第10話 お父様、お首は大丈夫ですの?


 その日ラングレー会長のスイーツ店から邸に帰ってまいりましたら、邸の前にブルレック辺境伯家の馬車が停まっているのが見えましたの。


「今日はフェルナンド様がお越しになる予定はなかったはずですけれど。」


 俄に不思議に思いましたが、ラングレー会長に持たされた大量のお土産スイーツを抱えた侍女と騎士がフラフラとしていて不憫ですから、とにかく邸内に入りましょう。


「ヴィオレット!一体どこへ行っていたんだ!レオナール・ブルレック辺境伯様がお待ちだ!早くドローイングルームへ来なさい!」


 いつもは空気のように存在感が薄いお父様が、普段はほとんど話しかけてこない私の元へとお顔を真っ赤にして走り寄ってきましたわ。


「左様でございますか。ではすぐに参ります。」


 私とお父様が急ぎ足でドローイングルームへ入室すると、カウチソファーで寛ぐ大きなお姿。


 隻眼でとても逞しい大柄な体躯に、お髭を蓄えられたブルレック辺境伯様が立ち上がり、私へ両手を広げながら名を呼ばれました。


「ヴィオレット!久しいな!会うたびに美しく育ってワシは嬉しいぞ!」

「ブルレック辺境伯様、ご無沙汰いたしております。」

「フェルナンドは王都の騎士団に勤めているからここにも来ようと思えばすぐに来れるが、ワシはそうもいかんからな。」

「辺境の地が平和なのはブルレック辺境伯様のおかげですもの。この国の民は皆感謝いたしております。」


 軽く抱擁を交わしてから私に隣へ座るよう勧めるブルレック辺境伯様は、お母様の幼馴染でありお兄様のような存在であったと聞いております。


 お母様亡き後、次男であるフェルナンド様と婚約を交わした私のことを本当の娘のように可愛がってくださる辺境伯様には、フェルナンド様と私が不仲であることは伝えられるはずもありませんわ。


 幸いなことに、フェルナンド様もお父上に意見できる立場にないことを御自覚されていらっしゃるようで、常に隣国との諍いを収めるのに多忙な辺境伯様は何もご存知ありません。


「それで辺境伯様、本日はどういった御用向きですの?」

「王都にある商会と、隣国から取り寄せた新しい武器の取引があってな。こればっかりはワシが直接実物を見んことには進まんから、ローランに暫し辺境を任せてこちらまで出てきたというわけだ。そこで帰りにヴィオレットの顔を見に寄らせてもらった。」


 ローラン様は辺境伯の嫡男で、フェルナンド様のお兄様のことですの。


 はじめは私と嫡男であるローラン様の婚約が考えられたそうですが、ローラン様はフェルナンド様より随分年上でしたし、ローラン様には心に決めた方がすでにいらっしゃったことから次男のフェルナンド様との婚約が決まったと聞きました。


「辺境伯様、わざわざ私の為においでくださいましてありがとう存じます。私も相変わらずお元気そうなお顔を拝見できてとても嬉しいですわ。」

「そうか。ときにヴィオレット、フェルナンドとは上手くやっているのか?彼奴は王都からなかなか帰って来んし、ワシに何も話さんからな。」


 先程まで居たのか居なかったのかまるで分からなかったお父様の方をチラリと見ましたら、その位置が辺境伯様から見えないのを良いことに目を皿のように見開き必死の形相でものすごく素早く首を横に振ってらっしゃいます。


 そんなに首を振って、もげてしまわないか心配になるほどですわ。


「……。フェルナンド様は時間を作って頻繁にこちらの邸に通ってくださっております(モニクのお部屋ですが)。最近ではご自分の騎士のお給金から、商会でドレスや宝石などをお買い求めになっていますわ(決して私宛ではございません)。」

「いやー、良かった。彼奴はローランと違って頼りないところがあるからな。心配していたんだ。もう少ししてフェルナンドが一人前の騎士になった暁には盛大な結婚式をせんとな!」


 ガハハと大きく声を出して笑われた辺境伯様を見て、チクッと心が痛みましたわ。


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