ふぁいっ!? 可及的速やかにっ!?


 村人達は帰ったようだ。


 それにしても、神父が彼らと一緒にいるとは厄介な・・・顔を出さなくて正解だ。と、階下を見下ろしながらヴァンは思った。


「さて、マスター」


 仏頂面でベッドに座るフィンを見下ろす。


「・・・」

「サファイア様とのお話は如何でしたか?」


 この質問に、キッと鮮やかなエメラルドを見上げる深い黒の瞳。


「ヴァンのイジワルっ!? ボクのこと放っといてなにしてたって言うのっ!?」


 ぷんすか怒るフィンに、放っとくもなにも、出て行ったのは自分だろうに・・・と、若干イラっとしつつ、ヴァンは顔には出さないよう努める。


「久々にのんびりさせて頂きましたね」


 どこぞのアホがいないと、部屋が静かでとても快適だった。とも、口に出さない。顔には出ているかもしれないが。


「むぅ・・・ヒドいよヴァンっ! なんで追い掛けて来てくれなかったの~っ?」


 面倒だからに決まっている。と、言うと更に面倒になるので、ヴァンは舌打ちを堪える。


「・・・では、マスター。私がマスターを追い掛けていたら、どうしていましたか?」

「え? それは……う~ん……追い掛けて来ないでよっ! って言ってたかも?」

「それなら、私は追い掛けるのをやめていますね。なら、最初から追い掛けない方が無駄な労力は使いません。あのとき、マスターを追い掛けなくて正解でしたね」


 冷ややかに見下ろすヴァンに、


「え? 違っ、そうじゃなくてっ! そういうときはちゃんと追い掛けて来てよっ!?」


 慌てるフィン。そして、


「・・・それは、マスターの命令を無視しても良い。ということでしょうか? なら、これからは心置き無く、存分に、無視させて頂きますね?」


 にっこりと極上の笑みを浮かべたヴァンが、


「そ、それはダメ~っ!?!?」


 フィンの言葉ですっと真顔に戻る。


「では、私にどうしろと?」

「え? ぅ~ん……あっ、いいこと思い付いたっ♪ボクが命令って言わないときは、追い掛けて来てよっ! ね、それならいいでしょっ☆」

「チッ……」


 面倒くさい、このアホはっ……と、思わず舌打ちが出てしまうヴァン。


「ああっ!? 今舌打ちしたっ!? っていうか、その目っ! バカを見るような視線っ!?」

「ああ、気のせいですよ。マスター」


 ふいと視線を逸らすヴァン。


「目ぇ逸らしたぁ~っ!?!? しかも棒読みで~っ!?」

「では、マスターが命令という言葉を付けないお願いであれば、私はマスターの言葉を無視しても良い。ということで宜しいですね? マスター」


 一度は逸らされたエメラルドが、もう一度フィンを見据える。その視線の強さとガチの本気が漂う言葉に、フィンは固まった。


「え? ぇ~……と? ヴァン?」

「では今後、命令と付けないマスターの言葉は無視することにしましょう。マスターのアホ話やアホな言動に付き合うのは、本当に面倒なので助かります。ああ、命令なら聞きますので、これからは私と話をしたいときには、会話しろと命令をしてくださいね? マスター」

「だっ、ダメぇ~~っ!? そんなのっ、今の・・この状況・・・・よりヤ~だ~っ!?!? やめてよヴァ~ン~っ!?!?」


 半泣きでヴァンへ縋るフィン。


「なら、あのとき追い掛けなくて正解ですね?」


 にっこりと微笑むヴァン。


「そ、それは~・・・」

「正解でしたね?」


 にこにこ。


「正解、ですよね?」


 にこにことした笑顔に、


「ぅう~……わかったよぉ……」


 フィンは負けた。


「では、話を戻します。マスター、サファイア様との商談・・は上手く行きましたか?」

「・・・ヴァンは、もっとボクに興味を持つべきだと思う・・・」

マスター・・・・とは長い付き合いですからね。今更貴方に興味などありませんよ。貴方がアホなのも、頭が悪いことも、能天気なのも全部知っています。ああ、愚か者でもありましたね? まあ、そんなどうでもいいことより、サファイア様です」

「ぅ~……イジワル……」

「はいはい、意地悪で結構ですから、さっさと商談が成立したのか教えてください」

「・・・お喋り、だけ?」


 ヴァンを伺うように見上げる黒瞳に、白皙の美貌の眉間にくっきりとしたシワ。


「貴方は……全く……サファイア様の為にも、商談は早い方が良いのですがね?」


 深い溜息混じりの呆れ声。


「・・・うん。判ってる。でもっ」


 フィンはぎゅっと手を握り締め、とても辛そうな表情をで悲壮な声を出して言った。


「今度っ、いつまたこんな豪華で美味しいご飯が食べられるかっ、わからないんだよっ・・・!」

「・・・マスター? いい加減にしてくださいよ? まさかとは思いますが、貴方がここへ来た理由を、忘れていませんよね?」


 ひんやりと低く冷たい声。そして、鈍く光るエメラルドに、ざわりとフィンの背筋が粟立った。


「ふぁいっ!? 可及的すみやかにっ!?」

「ええ。速やかに」


 そして、ちらり・・・と、


「・・・ねえ、ヴァン。不機嫌?」


 エメラルドを見上げる黒い瞳。


「いい加減、閉じ籠もるのも飽き飽きしていますからね。狭い場所は、然程さほど好きではありません」

「あ、そっか・・・ヴァンは狭い場所に閉塞感を感じるんだったね。忘れてたよ」

「まあ、私の事情などは瑣末さまつなことです。急がなければならない理由が、他にありますし・・・むしろ、そちらの方が切実です。貴方も、それは判っていますよね? ホーリー・ヒュー」

「そうだね・・・わかった。急ぐよ。ヴァニティア・シルフレイア・カラレス」

「はい。マスター」


 名前を呼ばれた美貌の従者は黒い主へと、久々に仕える者としての礼を取った。


 アホな主を、全く敬ってはいないけれど。

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