保険の確認

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 ──保険の確認



 アロイスはブラッドフォードに会いたいと求めた。


 ブラッドフォードは状況が飲み込めていないようだったが、アロイスに会うことに同意し、いつものようにメーリア・シティ国際空港のプライベートジェットの中で会うことになった。


 アロイスはマーヴェリックとマリーを引き連れてブラッドフォードに会う。


「ブラッドフォード。これは一体どういうつもりだ?」


「電話でも話したが、何のことか分からない。何をそんなに怒っているんだ、ミスター・アロイス? 我々は上手くやっているだろう?」


「上手くやっていた、だな。あなたたちは俺たちを裏切った」


「そんな馬鹿な! 我々は運命共同体のようなものだ。裏切るなどあり得ない」


「では、何故妖精通信を傍受して、フェリクス・ファウストに伝えた? 知らないと言わせないぞ。妖精通信の傍受ができるのは軍か諜報機関だけだ。“連邦”の軍は陸軍から海兵隊まで俺が押さえている。では、誰が妖精通信を傍受した?」


 フェリクスが淡々とブラッドフォードを問い詰める。


「待ってくれ。誓って我々はそちらの妖精通信を傍受などしていない。していたとしても、どうしてフェリクス・ファウスト特別捜査官に伝える? 彼は我々の関係を暴こうとしている共通の敵なんだぞ?」


 ブラッドフォードが困惑しきってそう尋ね返す。


「大統領選のためだろう。大統領選の前に、麻薬取締局の捜査官が殺されて、麻薬取締局が非難の対象にされるのを避けたい。だから、フェリクスに情報を流した。いや、それどころか麻薬取締局の手柄を増やして政権の存在感を示すために、俺たちの下部組織の情報も売った。そうじゃないか?」


「完全な誤解だ、ミスター・アロイス。我々はそのようなことを考えていたりはしない。あなたから選挙資金として1000億ドゥカートも受け取っているのだ。それなのにあなたを売るような真似をして、機嫌を損ねさせるはずがないだろう?」


 アロイスはこれは陰謀だと騒ぎ立て、ブラッドフォードはそんなことはないという。


「本当にそうなのか? 俺が気づかないからと言って、陰謀を仕組んでいるんじゃないのか。どうせ、相手は表立って騒げないドラッグカルテルのボスだからと。いや、あなたたちにとってはもう俺たちは不要なのか?」


「断じて。断じてそんなことはない、ミスター・アロイス。我々はこれまでもこれからもパートナーだ。我々はあなた方から資金援助を受け、あなた方は我々から庇護を受ける。そういう仕組みだ。それが崩れることなどない」


「だといいのだが。俺は人間不信になりそうだよ、ミスター・ブラッドフォード」


 アロイスは肘掛に上でを頬杖を突く。


「もし、本当にあなたたちが裏切っていないというのなら、そっちでフェリクスを殺してくれ。やれるだろう? あなたたちにはその力があるはずだ。その力を振るって、フェリクスを亡き者してくれ」


「ミスター・アロイス。我々にばかりそのような要求を突きつけられても困る。我々は共通の利益を持っているからこそ、一致団結しているのだ。その共通の利益が失われることがあっては困る」


「共通の利益? ああ。共産主義者を殺すことか」


「そうだ。反共主義を貫くことだ。正義を貫くことだ。自由を貫くことだ。もし仮に改革政党が選挙で勝利したりなどすれば、連中の無能さによって、“社会主義連合国”や“大共和国”などは大きく幅を利かせるだろう。我々は今の与党に勝利してもらい、反共主義の下で団結する。あなた方はドラッグマネーを我々に渡し、我々はあなた方のために様々な便宜を図る」


「ああ。そうだ。だから、便宜を図ってくれ。フェリクス・ファウストを殺してくれ」


「できない。できなんだ、ミスター・アロイス。分かっているだろう? 確かに麻薬取締局の捜査官が死ぬのは悲劇なのだ。麻薬取締局の局長が吊るし首にされるだけで済むならばいいが、大統領にまで塁が及ぶのは好ましくない」


「方法はいろいろとあるはずだ。ドラッグの過剰摂取で死んだように見せてもいい。そういう殺し方ができる人間があなたたちにはいるだろう?」


 アロイスはどうあってもフェリクスに死んでほしかった。


 フェリクスというただの個人によって、ドラッグカルテルのボスという自分の身が危険にさらされているのだ。自分の組織が危険晒されているのだ。


 脅威は取り除いておくべきだ。それも早急に。


「検討はしてみるが、約束はできない」


「あなたたちが俺たちを潰すのに、自分たちの手ではなく、フェリクスの手を使っても俺は報復するぞ。俺が逮捕されたり、殺されたりしたとき、どんな情報が世の中にまき散らされると思う? 俺が何の準備もしていない間抜けだとでも思ったか?」


 アロイスは続ける。


「俺の身の破滅は、あなたたちの身の破滅でもある。覚悟しておくことだ。俺は『クラーケン作戦』について知っている。俺は『ストーム作戦』について知っている。俺は『フリントロック』作戦について知っている。俺はあなたちの大統領が次の選挙で当選するために誰から金を受け取ることになるのか知っている」


「私を脅迫しているのか?」


「いいや。事実を述べているだけだ。だが、これを脅しだと感じるならば、後ろめたいことがある証拠だろう。ならば、お互いの身の破滅を避けるためにベストな選択肢を選ぼう。フェリクス・ファウストを、殺せ」


 アロイスは有無を言わせず、はっきりとそう述べる。


「……分かった。彼を殺そう。手配する」


「ありがとう、ミスター・ブラッドフォード。我々の友好が末永く続くことを祈っているよ。我々はこうでもしないと付き合ってられない関係なのだから」


 これでフェリクス・ファウストは死ぬ。


 ドラッグのオーバードーズで死んでくれればありがたい。意趣返しになる。


 だが、アロイスはフェリクスが電車にはねられて死のうと、車にはねられて死のうと、撃ち殺されて死のうとどう死のうと構いはしなかった。フェリクスが死にさえすれば、それだけで十分だったのである。


「殺害はいつ頃になる?」


「私にはなんとも言えないよ。だが、可能な限り速やかに実行するつもりだ。少なくとも来月までにはいい報告ができるだろう。その間は待っていてくれ。必ずいい知らせを届ける。だから、馬鹿な真似は考えないでくれ」


「もちろんだ。クリスマスの子供みたいにわくわくしていよう」


 フェリクスが俺を殺す前にくたばる。それで十分だとアロイスは思った。


「では、そろそろ失礼する。いい知らせを待っている」


「ああ」


 アロイスは立ち上がり、ブラッドフォードが彼を見送る。


「これで問題は解決かい、色男さん?」


「まさか。奴に潰された下部組織も再建しなければならない。やらなければならないことは山ほどある。それでもフェリクスがくたばれば、楽になるがね」


 アロイスはマーヴェリックにそう言うと、車で自宅に戻り、夕食はマーヴェリックとマリーと一緒にメーリア料理を食べ、ビールを飲み、マーヴェリックと一緒に床に入った。この日のアロイスはとても機嫌がよかった。


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