お姉さまとお呼びください←キモい無理
河藤十無
第1話・お姉さまと呼ばれたくて
「どうか、お姉様とお呼び下さい」
「はあ?」
返事はすこぶる素っ気ないものでした。
おかしいですね。昂ぶる思いの丈は、二人の間に強固な絆を既に結んだはずだというのに。
「…ごめ、アンタが何言ってるか分かんない。つかフツーにキモい。マジ無理」
ちょっ……あの、そんなマジ顔で言われるといくらわたしでも復活に時間かかると……思うのです…けど……。
固まった笑顔で傷ついた内心を押し隠し、それでもめげずに、わたし最強の笑顔を彼女、桐戸理津の方に向けるのでした。
わたしこと
家庭の話ではなく、学校がそんなところだったのです。
でも、幼稚舎から大学までの一貫教育を旨とする女子校、といえば聞こえはいいですが、なんだか箱入りの社会不適合者を大量育成するみたいで、学校自体はあまり好きになれていません。実際、卒業した先輩の話などを聞くと、就職先などで苦労されてるみたいですし。
さてそんなわたしですが、育った環境の割には別に男のひとが苦手、とかそーいうことはありません。なにせ、歳の離れた兄が二人おりまして、その友人の方々からもよくして頂きましたし。
なのですが、いかんせん十五歳以上も年上の男性ばかりではロマンスとかそういう展開を望むべくもなく、結局おつきあいらしいおつきあい、という経験もないまま、先日十九となったわたしなのでした。
時は、世間さまも衣替えを済ませたばかりの、十月あたま。
大学一年生として、愚鈍にも最近ようやく通い慣れたと言えるようになった通学路(大学だけ他の校舎から離れたところにキャンバスがあるのです)をひとりで歩いているときでした。
自宅最寄りの駅から出て商店街を抜け、一本脇の道にはいった小路ですから、何人も横に並んだまま、ひとがすれ違うことも出来ない歩道しかありません。
そんなところを歩いてたわたしは、正面から歩いてくる女の子の姿に、目を奪われてました。
あ、申し遅れましたが、わたし今のところ男性には興味ありません。
いえ、かといって女性にしか恋愛感情を抱けない、というわけでもなく、いわゆるですね、「エス」というものに強い憧れを抱いておりまして。
具体的に言いますと、「お姉さま」「かわいい妹」という関係を、契りを、一度交わしてみたいと常々思っておりまして。
いえいえ、もちろん誰でもいいというわけではないのです。わたしはどちらかと言えば、しっかりした「お姉さま」タイプ。そんなわたしが愛しめる、わたしの大事な「妹」はですね。
「うわっぷ!……うぁー、すまねっす…って、まじぃな、化粧つきませんした?」
…などと考え事をしてあるいておりましたら、前から歩いてきた制服姿の女の子とぶつかってしまいました。
「いえ、大丈夫です、これくらいは。それよりあなたこそ…ところであなたは『ぎゃる』という存在ですか?」
「はあ?」
いきなり怪訝な顔をされました。
いえそりゃあわたしも不躾というか唐突というか街角でよそ見してたら体のあたっただけの女の子にこんなことをいきなり言うのが、礼儀に適った行いだとは思いませんよ?
でもですね。砥峰阿野、十九歳。自分の直感を信じて行動するのみです。
この、一見蓮っ葉な女子高生。身長一六〇センチのわたしよりも少し背が高くはありますが、猫背でしかもスマホを眺めながら歩いていたせいでしょうか。わたしの肩口に顔からぶつかってしまったようで、わたしのブラウスにはリップのように薄い桜色の口紅のあとがついてました。
通学も含めて外出の際はそれなりに身だしなみには気を遣うよう心がけております。ですので、親から買い与えられた衣服とはいえ、そこそこお高いもののはずです。が、そんなことはどうでもいい。
そう、わたしにそう思わせるだけの何かが、この目の前の少女にはありました。
見た目、少しふんわりしたボブカットは、明るい茶色に彩られております。多分染めたものなのでしょう。それでも痛んだようでもない辺り、きっと手入れには心を砕いているに違いありません。
少々つり目がちなお目々はぱっちりとひらかれ、身長の割には小さめな彼女のお顔のなかでひときわ魅力的に映ります。
わたしのブラウスに跡を残した口紅のひかれた唇はちいさく、でもしっとりとした厚みがあって、わたしの白魚のような指先でそって撫で、「いけない子ね…」とか言ってあげたくなります。きゃーっ!
