第46話 番外編 手と手



 髪の色も性格も違う。目の色だけは同じ。私たち姉妹は物心つく前から常に一緒でした。


 たぶんこの時は6歳くらい。この頃の私たちは屋敷内を探検するのが大好きでした。

 壁一面に分厚い本が敷き詰められている部屋や、使用人たちの休憩室として使われている部屋。入ったことのない部屋にはとってもロマンがあって、私たちは夢中になっていました。


「お姉様!ここに行きましょ!!」


 とある部屋を指差す私に、ジュリアがぶんぶんと首を振りました。3階の一番東にある隅っこの部屋。


「そ、そこは、入るなってお父様が言ってたよ‥!」


「入ったって言わなきゃいいだけですわ!」


 怖いものを知らないからこそ、怖いもの知らずでいられたのです。


 私はまるで絵本の中の探検隊のリーダーでした。短剣を片手に颯爽と未踏の地に足を踏み入れるような、そんな感覚。

 ジュリアが足を踏み出そうとしなかった為、私は力強くジュリアの手を引きました。


「何がそんなに怖いんですの?!」


 私たちは同い年の姉妹。目の色は同じ。

なのにどうしてこうも性格が違うのかしら。私たち生まれた時からずっと一緒だったのよ?


 扉を開いた先には、沢山の絵が飾られていました。



「わ‥‥すごいたくさん」


「ほ、ほら見なさい!入ってよかったですわ!」


 私たちは手を繋いだまま部屋の中を駆け回りました。

屋敷全体の絵、中庭の噴水の絵、遠くに見える稜線の絵。


「きれいだね‥」


 ジュリアが目をキラキラさせているので、私はどこか誇らしげに鼻を鳴らしました。私が強引にこの部屋に入ったおかげでジュリアは喜んでるのよ!と。


 景色ばかりだったのに、ふと人物画があることに気が付きました。


「お姉様、あそこ!!」


 良いものを見つけましたわ!とジュリアの手を引っ張りました。

まるで宝箱を見つけたような気分でした。私はやはり、探検隊のリーダーだったのです。


「一体誰の‥‥‥」


 私の顔は微笑んだまま固まりました。ジュリアも同じ顔をしてました。


 その絵に書かれていたのは、幸せそうに笑うお父様と見知らぬ女の人と、私たちくらいの年頃のお兄様。そして、女の人の腕に抱かれた赤ん坊。


 幼いないながらに、サーッと指先が冷たくなっていくのがわかりました。


 私たち姉妹はまだ異母姉妹なのだと知らされていませんでした。生まれた時からずっと一緒だとしか思っていなかったのです。


 見知らぬ女性は綺麗な甘栗色の髪をしていて、お兄様とジュリアに目元がそっくりでした。目尻が下がった優しそうな顔。


「‥‥‥‥これ、お父様とお兄様、だよね‥?」


 ジュリアの言葉を聞いたあと、暫くしてから頷きました。


「‥‥‥‥そうですわね」


「‥じゃあ、この女の人は?」


 ジュリアの眉毛が下がってました。いや、いつも基本的に下がっていますけど‥見ているこちらが胸を締め付けられるような顔でした。


 絵を見た途端に、幼いながらに何かを察してしまいました。


 私たちが知っているお母様はどうしてこの絵にいないの?私は何でこの絵に描かれてないの?お兄様とジュリアにそっくりなこの女の人は誰?


 私、ジュリアとちがうの?



「ア、アリー‥」


「‥なんですの?」


「‥‥泣かないで」


 失敬な。この時の私は本当に泣いていなかったのです。どんな顔をしていたかは分かりませんけど、泣かないでと言われる筋合いはありません。


 ムッと唇を尖らせながらジュリアを見ると、ジュリアはポロポロと泣いていました。


「なっ‥‥」


 私の手を握るジュリアの手が小さく震えていました。お互いの指先が冷たくて、身震いしてしまうほどでした。


「‥‥アリー、わたし‥‥」


「‥‥‥」


 幼かった私たちは、自分たちの感情の訳がわかりませんでした。



 2人が揃って絵に描かれていないのが嫌なのか、ずっと一緒じゃなかったと気付かされて悲しいのか、絵の中のこの女の人がもういないのかもしれないと切くなったのか、理由は分かりません。


 ただただ、まるで離したくないとでも言うかのように‥繋いだ2人の手に力が篭ったのでした。



「あっ!ーーもう!!30秒数えている間にこんなところに隠れているなんて!こんな広いお屋敷でかくれんぼをするなんて、やはり私の不利ですよ。‥‥って、何をしんみりなさって‥‥」


 当時15歳ほどだったスーザンはこの頃からクールでしたが、私たちの心情を察するのに長けた人でした。


「‥‥‥アリーとね、一緒がいいのにね、」


 スーザンは切れ長の瞳をジュリアに向けたまま、ジュリアの言葉を待っていました。


「‥‥アリーと、わたし、ちがうの?この女の人はだれ‥?なんでこの絵に‥お、お母様と、アリーがいないの?」


 ジュリアが声を出すたびに、私の手は強く握られました。



「‥‥私が詳細を話していいのかは分かりません。‥‥ですが1つ言わせて頂きますと‥‥。人は皆ちがう生き物です。ジュリア様とアリー様は元からちがうのです」


 私たちは2人して、ガーンとショックを受けていたに違いありません。


「だからこそ手を取り合って生きていけるのですよ」


「「?」」


「ジュリア様はアリー様が容姿も中身もジュリア様と全く同じだったらどうですか?」


「‥‥いやだ、アリーがいい‥‥」


「アリー様は?ジュリア様がアリー様とぜんぶ同じだったらどうですか?」


「‥‥!わ、私はどっちだって構いませんわ!!‥でも、わ、私が2人いるとたくさん喧嘩してしまいそうですわ」


 スーザンは私たちの意見を聞いて小さく笑いました。


「ほら、違くて良かったじゃないですか。寂しくなったら手を繋げばいいのです。あなた達はその為に一緒にいるんですよ」


 その言葉に、不思議と安心感が湧きました。

違くてもいいんだ。手を繋げばいいんだ。そう思ったら嫌な気持ちが吹き飛んでくれたのです。


 私たちは、2人とも頬が緩んでいたことでしょう。

この頃から私たちは2人ともスーザンが大好きなのです。



「‥ア、アリー‥手、繋ごう」


「‥‥もう繋いでるじゃありませんの!」


「こ、こっちの手も」


「‥‥‥?」


「わ、もっとくっついた‥!」


「こ、これじゃ歩きにくいですわ‥!!」


 私たちはこの日以降、今まで以上に手を繋ぐようになったのでした。

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