第34話 ドッカーンですわ


 お父様が帰宅するなり、わざわざ私に「今日仕事が終わったらレックス卿が来るそうだ」と伝えにきました。

 え?何故私に言うんですの?という質問は、もちろんお父様にぶつけましたわよ、ええ。


 そしたら、咳払いをしていなくなってしまいましたわ。いったい何なんですの‥。スーザンは後ろで小さくガッツポーズをしていた気がするんですが気のせいですわよね?


 結局何が何だかわからないまま三日月が夜空を照らした頃、レックス様は我が家にいらっしゃいました。応接間に案内したということで、私も応接間に呼ばれたのです。‥ええ、ですから‥‥何故私が‥?状態です。


 まだ惚れ薬について何の証拠も掴めていませんし、できれば顔を合わせたくないのですが‥。ジュリアではなく私に会うという理由はなんなのでしょう‥。


 応接間に入ると、いつもよりも少しだけカッチリとした服装のレックス様がいました。普段から質の良いものをお召しですが、仕事後の姿はそういえばこの時初めて見たのです。


「あ‥アレクサンドラ嬢、遅くに悪いね」


「いえ、大丈夫ですわ」


 レックス様に断りを入れてから向かいのソファに腰を掛けます。いつもよりも少しだけ真面目な雰囲気を感じ取り、少し心構えをしました。


 ‥何かジュリアに関する相談事でもあるのかしら?


「‥‥その」


「‥はい」


「‥‥‥アレクサンドラ嬢はいま好いている男性がいるよね」


 ーーーーーは?

なんですのこの方。どういう切り出し方をしていらっしゃるのかしら。


「どういう意味でございますか‥?」


「いや、そのままの意味だよ」


「そうではなくて、その質問の意図です」


 扇子をぴしゃりと閉じました。レックス様は紅茶を啜りながら、私をじっと見ています。

 漆黒のさらさらの髪から覗く、宝石のような碧眼。この瞳で真剣に見つめられるとたじろいでしまうのは私だけではない筈。


「‥‥今の時点で君がどんな恋愛をしようと口を挟む権利はないけど、でも‥‥。はぁ、率直に言おう。惚れ薬を使うのはどうかと思う」


「‥‥‥‥‥は」


「惚れ薬を使わないと君の魅力に振り向けない男なんて、価値がないよそんなやつ。それに薬は効果がモノによっても人によっても違うから、君が使うなんて危なすぎる」


「‥‥待ってくださる?ちょっと、何を言ってるのかわからないわ‥‥」


 何故貴方に惚れ薬についてお説教を受けなくてはならないのでしょう。でもそんな怒りよりも、クエスチョンマークが頭の中に飛び交っていて非常に混乱しております。


「何を言ってるのかわからない?単純なことだと思うけど。

惚れ薬は使うべきじゃないって言ってるんだ。ちなみにその男もやめとけ。たぶんクソ野郎だから」


「‥‥‥‥それが理解不能なのです。何故私が惚れ薬を‥‥?」


「何故って‥‥惚れ薬を欲して、探しているんだろう?」


 一気に繋がりました。ペリング伯爵ですわね?なんという勘違いを‥‥。あーー、もしかして、惚れ薬を使うなんて危険だから身近な人に見守ってもらおうかな‥という流れでレックス様が聞いたのかしら?!流れについては納得しましたわ!ふー、混乱が解けました。しかし‥


「あはははは‥‥はー、おかしいですわね」


 笑いが止まりません。


「な、何がおかしいんだよ。俺は本気で‥」


「惚れ薬が危ないものだとわかっていらっしゃるんですよね」


「もちろんだろ!だからこうして‥」


 私はジト目でレックス様を見ました。今度はレックス様が段々と頭にハテナを浮かべはじめています。


「‥‥本来は決定的な証拠を見つけてから問いただす予定でしたのに」


「‥‥証拠?」


「自分のことを棚に上げて人様に説教をなさるなど、どうかと思いますわ!!」


「‥‥え、棚‥?」


 この時の私はまるで推理小説の名探偵でした。最後の章で油断していた真犯人のお顔に指を刺すシーンでございます。


「ええ。すっとぼけなくて結構です!!ブツを出したらいいのではないですか?!」


「‥‥え、ブツ‥?」


「そうですわ。長期間作用する惚れ薬‥持ってらっしゃるんでしょう?!ふふっ、そこまでは嗅ぎつけているのです!さぁ、早くお吐きになって?」


「‥いや‥」


 レックス様が珍しく混乱しています。まさかバレると思っていなかったのでしょう!!いい気味です!!