お鼻は全体のバランスを考えるとやや小さめ。でも低くめくれたわけじゃなくて、見る人によっては…いえ、少なくともわたしにとっては彼女のチャームポイントの一つにしかなりません。
とがりめのあごはもしかして彼女は気にしているのかもしれません。ですが、細面のしゅっとした輪郭は精悍な印象で、こんなかっこいいお顔がわたしの言葉で羞恥に赤く染まる様を想像しただけで…ご飯三杯はいけますね。
装いは、高校生なのですから当たり前でしょうけど、近所の高校の制服です。白いブラウスの第一ボタンを外し、リボンもゆるめた上半身は気だるくリラックスした、ちょっと隙のある女の子ならではのものなのでしょう。
特筆すべきはそんな上衣を下からもりっと膨らます双丘の存在。わたしはグラマーでも貧弱でもありませんが、こちらは紛う方無きないすばでー。腰回りもきゅっと締まって見事なものです。ああっ、このふくらみに顔を埋めてクンカクンカとかすーはーすーはーしてみたいっ!…なんてこと考えてはいませんよ?
それからスカートはもちろん短く丈を上げ、そこから覗く細く長い足の素肌は…ああっ、これこそわたしが望んで得られなかった美の体現っ(いちいち引き合いに出すと哀しくなりますが、わたしは太ってこそいませんが、足はそこそこ太いのです)。更にアンクレットの靴下と革のローファーが、最大限に生足の若々しさを見せつけてくれます。
そして先ほど、ぼけっとしてたわたしに気遣いの言葉をかけた、声。
この身の丈といかにも強気そうなお顔立ちからすると以外なことに、ソプラノよりはやや低音寄りの、落ち着いて澄んだ優しい声です。金属的なキンキンした声じゃなくて、何故か耳にすっと入ってわたしののーずいにキュンっといーかんじな何かを囁くような、そんな響きです。我ながら何言ってるか分かりませんが、とにかくそういうものです。
つまるところ、これは誰がどう見ても美少女。愛らしさと稚さと、そしてこれから得られるであろう美しさの萌芽を兼ね備えた、今この時間と空間にしか存在し得ない、わたしの好みの極致。くうっ、独り占めしたぃぃぃぃぃぃぃっ!!
ですが、そんなことはどうでもいい。
いえどうでもいいことではないのですが、わたし的に重要なのはそこから先。
美しくも気が強そうで、けれどどこかだらしなさも見えそうなこの少女が何よりもわたしの琴線に触れるのは。
「…あんのさー」
妄想に耽っているように見えてしまったのか、若干彼女は引き気味…いえ、何かこちらを睨んでおりました。なんでだろう。ああいえそれよりもっ。
「ああ、ごめんなさい。ちょっとトンでました。それで、もう一度伺いたいのですけれど、あなたは『ぎゃる』というひとなのですか?」
「…だったらなんだっての。ぶつかったのはこっちだし前方不注意は悪かったけどさ、あーしがギャルだったらなんだっての」
ああん。
話のとっかかりに失敗したのか、ひどく警戒させてしまったようなのです。
というか別にわたし、このコがギャルだとかなんだとか、そういうことはどうでもよくってですね。
ただその、こういう固い態度の少女が嫌々結んだ姉妹の契りにほだされて、やがて恥じらいつつもお姉さまをお姉さまとして慕ってゆく…そんな関係に憧れがあるのです。誰に言っても理解されな…ああまあ、同好の士はそれなりにいなくもないのですけど、熱弁振るうと多少ドン引きされまして。わたしに友だち少ないのはそのせいなのでしょう。自分で言ってて若干ヘコみますが。
「つーか、あーしがギャルに見えるってならナンなん?アンタになんか迷惑かけたのかっつーの。見たトコいいとこのお嬢さまに見えっけど。あーしみてーなガラの悪い女に絡まれるのがイヤならさっさと家に帰って布団でも被ってろよ」
ぶぁーか。とまでは言いませんでしたが、いかにもそう付け加えそーな、にくったらしい口調で、わたしの横を通り抜けていこうとしました。顔かたちがなまじっか良いだけに、余計に迫力があります。
…ええ、普段のわたしでしたらきっとポンポン言われて目を白黒させたまま、ぼーっと彼女のことを見送ったでしょうけれど。
