映画『君の涙ドナウに流れ ハンガリー1956』

 ウクライナ映画でもロシア映画でもありませんが、ハンガリーの民主化運動をソビエト政府が弾圧した時のことを描いた映画です。

 こちらも、ロシアと周辺国との特徴的な関わり方がわかる作品なので紹介します。

 あらすじは下記の通りです。


 1956年、社会主義体制下のハンガリー。

 水球のハンガリー代表選手カウチは、国際試合でロシアチームの暴力的なプレーに反感を覚えるものの、最後まで理不尽な仕打ちを強いられたままでした。

 帰国した彼は、民主化を求める学生運動に励む若い女性ヴィキに出会います。

 惹かれ合う二人ですが、水球を捨てられないカウチと彼女は離ればなれに。

 ヴィキが邁進する学生運動はやがて国を巻き込む大きなうねりとなりますが、黙っていないロシアからの弾圧が始まっていきます。



 以下は映画の内容に関するネタバレを含みます。


 十年ほど前、ハンガリーの友人にブダペストを案内してもらった時、「この広場は1956年のハンガリー動乱を記念した広場で、あれは○○年の蜂起の記念碑、あっちは……」と解説を受けて驚愕しました。

 そんなに何度も民主化を試みたのに、そのたびロシアに弾圧されていたと初めて知ったためです。


 というわけで冒頭からネタバレですが、ヴィキたちが身を投じていた運動はロシアからの軍事的・政治的干渉により鎮圧されてしまいます。

 その過程で数千人の市民が殺害され、25万人近くの人々が国外へ逃亡したと言われています。


 そして、ブダペスト旅行のしばらく後にこの映画を観て、さらに驚きました。

 同じ東側社会の国でも、ロシアに理不尽に何かを強いられる構図があったんだということを知らなかったためです。

 映画の中では水球の試合でのフェアじゃないプレーが象徴的でしたが、それは一例できっともっと色々あったはず。

 ウクライナのホロドモールなどは代表的な例かと思います。


 マイナーな映画なので広く知られてはいないものの、本作のラストシーンは何年も経った今でも忘れられません。

 拘束され、ソ連側の意のままに動く人間から、尋問を受けるヴィキ。

 仲間を売らなかった彼女は問答無用で刑に処されてしまいますが、すべての希望を失った目で、刑場までの通路を無言で歩いていきます。

 彼女を見つめる他の収容者たちが、明日は我が身と悟りながらヴィキに必死で祝福の言葉をかける声だけが耳に残る。


 1956年に蜂起した人々は本懐を遂げることができず、その評価は1980年代のペレストロイカまで待たねばなりませんでした。

 現在では、この蜂起が勃発した10月23日が祝日に指定されています。


 蜂起のきっかけは、スターリンが1953年に死去したにもかかわらず、スターリン主義者のゲレーが党書記に選出されたこと。

 反感を覚えた市民たちの集会やデモが広がり、危機感を覚えたソ連指導部が派兵を決定します。

 そして動乱は鎮圧、民衆が担ぎ上げたナジ首相は、ソ連軍によってルーマニアへ連行され、2年後に処刑されます。


 ウクライナの政権が西側世界に接近しようとした結果、侵攻を開始した現在のロシアと重なる部分がありますね。

 プーチンが企図しているのは、ソビエト時代の大国ロシアの復活だと言われますが、まさにその振る舞いを再現しているというか。


 私は不勉強だったので、旧東側諸国は皆、多かれ少なかれ望んで社会主義・共産主義を選択したのだと思っていました。

 しかし、ハンガリーの歴史を見るとそうではない。

 1947年のクーデターによって、ソ連を模した国づくりが進められていったので、少なくとも国民の総意によって東側に加わったとは言い難いと思います。

 しかも、その後何度となく蜂起しては鎮圧されているわけですから。


 そして、ソビエト連邦という中央集権国家に、否応なく取り込まれた姿は、決してハンガリーだけのものではないと思います。

 ポーランドでも映画『灰とダイヤモンド』に描かれているように、西側に留まりたい勢力が戦っていたし、チェコだってプラハの春を鎮圧されたわけで。

 各国の主権が当たり前に侵害される、そういう時代に戻りたいっていうのはよほど奇特な国なのではないかと(今でもロシアに熱狂的に従うベラルーシって国もありますが)。


 だから、ウクライナが西側世界への接近を図ったこと自体は、何ら不自然なことではないと思います。

 でも、ソビエト時代の権威を復活させたいプーチン大統領にとっては我慢ならないということなのでしょう。


 蜂起で散っていった人々の命は、生きている間に報われることはなかったかもしれません。

 でも、自由を認める社会、主権を尊重する国際社会が、彼らにとって命に代えても求めたいものだったということを教えてくれます。

 願うらくは、ウクライナで自由や主権が維持されるよう、西側諸国の行動が少しでも現地の人々に届けばいいと思わずにいられません。

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