ネイサン様、宜しいのですか?


「はいはーい、部長になるには腕だけじゃなくて人望が絶対必要だと思いまーす!」


 そこへ茶化すような声が響いて、プハッと吹き出すような笑い声があちこちで起きる。言ってやったぜ! という感じのドヤ顔をした奴がこっちを向いている。まぁ、ナイスだったと後で言っておこう。


「なっ、俺に人望が無いって言うのかっ!?」


 顔を真っ赤にする先輩。


「部員の手助けをしないと断言しておいて、あまりクラブへ顔を出さず、役職だけが欲しいというのは通らないと思いますが?」


 と、ケイトさんが言うとパチパチと部員達が手を叩いて拍手する。


 まぁ、普通にケイトさんの言う通りだと思います。あと、二年生以上の部員達のこの反応からすると、本当にこの先輩には人望が無さそうだな。


「煩い! 勝負しろっ!?」


 あれだけ啖呵を切って収まりがつかないのか、今度は喚き始めたよ。


「では、セルビア嬢の代わりにわたしが勝負を受けましょう。宜しいでしょうか? 部長」

「え? ネイサン様?」


 驚いた顔でわたしを見詰めるケイトさんに、


「ハッ、お前みたいになよなよした奴が俺と勝負するってのか? セルビアの代わりに?」


 完璧、わたしを舐めたような口調の先輩。


 ・・・なよなよ? 誰がなよなよしてるか。剣とか腕っ節ならわたしの方が絶対手前ぇより強いぞこの野郎がっ・・・と思った瞬間、わたしを抑えるようにぐっと肩を掴む握力が増した。


「ハウウェル」


 低い声が呼ぶ。


「大丈夫だから放せ」


 全く、そう心配そうな顔をしなくても、別に殴り掛かったりしないっての。ここは人前だってことくらい判ってるし。人気の無い場所なら、しっかりと話を付けて・・・・・いたと思うけど……


「・・・ええ、わたしが相手をさせて頂きます」


 ここまで言われたのだ。この野郎には存分に吠え面を掻かせてやらないと気が済まない。


「セルビア部長が相手をするまでもないと思いますので」


 内心をおくびにも出さないようにっこりと笑顔を作ると、


「はあ? 俺がセルビアよりも劣るって言うのかっ!」


 ムッとした顔をする彼。


「さあ? あなたの乗馬の腕はかく、部長としての資質や人望はセルビア嬢の方がまさっているのではありませんか?」


 さっきからこの野郎は、大会がどうのと自慢しているけど。ぶっちゃけ、乗馬クラブにあまり顔を出さない人の実力なんて知らない。でも、この短時間でも判る。ケイトさんの方が確実に、この野郎よりも部長に向いているというのは。


「縁故採用の奴がよく吠えることだな! それなら、俺が勝ったらお前は副部長を辞めろ!」


 まぁ、『縁故でない』と胸を張っては言い切れないよね。わたし、前の部長から直接頼まれたワケじゃないし。


「わかりました」

「ネイサン様!」

「大丈夫ですよ、部長。では、わたしが勝ったらどうするのですか?」

「はあ? 乗馬大会で何度も表彰されている俺にお前が勝つつもりか? まあ、大会にも出られない程の腕だろうからな。ハンデとして、お前に勝負内容を決めさせてやるよ。なんだったら、二時間くらいトラックを走るだけってのでもいいぜ? お前みたいにひょろい奴が、何時間も馬に乗れるワケもないしな」


 この野郎、言わせておけばっ……


「わたしに勝負内容を決めさせて頂けるんですか? ありがとうございます。そうですねぇ……先輩の仰る通り、わたしもあまり体力のある方ではないですからね。では、十二時間・・・・耐久レースなんか如何でしょうか?」

「ハッ、できもしないクセに大きく出たもんだ。いいだろう。せいぜい無様な姿を晒さないよう祈っておくことだな」

「では、勝負の日時と詳しいルールは馬場の使用許可を得てからお知らせします」

「忘れないうちに、ちゃんと決めておけよ。ま、別に逃げたりクラブを辞めてもいいがな」


 と、先輩と勝負することを決めた。


「ネイサン様、宜しいのですか? あのようなことを公言してしまって……」


 なんだかケチの付いた感じになってしまった新部長就任の集会をお開きにしてから、心配そうな顔でケイトさんが尋ねました。


「ええ。役職の有無は、全然関係無いので。最悪、副部長を辞めることになったとしても、わたしがケイトさんを支えることになんら変わりはありません。ケイトさんはわたしの姉上になるんですから、弟として当然のことです。だから喧嘩くらい、代わりに買わせてください」


 そう応えると、


 「……ぁ、 姉上 だなんてっ…… それに、 弟として 当然だなんてっ…… なんていい子っ! ……」


 頬を染めたケイトさんが口許を押さえてなにかを呟いた。心なしか、目が潤んでいるような……?


「?」


 なんて言っているんだろうと思っていると、


「な、な、ハウウェル。みんなの前であんなこと言って大丈夫なん?」


 心配そうなテッドが寄って来た。


「まぁ、大丈夫だろう。こう見えてハウウェルは、やるときはやる男だからな。それにしても、なぜ十二時間なんだ? 適宜休憩を挟めば、十六時間くらいは乗れるだろう。耐久レースなら、もっと時間が必要じゃないのか?」

「え?」

「や、さすがに十六時間以上はね。夜とか、馬場の使用許可が出ないと思って」

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