生き残ったものの役割

……………………


 ──生き残ったものの役割



 アロイスは無線でマーヴェリックの死について聞かされた。


 だが、まるで実感が湧かなかった。何かの冗談だと思った。


 輸送ヘリがガンシップに護衛されて、基地に降り立った時にアロイスはふらふらと表に出て、マリーたちを出迎えた。


「マーヴェリックは……?」


「彼女は死んだ。これは死体」


 マリーはマーヴェリックを背負ったまま、基地内に入る。


 そして、マリーとマーヴェリックの部屋に彼女を運び込んだ。


「彼女はどうして死んだんだ?」


「麻薬取締局に待ち伏せされて。気づいたときには遅かった」


「そうか」


 感情が湧き起ってこない。目の前の現実をアロイスの脳は必死に否定しようとしている。そんなことをしたって現実は変わらないというのに。


「葬儀をしないといけない。彼女は新教徒? それとも旧教徒?」


「知らない」


「ああ。彼女は神なんて信じてないだろうね」


 沈黙だけが流れる。


「彼女は私の生きる理由だった。彼女がいたから生きてきた。私には彼女しかいなかった。彼女が死んだ今、私はどうすればいいと思う?」


 マリーが今にも泣きだしそうな顔でアロイスを振り返った。


「復讐だ」


 アロイスは言う。


「麻薬取締局に、フェリクス・ファウストに徹底的に復讐をする。あの男を殺す。あの男をこの世から抹消する。それが俺たちにできる唯一の弔いだ」


「そうね……」


 マリーがアロイスの言葉に力なく頷く。


「俺たちは殺すんだ。クソタレなフェリクス・ファウストを。絶対に殺す。ぶち殺してやる。確実に殺してやる。絶対に殺してやる。そして、あの野郎の断末魔も叫びが天に上るようにしてやる」


 アロイスは怒りがふつふつと湧き起ってくるのを感じた。


 フェリクス・ファウストが憎い。あの男が憎い。なんとしても殺さなければならないほどに憎い。はらわたが煮えくり返りそなほどに憎い。


「ぶっ殺してやる。殺してやる。マリー、準備は俺が整える。君は部隊を纏めてくれ。再編成が必要なら再編成を。負傷者が戦線復帰できるまでには待つ」


「分かった。殺してやりましょう、あの男を」


「ああ。殺してやろう」


 アロイスは必要なものを準備するために今一番敵対しているだろう人間に電話をかける。電話番号はブラッドフォードから教えられている。


「ミスター・アントネスク。取引がしたい」


『どういうつもりか知らないが、我々はドラッグカルテルと取引したりなどしない』


「盗聴はされていないし、録音もしていないから安心しろ。それに俺たちがその気になれば『フリントロック作戦』について暴露できるんだぞ。こればかりは流石のあんたでも苦しい立場に追い込まれるよな?」


『『フリントロック作戦』なる作戦は存在しない』


「証拠は消して知らぬ振りか? そういうわけにはいかないぞ。今の“国民連合”のマスコミなら信じるし、民衆も信じる。ついにあんたも断頭台送りだ、ミスター・アントネスク。それとも吊るし首かな?」


『……何を取引したい?』


「『フリントロック作戦』については墓場まで持っていくと約束しよう。その代わり、だ。シャルロッテ・カナリスを拉致して、俺たちに引き渡してくれ。そうすれば俺たちは沈黙を維持すると約束する」


『それだけか?』


「それだけだ、ミスター・アントネスク。それだけだよ」


『分かった。手配しよう』


「引き渡し場所は後で指定する」


『ああ』


 オーガスト・アントネスクとの通話はそこで切れた。


 アロイスは最初からこうすればよかったのだという気持ちでいっぱいだった。


 無駄にフェリクスを追う必要はなかったのだ。向こうがこちらに出向かざるを得ない状況を作り出せばよかったのだ。そうすればきっとマーヴェリックも死ななかった。


 畜生。全部俺のミスだ。何もかも俺が間違っていた。マーヴェリックをこのビジネスに誘うべきじゃなかった。大学で彼女と関係を持つべきではなかった。俺の周りの人間はどんどん死んでいくじゃないか。


 それなのにどうして俺はマーヴェリックを愛してしまったのだ?


 今さら後悔しても何もかも遅い。


 だが、あの男だけは確実に殺す。絶対に殺す。


 たとえ相打ちになろうとも、自分が死ぬことがあろうともフェリクスだけは自分の手で殺してやる。絶対に殺してやる。


 そうしなければマーヴェリックに顔向けできない。


 今やることはマーヴェリックのためにフェリクスを殺すこと。それだけだ。


 それが生き残った俺たちのやるべきことだ。


 アロイスはマーヴェリックから誕生日プレゼントに貰って、ほとんど使ったことのない魔導式拳銃を取り出す。こまめに手入れはしていたのでしっかりと動く。


 カートリッジを装填し、狙いを定める。


「フェリクス・ファウスト。お前は死ぬべきだ」


 狙いの先にフェリクスの顔を思い浮かべる。


 それから3日後、戦略諜報省のジョン──シャドー・カンパニーのジョンから、シャルロッテを引き渡すとの連絡があった。アロイスはその知らせを聞き、マリーと2個小隊の『ツェット』を率いて引き渡し場所に向かった。


「よう。久しぶりだな、ボス。マーヴェリックはどうした?」


「彼女は死んだよ」


「そういうことか。まあ、俺たちからいうことはない。こいつがお望みのものだ」


 手足をダクトテープで縛られ、麻袋を被せられたシャルロッテが放り出される。


 アロイスは顔を確認したが、間違いなくシャルロッテだった。


「できれば、あんたらがフェリクス・ファウスト特別捜査官を殺せることを祈っておくよ。マーヴェリックはいい奴だった。可能ならば復讐を果たしてやってくれ」


「ああ。そのつもりだ」


 アロイスたちはシャルロッテをSUVに放り込む。


「ではな、麻薬王。あんたらに未来がありますことを」


 シャドー・カンパニーのジョンはそう言って仲間たちと引き上げていった。


「長官。マーヴェリックは死亡しました」


『後はマリーだけか』


「ええ。それからフェリクス・ファウスト特別捜査官についても始末は連中がしてくれるようです。しくじったら、マリーが。成功したら、フェリクス・ファウスト特別捜査官が始末されます。こちらにとって悪い状況ではありません」


『結構だ』


 ジョンとオーガストはそう言葉を交わすと、ジョンは“国民連合”に戻った。


 今の状況は戦略諜報省にとって実に望ましい状況だった。


 ヴォルフ・カルテルはフェリクスを殺したがっている。フェリクスはシャルロッテを拉致したヴォルフ・カルテルを許さない。両者共倒れになれば、それほど愉快なこともない。これでオーガストは安泰だ。


 全ての陰謀が終結に向かいつつある中、アロイスとフェリクスはついに正面から衝突しようとしていた。


……………………

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