第29話 パンドラの箱*ジュリア視点
それぞれが思いつくものをアリーの体に乗せた。だけどアリーは目を覚さなかった。
目覚めの鍵が分かったからといって冷静になっていた私は、段々と焦っていった。これも違う。あれも違う。アリー、アリー‥‥。
どれだけ時間が経ったのか分からない。屋敷中が慌ただしかった。アリーに由来するものをみんなが探して持ってきた。だけど見つからない。全然見つからない。
気付いたら息をするのが苦しかった。私はまた嗚咽を漏らしていたみたい。
ぼろぼろと涙が溢れて、呼吸は浅くて苦しくて、鼻水も止まらない。なんで、なんで?アリー‥‥
「落ち着いて、ジュリア嬢」
侍女たちの声も聞こえてたけど、反応できなかった。マティアス殿下の声で、やっと私は我に返った。
「‥殿下‥‥」
我に返ったけどまたすぐに意識がぐるぐるしそうになる。
だってさ、だってさ?なんでアリー、目を覚さないの?私だって何個も候補を持ってきたし、みんなだって沢山持ってきた。
初めての靴、初めてのティアラ。あのときのリースや、アリーお気に入りの化粧品まで。
「‥アリー、が、目を、覚さなかったら」
またブワッと涙が溢れて、苦しくて苦しくて、あぁこれが“絶望”なのかと思った。
「希望を捨てるな。大丈夫だ」
マティアス殿下の声は力強い。きっと年下のはずなのに、どうしてこんなに落ち着いてるんだろう‥
レックス様はただじっとアリーを見ていた。そしてゆっくりと口を開く。
「‥ジュリアさんもアレクサンドラ嬢のことが大好きですよね」
「え‥‥?それは、もちろん‥」
「‥‥‥俺は、2人の仲には入り込めないですよ。どっちもお互いが好きすぎて本当馬鹿なんじゃないかと思います」
「えっ」
「アレクサンドラ嬢は自分を犠牲にすることを厭わなくて損してるのも気にしてないし、ジュリアさんは目先のうまい話しか見てなくて本質を捉えられてない」
「‥ほ、本質、ですか?」
「‥アレクサンドラ嬢の首を絞めればアレクサンドラ嬢が幸せになれる。だから首を絞める。これ、どう思いますか」
「それは‥そんなの、幸せなんかじゃ‥」
「でも実際今そうでしょ?幸せを見つけるのと引き換えに目覚めていない。このままずっと目覚めないかもしれない。
アレクサンドラ嬢を本当に好きで、心から幸せになってもらいたいと思ってるのは分かります。だからこれからは、アレクサンドラ嬢にとって不利益がないかどうかを第一に考えください」
私はすぐに声が出なかった。
アリーの幸せ、そればかりに食い付いてた。
ーー不利益。
その言葉はずっしりと重くて‥だけど確かにそうだなと思った。いまアリーが目を開けないのは私のせいだ。私が、不利益に目を向けないで、“幸せ”だけに気を取られて買ったから。
マティアス殿下が私を庇うようなことを言っていたけど、私はもうそれに反応することができなかった。
泣くのも恥ずかしい。泣く資格もない。だから唇を一本に結んだ。
だけどマティアス殿下が私の顔をしきりに拭いていたから、涙は流れてしまってたのかもしれない。
その時だった。
ずっと動き続けていたスーザンが、白い箱をひっくり返した。
「パンドラの箱っ!!!!」
と、声をあげながら。
中から出てきたのは、私が買ったものばかり。ヘアブラシもそうだけど、プレゼントする前にアリーから没収されたものたち。スーザンは、ひっくり返した箱の底を覗き、大きなため息を吐いた。
「‥‥ここにありましたか‥。
ーーーパンドラの箱とは、禍いが詰まったもの。でもその箱に残ったもの‥それは、希望なのです!」
そう言って、スーザンは箱の底からベリッと何かを剥がした。
「こんなところに隠してたなんて何から何までいじらしい!!!」
ど、どうしたんだろう、スーザン。
スーザンは何かの紙を手にしたまま、アリーのお腹にそれを置いた。
ただの紙の切れ端。高価なものでもないし、“幸せ”な何かでもなさそうなのに‥
アリーは何事もなかったのように、両手をあげて起き上がった。
「ーーーふぁぁぁ‥‥なんかよく寝た気がするわ‥‥‥‥ん?!
えっ?!え、え?!な、なんなんですの皆様‥え、えぇ?!」
みんな、心底ほっとした顔をしてた。同時に“何で”目覚めたのかみんながアリーに詰め寄る。アリーのお腹に置かれた紙を手に取って、みんなが同じ反応をした。
ながーーーーーーーーーーーーーいため息。
一体なんだったんだろう。私もその紙を見に行った。
「え、なに?!なんなんですの?!」
アリーと私が紙を掴んだのは同じタイミングだった。
目にした途端に全身の血管が沸騰したような気がした。
いつの日か、アリーに渡した初めての手紙。
せかいでいちばんだいすきだよ
だけの手紙。‥‥‥これが、アリーの一番の幸せ‥。
今日何度目か分からない涙が溢れた。
「お、お姉様?!というか、なんでこれがここに?!そして皆様は何故ここに?!本当に‥誰か説明してくださいませ!!!」
高価なものでもなんでもない。
等身大の私の気持ちを、アリーは幸せだと感じてくれてた。
「‥ぅ、ぅうううわああああああん、うううううああああ、アリィィィ、ううう、アリィごめぇぇぇぇぇぇぇええええんんん、うううううああっ」
私はこの日、人生で一番泣きました。
そして、誓ったのです。アリーをもう危険な目に合わせないと。
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