第26話 健気な子


 天蓋付きのベッドに横たわるアレクサンドラ。彼女の部屋には多くの人々の姿があった。


 何故曰く付きの代物を持っているんだと彼女の父は嘆き、スーザンが「来月の闇市で売り捌こうとしていた」と正直に伝えると、それはそれで父はまた嘆いた。


 彼女の母は使用人にデリック男爵とクラリッサ嬢を呼びつけるよう命令し、国一番の呪術師と牧師のことも屋敷に呼びつけた。意外にも母はとても冷静沈着だった。


 彼女の兄は事情を知るなり腕を組んだままアレクサンドラの姿を凝視し続けていた。彼は無表情なうえに寡黙な為、彼の真意はわからない。


 彼女の姉ジュリアは、それはそれは目も当てられない状態だった。滝のような涙を流しながら「‥よりによって、喧嘩したままなんて、いやだぁ」と彼女が泣くと、スーザンは「死んでません」と彼女を諌めた。「戻ってきてぇぇ」とアレクサンドラの体を揺さぶるが、その力が強過ぎてアレクサンドラのドレスは破れた。周囲の人たちに押さえつけられるものの、ジュリアは泣き叫び、「いやだいやだ」と泣いて大暴れをした。母はそんなジュリアの元に行き、首の後ろに手刀を喰らわせた。ふっ、と意識を失ったジュリアを抱きとめて、「少し寝かせておきなさい」と侍女に申しつけた。


 スーザンは自分を激しく責めていた。こんな危険なもの、せめて自分の部屋に置いておけばよかったと悔いた。アンナが臨時でアレクサンドラの侍女になった時点で伝えるべきだったと何度も思った。だがアレクサンドラの父やジュリアの対応に追われ、死にそうな顔をしているアンナの背中も摩り、てんやわんや状態だった。


 ジュリアが手刀を喰らって自室に戻った後に部屋に入ってきたレックスは、アレクサンドラを見て心を痛めた。彼女がこうなってしまった理由は詳しく知らないが、いつも勝ち気な彼女の顔は、今はとても穏やかで静かだった。駆け寄って揺さぶりたい衝動を抑えた。目を開けて欲しいと切に願う気持ちは、将来の義理の妹に対するものではないと彼もとうとう気付いてしまった。


*レックス視点


 俺はアレクサンドラ嬢の侍女に声を掛けた。彼女はスーザンというらしい。


「‥‥そもそもそのヘアブラシ、アレクサンドラ嬢が買ったんですか?」


 俺がそう言うと、彼女の侍女は首を横に振った。


「‥‥ジュリア様が購入されたものです。その白い箱に入っているもの全て」


 侍女は小さな声で教えてくれた。ジュリアさんが購入したもの‥。なんかこう、ガラクタのようなものばかりだな‥。この間の社交パーティーの時の黒い物体まである。なんか頭皮に良いとか何とか言ってたやつ‥


「なんで呪われの品なんて買ったんだろう‥」


 ジュリアさんは気を失って自室で寝ているから、本人に聞きたくても聞けない。


「分かりません。商人の娘のクラリッサ嬢という方がいまして、ジュリア様はクラリッサ嬢からこういったガラクタ達を沢山買ってしまわれるのです。それも、全て高級品です」


「‥どうしてそれらがアレクサンドラ嬢の元に?」


 侍女は俺を見て少し躊躇ったものの口を開いた。そもそもジュリア嬢の婚約者である俺にこんな話をするのは普通はありえないと思うけど、この侍女は俺に事実を知って欲しいと思っているのかもしれない。


「‥‥ジュリア様から敢えてそれらを奪っているのです。発毛剤をジュリア様から奪う代わりにヘアオイルを渡したり、金の眼鏡置きの時にはピンクダイアモンドが施されたイヤリングケースを渡していました」


「何故‥」


 何故って自分で言っといてなんだけど、だいたい理由はわかる。だけど思わず聞いてしまう。‥なんでこの人、こんなに姉が好きなんだよ。


「ジュリア様が恥をかかないように、ジュリア様が良いアイテムに囲まれて過ごせるように。ドレスやアクセサリーもそうです。自身が気に入って買ったものも、ジュリア様のガラクタ達と交換して簡単に渡してしまうのです」


「‥‥」


「購入しないよう目を光らせていますが全てを防ぐことは難しく‥まぁ今回のことで、ジュリア様も少しは考えて買い物するようになるかもしれませんが‥‥って、すみません。ジュリア様のご婚約者さまに向かって」


 侍女がそう言って謝るけど、正直彼女の顔から反省の色は見えない。


「‥‥君、もう俺のことジュリアさんの婚約者っていう立ち位置で見てないでしょ」


 まるでアレクサンドラ嬢のことを理解してと言われているようだった。そして俺はまんまとその策略にハマった。アレクサンドラ嬢の顔を見ては、ため息が出る。生意気そうな勝気な顔をして強気な発言ばかりして、どうしてそんなに健気なんだよ。


「‥‥私は自分の主人の幸せを一番に考えているだけです」


「‥‥はは。素晴らしいことだね」


 アレクサンドラ嬢への自分の気持ちを理解すると共に、どうすれば目を覚ますのだろうと焦りと不安に苛まれる。それと同時に、静かに沸々と燃え出す怒り。

 クラリッサ嬢と言ったよな。どう考えてもタチが悪い。ジュリアさんはきっと口車に乗せられて買わされてしまうんだろう。ジュリアさんも悪いけど、クラリッサ嬢はそれに付け込んでる。


 ‥‥さーて、どうやって懲らしめてやろうかな。

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