「ですから、すっとぼけないでくださいませ!」


「‥‥いやすっとぼけるも何も‥身に覚えがないんだけど」


「いやいやいやいや。私の目を見てよくそんなことが言えますわね!」


「え」


「この私に、お使いになられたでしょう?!」


「‥‥‥はい?」


 まだ惚けてらっしゃいますわ。ふふ。

いつまでそうしているんだか。ここにはスーザンもいますから、暴れたって無駄ですわよ?今のところ暴れそうにもありませんが。


 あれ?スーザン両手でお顔を隠して‥‥どうしたんでしょう。凄く困ったような、それでいて恥ずかしがっているような、呆れているような、そんな様子ですわ‥‥何故?そういえば惚れ薬のこと、スーザンには詳しく説明していなかったわね。ペリング伯爵とのお話の際も、少し離れてもらっていました。


「‥‥順を追って説明して差し上げますわ。

まず、お猿と戦ってくださったあの夜!いえ、もしかしたらその前からかもしれませんが。レックス様、私に惚れ薬を仕込みましたわよね?」


「‥‥」


「‥そして、それは長期間作用が続くものなのです!!おかげで私は貴方の顔ばかり浮かんで、困っています!!」


「‥‥」


「どういうつもりかわかりませんが、仮にも婚約者の妹に対して‥やっていい悪戯とやってはいけない悪戯くらい分別がつかなければいけませんよ!!‥‥‥‥ですから、早く渡してください!!」


「‥なに、を」


「解毒剤です!早く惚れ薬の成分を抜かなくては!!」



 レックス様を見た。

顔全体を両手で覆って全力で項垂れてますわ。ふん、悪事がバレて恥じているのね。


「‥‥‥アリー様、もうおやめになってください‥」


 スーザンが力なくそう言いました。

私は満面の笑顔をスーザンに向けました。やってやったわ!の顔です。


 それにしても、レックス様いつまで項垂れているおつもりかしら。見えている肌がぜんぶ赤くなっていると言っても過言ではないわ。


「‥‥‥ないです、解毒剤」


「なんですって!!ではどうしてくださるの?!」


「‥はーーーーーーーーー、待って無理‥‥‥‥」


 一向に顔を上げないレックス様。何が無理なのかしら。


「‥‥お姉様に無駄な心配をかけたくないので、お姉様には言いません。ですが、いまのレックス様はお姉様の婚約者には相応しくないですよ。私はいま2人を応援したいと思えませんわ」


「‥‥婚約は解消するのが決まったよ」


「え?!?!そうなんですの?!?!」


「‥‥あぁ」


 レックス様がふらっと立ち上がった。まるで高熱が出てるみたいね。よっぽど私の成敗が効いたんだわ!


「もうお帰りになられるんですの?」


「‥あぁ、悪いけど今日はちょっと死にそう」


 ーーーやったわ!やりましたわ!!ついにレックス様に一泡吹かせました!!


「そうですか。‥解毒剤に関してはしっかり責任取ってお調べになってくださいね」


 レックス様は私を横目に見た。応接間からでる間際のこと。


「‥悪いけど、俺‥惚れ薬使ってないから‥解毒剤もわからない‥」


「‥‥‥‥‥え?」


「‥‥今日はもう、なんていうのかな。理性崩壊する前にとっとと帰りたいんだ。わかってくれるかな‥」


「‥‥‥‥え?」


「‥‥第一、長期間効く惚れ薬なんて、多分この世にないよ‥‥じゃ、また」





ーーーーーーーーーーーーん?!



 パッとスーザンを見ましたが、一瞬で目を逸らされました。


「‥‥スーザン」


「‥‥‥どうして私にご相談してくださらなかったのですか。私が近くにいながら、惚れ薬を仕込まれるとでも?貴女は単純にレックス様に惚れた、そしてそれを恥ずかしげもなくご本人に告げた。それだけのことです」


 バッゴーーーーーン、っと私の脳が爆発した瞬間でした。

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