用件はそれだけでしょうか?


 平和な授業を受け、着替えを持って乗馬クラブへ行き、私服に着替えて乗馬をする。


 それが近頃のルーティンになりつつある。


 勿論、着替えるのは乗馬服ではありませんよ? 女性に間違われるというのはあまり愉快な気分ではありませんが、百歩譲って我慢します。けど、レザンの婚約者だなんて誤解はまっぴらごめんだ。ちゃんと、男だと判る格好をしている。


 それに、セルビア嬢のお陰でしょうか、わたしに乗馬を教えてほしいと言って来る女子生徒は減りました。まぁ、いなくなったワケではないんだけど。二人乗りで、と言うような女子生徒はもういません。慎みは大事だと思いますよ。要らない揉め事なんか、起こしたくありませんからね。


 一応は……多分、普通に話し掛けても来られます。やはり、わたしに声を掛けるのは、男子よりも女子生徒の方が若干多いような気がしますが。


 共学の学校とは、こんな感じなのでしょうかね? ついこの間まで、野郎共しかいなかった三年間なので、女子生徒との距離感がまだ掴めていない気がするなぁ。


 まぁ、それはそれとして。


 レザンは乗馬クラブで男子の人気者になりつつあるから、それはいいことかな?

 見たところ、レザンの腕前に付いて行けている感じの人はいないけど。……いや、普通のなんの訓練も受けていないような人が、いきなりレザンに付いて行けたら、その方が驚愕なんだけどね?


 レザンがお父上から出された課題というか、命令? の人脈作りはこれでどうにかなるんじゃないかな? よかったよかった。


 わたしも、いい加減レザン以外と交流を持ちたいからね。強面なアイツがいると、みんなに遠巻きにされるというか・・・ねぇ? 悪い奴じゃないことは確かなんだけど、脳筋と長時間一緒にいるのはつらい。


 脳筋の思考コワい・・・常に全力を要求されるとか、ホント無理。わたし、あんまり強くない。謙遜じゃない。だから延々と打ち合いとか、組み手とか、殴り合いとか、筋トレとか、マジ勘弁してください。気合でなんとかならないこともある。むしろ、なんとかならないことの方が多いです。もう放っといてくれっ!? とか言いたくなる。いや、言っても聞かないんですけどね? 逃げても追い掛けて来るし。脳筋共は脳筋だから。奴らきっと、脳まで筋肉でできてるから・・・だから言葉が通じないんだよ。うん。きっとそうに違いない。


 だって奴ら、偶に人間の言葉通じないし。かと言って、下手に拳を返そうものなら……拳の交わし合いを周囲にお裾分けして、乱闘でヒャッハー! になっちゃう奴もいるしさ?


 肉体言語でしかお話が通じないとか、つらい・・・わたしは、脳筋じゃないからねっ!!!!


 そんな風に思考を飛ばしていて――――


「ネイサン様は、この前卒業されたセディック・ハウウェル様の弟君なんですよね?」


 横合いから掛けられた高い声に、


「! ええ。それがどうかしましたか?」


 少し驚いた。


「その、ネイサン様は、ハウウェル侯爵様のお孫さんですよね?」


 にっこりと、親しげ……というよりは、少々無遠慮に名前で呼んで来るのは制服姿の見知らぬ女子生徒。おそらくは、上級生だろう。同じ学年では見ない顔だ。

 乗馬クラブの先輩なのかもしれないが、乗馬をしに来たという恰好ではない。


 男子なら制服で乗馬をする生徒もいるが、さすがに女子で制服のまま乗馬をしている人はいない。


 代わりに、偶にドレス姿で横座りの乗馬している女子はいるけど。あれはあれで、訓練なんだそうです。おばあ様曰く、「コルセットを締めたドレスを着て、日傘を差して片手で手綱をさばいて優雅に乗馬できるような女は、実はムキムキなのよ? あれって、甲冑着て馬に乗るのと似たようなものですからね」だそうです。


 なんでも、物凄~く重たいドレスは……ウエディングドレスとか、外交用だとか、式典用などの、ある意味では戦闘服? に当たるようなドレスだと、装飾品なども含めると、総重量数十キロというとんでもない重さになるのだとか! 輿入れのときや、王族、または上位貴族の女性なんかが威厳を見せる為に乗馬で移動ということもあるそうで。驚きです。


 女性もなにかと大変ですね。


 まぁ、それはおいといて。


「ええ。今は、子爵令息ですが」


 彼女がなにを言いたいのかがわからず、気を引き締めて答える。おばあ様から教わった、感情を乗せない、貴族的な笑みで。


「ネイサン様のお兄様のセディック様は、小さな頃はあまりお身体が丈夫ではないとお聞きしたのですが……」


 顔が少し赤くなった女子生徒は、如何にも心配そうにしてそっと目を伏せる。


 ・・・成る程。


「そのことでしたら、もう大丈夫ですので。兄をご心配くださり、ありがとうございます。用件はそれだけでしょうか?」

「えっと、その……わたくし、ネイサン様ともっと親しくなりたいのですけど」


 頬を赤らめ、上目使いでわたしを見上げる女子生徒。


 ・・・これはもしかすると、アレだったりするんですかねぇ?


よろしければ、二人っきりでお話をしませんか?」

「・・・なにか他にも用があるのでしたら、どうぞ今ここでお話ください」

「その、ここではちょっと・・・もっと人が少ない場所はダメ、でしょうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る