この城からお暇しましょうか。


 朝。スッキリと目覚めて、気付く。


 昨夜の夕食後からの記憶が曖昧だ。


 どうやら、出された白ワインが美味しくて少々飲み過ぎたようだ。


 恥ずかしい・・・


 そして、今日もまた晴れ渡る快晴。


 吸血鬼という噂があった領主のサファイアだが・・・まあ、十中八九ガセだろう。


 そもそも、彼女が領主になってから不作続きというのも、偶々のことだ。領主へ就任して二年目というのだから、とんだ濡れ衣と言ったところ。


 そりゃあ、二年続けて不作という年くらいあるだろう。凶作で飢饉が起きるというレベルでもなく、もし飢饉が起こったとしても、城に備蓄してある穀類で数ヶ月程は近隣住民達が暮らせるという。


 そんな風に領民のことを考えているサファイアは、紛れもなく優秀な領主だと言える。


 信憑性の無い噂で彼女を疑ってしまったことを、恥ずかしく思う。


 もう、この城に用は無い。


 この陽気なら、道もすっかり乾いていることだろう。今日、城を出立しよう。


 そう考えながら、支度を整えて食堂へ。


 相変わらず豪華な料理が並ぶ朝食の席で、サファイアとフィン君へいとまを告げる。


「そうですか。では、お気を付けて」


 にこりと微笑むサファイア。


 その瞳は、やはり・・・サファイアという名前に・・・そぐわない・・・・・美しいエメラルド・・・・・。なぜ、彼女にサファイアと名付けたのか、不思議に思う。


「ひをふへへれー」


 もごもごと行儀悪く、なにかを話すフィン君。


「フィン君、行儀が悪いぞ?」


 もぐもぐ、ゴックン!


「バイバイ、テオ。気を付けてねー」


 こうしてわたしは、吸血鬼の住むという噂の城の真相を確かめた。


 領主のサファイアは吸血鬼などではなく、見事な空振りだったワケだが・・・


 不当に苦しめられている人がいなかったことを、今は喜ぼうじゃないか。


 きっと、これも良い経験だろう。


 わたしの目標は、偉大なる先人達のように、人を救えるような人物になることだ。


 まだ、人を救ったことは無いが・・・


※※※※※※※※※※※※※※※


「・・・ようやく、あのポンコツ神父が出立しましたか」


 冷ややかな視線で階下を見下ろすのは、ドレスから普段着の執事服へ着替えたヴァン。


「あははっ、もうっ、ヴァンってば辛辣なんだからっ♪ポンコツなんて言ったら可哀想だよ~」


 クスクスと笑うフィン。


「事実だと思いますが? 貴方が近くにいて、全く反応しないだなんて、鈍いにも程がありますよ。だって貴方、教会には邪悪なモノ・・・・・だと認定されているでしょう? ホーリー・ヒュー」

「えへっ☆」


 にぱっと、いい顔で笑うフィン。


「それを、妖精や・・・悪魔と・・・称される・・・・こともある貴方を、お菓子で餌付けするとは・・・あの神父、鈍い上にポンコツで、悪魔祓いの才能が欠片も無いアホですね」

「え~? 問答無用でボクらのこと消しに掛かる悪魔祓い師エクソシストなんかより、テオの方が可愛いと思うな♪たっくさんキャンディくれたし♪」

「そう簡単に消されるような貴方ではないでしょうに」

「まあねー♪」


 フィンは、人間に取り憑いて悪さをするようなちゃちな存在ではない。


 エクソシストを行う教会という組織ができるより以前から存在しているモノだ。なので、フィンには教会の言う神の威光など、効きはしない。けれど、だからこそ教会は、フィンを邪悪な存在として認定している。


 ヴァンはそんなフィンとは数百年来の友人で、十数年前からとある契約によって、フィンの従者となっている。


 悪魔と称されることもあるフィンと、そんな彼の従者という立場のヴァン。


 ヴァン自身は悪魔や魔女とされる存在ではないが、神や天使、聖霊以外の存在を異端とする教会とは、下手に関わると面倒なことになるのは必至。なので、なるべく接触はしない方が賢明だ。


「普通の神父として、あんまり危ないことしないで暮らせばいいのにねっ☆」

「まあ、通常の神父としてならば、あのテオドール神父はいい人だと思いますよ。少々思い込みが強そうで、間抜けではありますけど」

「あははっ☆テオみたいな聖職者が増えたら、ボクらももう少し楽なんだけどねー♪」

「では、マスター。そろそろ彼女達へ挨拶をして、この城からおいとましましょうか」

「・・・美味しくて豪華なご飯がっ・・・」

「では、さっさと行きましょう」


 絶望したような顔をするフィンを醒めた瞳で放置し、ヴァンは部屋を出るべくドアを開けた。

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