたんだが、結局何もしてこなかった。
まさか'大治癒の巡回'が終わってからアクションを起こすつもりなのか? それはあまりいい作戦ではないと思う。なんたってゴールドクラウンにはパズズ軍との小競り合いを終えて帰ってきた最恐勇者がいるんだぞ? あの戦姫ならぬ戦鬼が俺みたいに見逃す優しさを持ち合わせているわけがない。
「とりあえず、今夜は盛り上がっても罰は当たらないだろ。大分ティアは頑張ったからな」
「はい! あっ、でも……」
元気よく返事をしたティアだったが、すぐに表情を曇らせ言葉を切った。
「ん? どうした?」
「……今日はお疲れ様会という事で私もお酒を飲んでいますよね?」
「あぁ。流石に今日くらいは飲んでもいいだろ? 明日はゴールドクラウンに帰るだけだし」
「あ、いえ……そういうわけではなくて……」
なんだろう。やけに歯切れが悪いな。ティアらしくもない。
「……前にサクさん言ってくれたじゃないですか? '大治癒の巡回'が終わったらお酒を飲みに連れて行ってくれるって。もしかしてこの会がそれなのかなって思いまして……」
ちらちらと俺の顔を見ながらティアが言った。あぁ、あれか。全部終わったらたくさん酒を飲めばいいって言ったら、なぜか俺がティアを飲みに連れていく事になったやつね。ティアがこの会をそれにしたいのなら別にいいんだけど、彼女の表情を見る限りそうじゃなさそうなんだよね。
「あれはゴールドクラウンの酒場でって話だったからな。もし聖女様がよろしいのであれば、それは別口でお誘い申し上げる所存だが?」
「も、もちろん! よろしいです! よろしいに決まっています!」
「なら、トゥースにはいい店見つけておいてもらわないとな」
「はい!」
おーおーティアのやつ、随分と嬉しそうだな。かくいう俺も楽しみだったりする。リズとのデートする場所としてゴールドクラウンは選択肢にもあがらないからなぁ……城下町で王女が男と二人っきりでいる所なんて見られたら、例え相手が魔王じゃなくたって大騒ぎになるからしょうがないと言えばしょうがないんだけど。だから、普段はいけないゴールドクラウンの美味い飯屋とかティアと行ってみたいんだよね。
「ですが、そんなにほいほい来てしまって構わないのですか? ほら……サクさんはその……あれなのに」
周りを気にしつつ、ティアが声を潜める。
「二週間もジェミニ王国にいて今更な気がするが……俺にはこいつがあるから大丈夫だよ」
「例のアーティファクトですね?」
「この指輪が俺の魔の気を抑えつけてくれてるんだ。リズにだって違和感を感じさせない一級品だぞ? ……だから、ティアに正体を見破られた時は心底驚いた。長司祭の名は伊達じゃないって思ったよ」
「そ、そんな……私は別に……!」
ティアが照れたようにグラスに口をつける。全く大したもんだよ。これをつけていて俺の正体に気が付いた人族はティアで二人目だ。多分、これ以上はそうそう現れないだろう。
「とはいえ、俺みたいな素性の知れない奴がいきなりティアを訪ねるってわけにはいかないよな。事前にアポイントを取っておきたいし、リンク持ってるか?」
「は、はい! 持ってます!」
「じゃあ、俺のアドレスを教えておくよ。行きたいお店と日時が決まったらメッセージを送ってくれればいい」
そう言ってリンクのアドレスを表示しようとした時、メッセージが届いている事に気が付く。誰だろう、リズかな? 城に戻ってきたって連絡でもしてきたか?
特に何も考えずにメッセージを開いた。その瞬間、ピタッと俺の中で時間が止まった。
「……サクさん?」
俺の様子が変わった事を察したティアが心配そうな面持ちで俺の顔を覗き込んでくる。だが、それに答える余裕はない。たった今目にしたマルコキアスからのメッセージが、俺から思考能力を奪い去った。
『アグリの村が何者かに襲撃されました』
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