22. 夢の中3
俊彦と詩織が結ばれたのは、詩織が大学三年生になった春のことだった。
出会いから二年が経とうとしていた時でも、二人はまだ付き合ってさえいなかった。以前より時間が出来たとは言え、俊彦はまだ日曜日も休むことができなかったし、詩織はあのサークルこそ辞めていたが、休日にはゼミの仲間と毎週のように趣味の旅行に出かけていた。
春休みに入ると彼女はいつものようにアルバイトに来るようになった。詩織が自分の机の脇に書類の入った箱を置いた時、突き出されたタイトなデニムに包まれた尻を見て、俊彦はそこが職場であることを忘れて欲望を抱いた。
これは愛なのか、それとも肉欲なのか――。
考えても答えが出ないことは分かっていた、あれほど愛した秋子の時ですら結論は出なかったのだ、愛と性を分かつものなんて本当は存在しないのではないか。
もしかしたらそれは今まで考えていたような普遍的なものではなく、人生にありがちな他のいくつかの決断と同じように、ある時、急に決断を迫られる類のものなのではないか? 俊彦は近頃そう考えるようになっていた。
その晩、仕事が終わると俊彦は詩織を飲みに誘った。理由は詩織の二十歳のお祝いということにした、それはもうとっくに職場の皆で済ませてあるのに、人と獣が争う頭に他の良い理由を思いつく冷静さは無くなっていた。
俊彦は詩織とその家族が勤める会社の跡取りだ、だが一方で詩織の祖父である佐橋の末席の弟子でもある。
俊彦の父親は職人頭の佐橋が認めるまでは、俊彦に会社を継がせるつもりは無いと周囲に公言していた、詩織は俊彦の誘いを断われる立場のはずだが彼女はこの不自然な誘いを断らなかった。
いつもの居酒屋や近くの店では会社の人間がいる。俊彦はタクシーでひとつ隣の駅の繁華街にある居酒屋に詩織を連れて行った。そこは誰でも知っている有名なチェーン店だが二人きりになれる個室があり、チェーン店の割には魚が美味いという評判だった。
俊彦は中ジョッキを、飲みなれない詩織は梅酒のソーダ割を頼んだ。俊彦はお祝いなのに普通の居酒屋に来たことを詫びた。修行漬けの俊彦は女子大学生が好みそうな洒落た店を知らなかったし、その事にもビールを一口飲んでから気がついたほどだった。
詩織が自分にそれなりの好意を持ってくれている事は、なんとなくわかっていた。そうでなければいくら頼まれても”きわどい”と言われた写真などくれないだろう。
だがその好意がどの程度のものなのかがわからない、案外友達と大差がないのかもしれないし、職場の関係で仕方なく相手をしてくれているという事だって、まったく有り得ないとは言えなかった。
交際を申し込もうと思っても、俊彦には何をどう切り出していいのかわからない。秋子の時は彼女から告白されたようなものだった。俊彦には自分から告白をした経験がまだ一度も無いのだ。
女の体の慰め方は秋子のおかげで多少なりとも知っていた、だが最後の一線を越えた事はない。いったい何をどうすれば詩織を抱けるのか、俊彦は秋子と過ごした恋愛初心者の頃から、まだ少しも成長していなかった。
刺身の盛り合わせと焼いたホッケを喰いながら俊彦が二杯目のビールを頼むと、詩織はウーロン茶を注文した。二人はとめどもない話をしながら、酒を愉しむというより夕飯を食べて店を出た。
結局最後まで交際を切り出す事ができなかった、俊彦は自分のふがいなさが情けなくて、夜空と地面を何度も交互に見ながら黙って歩いていた。駅のタクシー乗り場が見え始めたとき、俊彦は急に左腕に暖かさを感じた。詩織が俊彦の腕をとって体を寄せていた。
肘に当たるものは秋子より小ぶりだが十分に柔らかな感触だった。制汗剤の甘い香りが俊彦の鼻をくすぐる、詩織はそれほど酔っていないはずだった。
繁華街のネオンが途切れた。心臓の動悸が激しくなり、口を開くと震えた声が漏れそうな気がした。俊彦は立ち止まって夜の冷たい空気を鼻から思い切り肺に吸い込んだ、それをふっと一息で吐き出すと、すぐ隣にあった建物を指さした。
シャワーを浴びてベッドに戻ると、俊彦は詩織のシーツを剥ぎ取り、腰に巻いていたタオルを投げ捨てた。
顔を隠す詩織のまだ湿り気を感じさせる白い脚、俊彦はその足首を掴んで大きく開かせた。大地が創った皺は秋子のそれがそうだったようにまだ綺麗に閉じていた、俊彦はそこに顔を近づけてじっくりと見入った。
かすかに懐かしい香りがする、舌先で探るとすぐに小さな突起が見つかった。詩織が弾かれたように背を反らせると、俊彦は自分の硬直したものの先を大地の皺に当てた。詩織が急にベッドの中で後ずさって言った。
「キ、キス……」
「あ、ごめん」
まただ、なんてデリカシーが無いんだ――。
俊彦は自分の中にある最大限の優しさをこめてキスをした、詩織ははじめ口を開く事を躊躇したが、すぐにぎこちなく答えるようになった。
俊彦が強く抱き締めると詩織もしがみついてきた、互いの舌が絶え間なく絡むようになった頃、固く閉じられていた詩織の脚から力が抜けていくのがわかった。俊彦は腰をねじ込むように詩織の腿の間に分け入った。
唇を離すと詩織の目はうるんでいた。
愛おしい……俊彦は思った。
決断の時だった。
先端をもう一度入り口にあてた。
「いいね?」と俊彦が小さく言うと、詩織は目を潤ませたままうなづいた。俊彦は詩織の背中に手をまわして彼女の肩をつかむと、彼女の深く湿った場所に丁寧に腰を沈めていった。
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