第30話 麻痺*レックス視点
まるでひとつの物語が終わったかのような、そんな空気だった。
アレクサンドラ嬢は眠り、真実の愛により目を覚ました。ね、御伽噺みたい。
だけどこの物語はまだ終わらない。終わるにはまだ色々問題が残ってるからね。
「‥レ、レックス。先程の、その王家への貸し、というのは」
マティアス殿下が咳払いをしている。少し気まずそうな表情にも見えるけど、彼は基本的に人間性ができてる。リーダーシップもあって、正義感に満ち溢れてて、懐も広い。だから彼は順番を間違えることなどない。
「殿下は運命を信じる方でしたよね」
ここはノーランド家の広間だった。目覚めてよかったおめでとう!という祝賀なのか、アリーの為に協力してくれてありがとう!の慰労会なのか、いつの間にかこれでもかというほどのパーティーになっていた。
アレクサンドラ嬢は本当にただただ眠りについていただけなので体の調子もすこぶる良さそうだ。眠っていたのは半日くらいだろうか。
今は夕刻、俺も殿下もノーランド家の盛大なおもてなしを楽しんでいるところだった。
ちなみにデリック男爵とクラリッサ嬢は後日改めて正式に裁くということで、先程衛兵が2人の身柄を拘束していた。勾留されている間に少しは反省すればいいけどね。特にあの娘。
「お、俺は、そうだな。運命を信じるタイプだ!!」
殿下は純粋で力強くて男らしい。でも華奢だし下手すりゃ美少女に見間違えられる容姿をしているからギャップがすごい。顎のラインくらいまである金髪にビー玉のような碧眼。声は太めだけど、ドレスを着せたら紳士達が求婚しにくるんじゃないか?
「で、運命の方が見つかったんですよね」
もう誰が見たってすぐ分かる。殿下ともあろう人が、ジュリア嬢の涙を何度も何度も拭いていたり、ジュリア嬢の心が折れないように渾身的に支えてた。
俺としては本来怒るべきなんだろうけど、困ったことに俺も自分の気持ちに気付いてしまった。すぐにノーランド侯爵や自分の父親に頭を下げて婚約者を変えてもらいたいところだけど、俺は国家に貸しを作らなくてはならない。
「っ‥‥‥!!悪い、レックス‥!!お前の婚約者だって知った時点で好きになっちゃダメだとわかってたのに!!俺の好みドンピシャなんだ!!!」
あまり大きい声を出さないでほしい。
「‥‥では、俺は殿下から婚約者を横取りされるっていう立ち位置でいいですか?」
「‥あ、あれ?いいのか、そんなあっさり‥」
「俺もジュリアさんも政略結婚として割り切ってたので特別な感情はありません。ただ‥公爵家嫡男ともあろう俺が婚約破棄されるわけですから‥公爵家の名にも傷はつきますし、俺のプライドだって、ねぇ?」
本当はプライドなんて傷付かない。だって俺も、婚約破棄を望んでる。だけどこういう流れにしなくては王家の力を使えない。
「わ、わかった!!なんでもする!!父上にも全力で頼み込む!!ドレイパー公爵家にも全身全霊で一生を掛けてーー」
「いやそれは大丈夫です」
「え、」
「家とか俺に対する詫びとかは要らないので、消費者関連全力でよろしくお願いしますね」
「え、え?あ、ああ、分かった!約束する!」
「約束ですよ。じゃあ、話もひと段落ってことで、ちょっとアレクサンドラ嬢のところに行ってきますね」
俺は遠くでジュリアさんや侍女たちと戯れているアレクサンドラ嬢を視界に入れた。よかった、目を覚まして‥。思わず小さく笑みが溢れる。
そもそも俺は、自分を顧みずに噂を流したアレクサンドラ嬢にひと言物申す為にノーランド家に来たんだ。そしたらたまたま呪いにかかっていたんだけど‥。
「レックス‥お前まさか‥」
俺の視線を見て、殿下は口をパクパクさせていた。
どうやら俺の気持ちに気付いたらしい。アレクサンドラ嬢が眠っている時もアレクサンドラ嬢の為になんやかんや話をしてしまっていたし、俺の好意は早くも周りにバレバレなのかもしれない。
「約束しましたよね」
俺がアレクサンドラ嬢を好きならば、本来ここまでの“貸し”にできない。お互いwin-winで婚約破棄するならば貸しなどいらないからだ。
だけど俺たちはもう約束を結んだ。例え口約束だろうと、殿下は男気溢れた真っ直ぐな人。一度結んだ約束を破れない人だ。
「お、おまえ~相変わらず黒いなぁ!」
「じゃ、よろしくお願いしますねー。期待してますよー」
俺はそう言って殿下の側を離れた。
黒くて結構。これは自分の為じゃないし、訪問販売なんかで後悔してる人たちみんなが救われること。そしてアレクサンドラ嬢を危険に晒した親子の成敗に繋がることだし。
俺がアレクサンドラ嬢の元にいくと、ジュリア嬢も侍女達もそーっとその場を離れていった。みんな俺とアレクサンドラ嬢がくっついて欲しいと思ってるのバレバレなんだけど。
「な、なんですの?!なんで離れていくのよ!!」
アレクサンドラ嬢は状況がわからずにアタフタしている。‥可愛い。
「アレクサンドラ嬢、目覚めてよかったです」
「あ、あぁ、あの‥。ご、ご心配おかけしたようですわね!!」
扇子で口元を隠しているけど、目線は真横を見ていて俺を見ようとしない。本当恥ずかしがり屋だなー‥。
こういう表情を見てると、ちょっとちょっかい出したくなるんだよね。困らせたくなる。‥こういうところが黒いと言われる理由かな?
「ねぇアレクサンドラ嬢」
「‥な、なんですの?!」
「アレクサンドラ嬢って俺に熱烈に恋してるの?」
「!!!!!!!!!!!」
アレクサンドラ嬢のふわふわの金髪が一瞬で全て逆立った気がした。本当に猫みたいだな~。全力でびっくりした時の猫。次第に顔がこれでもかというほどに真っ赤になっていく。
俺はそんなアレクサンドラ嬢を見てるのが面白くて、笑いが溢れてしまった。
「光栄だなー」
「ち、ち、違いますわ!!!そんなの誰かが流したデマですわ!!」
「誰かが?‥って、誰だろうねーー」
じーっとアレクサンドラ嬢を見つめると、アレクサンドラ嬢は口元の扇子をそっと眉の位置まで上げた。なにそれ。視線回避してるの?そんな方法で?
しっかり者の筈なのに、こういうところ見せられるとキュンとしちゃうよね。
「と、とにかく!!そんな情報間違いですわ!!」
扇子で全てを遮断しながら彼女は言う。
「‥‥えーー。残念。嬉しかったんだけどなぁ?」
アレクサンドラ嬢は扇子で顔を隠したまま固まっていた。扇子を持つ手まで、全て真っ赤だ。
あーー、可愛い。いやー、どうしよう。俺、他人に興味なかったのになぁ。なんかこう、なんていうのかな。今までの俺を作り上げてきた脳みそとか心とかがビリビリと麻痺したみたいだ。もう今までの俺には戻れない気がする。
「な、何を言ってるのかわかりませんわ!!あ、あらそうでしたお母様に呼ばれてたんでしたわ!では失礼!!!!!」
アレクサンドラ嬢はシュバッとその場から勢いよく去っていった。扇子で顔隠したまま歩いたら危ないよー。
あんな噂を流したことに物申そうとしたけど、まぁいいか。アレクサンドラ嬢は今のやり取りのせいで後悔してくれてるかもしれないし、可愛かったし。
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