なんだか今日のこの時だけは、いつもの妄想だけがエスカレートするデキの悪い女ではなく、一歩踏み出すオンナになった、わたしでした。
「ちょっと待って!」
「みゅっ?!」
あわわ、襟を掴んだのはまずかったでしょうか…でも振り向いてこちらを睨む顔も…なんだか涙目で凄味より幼気っぷりの方が際立ちますけど。でもそれがよけいにわたしのハートに刻まれるものがあったりしまして。
「なにしやがんだっ!」
「いえ、そのごめんなさい。失礼言ったのは謝ります。というかギャルとかそういうことはどうでもよくて。えとですね」
「あんだよ」
おおう、更に火に油をかける言い草だったような。相変わらずコミュニケーション能力のチープなマイブレイン。
ですが負けません。今日こそは我が本懐を遂げる日なのです。
「あなた、お姉さまというものに興味ありませんか?」
「………………………………………………………………は?」
たっっっぷり間をとったあとの、「は?」でした。いえまあ無理もないのでしょうけど。
であれば、理解出来るまで伝え続けねばなりません。それこそが、道を求める者の定め。義務なのですから。
こほん、と我ながらかわいく咳払い。
右手を自分の胸に当て、そこに込められた願いを強く想うと、当たり前のように笑みが浮かびます。それはやさしく愛らしく、他人様が言うほどに美人でもなんでもないわたしの顔を、能う限りに華やかに染めます。
「わたしは砥峰阿野と申します。あなたは?」
「…は、はあ。そのー……えと…」
ふふ、そこそこ上手くいったみたいです。
警戒の色を解かなかった彼女の顔に、戸惑いが浮かびます。
出会いは芳しいものではありませんでした。ですが、わたしの得るべきを得るべく重ねた努力は、その当然の報いを前に正しく力を示したのです。
なれば、あとはただ、一突きするのみ。それで、わたしは欲したところのもの全てを、この身に受くこと叶うのです。我ながら興奮しすぎて何言ってんだか分かりませんが。
「ええと…きりと、りづ、っつーんすケド…。あんの、名前を名乗られたら名乗れっつー風に親に言われてるだけなンで、できればすぐ忘れてもらえっとー…」
別にイヤなようではありませんが、けれど彼女自身も身の内にある感情の迸りを抑えきれないようです。
ふふふ、それでこそわたしの見込んだ妹。では、今こそ尊き契りを交わすときです。
「構いませんよ。あなたの心のうちは、これからわたしと共に在り続けるのですから。ですからね」
「……はあ」
なんだか納得いかない風ではあります。でも、次に続く言葉はもう決まっています。ずうっと心待ちにして何度も何度も練習してきたのです。
「どうか、お姉さまとお呼びください」
「はあ?」
…あれ?
予想していた反応と違いますね。きっと彼女は溢れる涙を、顔を両手で覆ってわたしから隠すようにして、それでも健気に小さな声で、「はい」と答えてくれるハズ…は言い過ぎにしても、答えてくれるといいなー、くらいには思ってたのですけど。
あのー、『りづ』さん?と、声をかけようとしたわたしは、嫌悪でも歓喜でもない、けれどキッパリとしたものをその顔に湛えてわたしを見つめる視線にたじろぎ、場の主導権を握ることも出来ずに、続く彼女の言葉を待つことしか出来ないのでした。
そしてそれは…ある意味正しく報われた、とも言えます。
「…ごめ、アンタが何言ってるか分かんない。つかフツーにキモい。マジ無理」
…………え、えぇぇぇぇぇぇ…。
言葉にされてから強張ったものの残るお顔を見ると、そこには戸惑いというよりも幾分強い感情があるようでした。それは拒絶…っていうか、なんかもっとこお…。
「キモい。無理」
そうそう、それ。キモい、ってやつ。なんかざっくり言われてショック受けるひとの少なくない、特にわたしみたいにコミュ障を発症してそーな根が暗い女が言われると立ち直れなさそうなヤツ。
ええ。わたしはこの時、愁眉に困惑を浮かべてこちらに何某かの感情を示してみせた彼女を前に、ただ固まったままの笑顔を向けることしか、出来ていなかったのです。
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