破滅の阻止
……………………
──破滅の阻止
ニコたちは再び検問所を襲撃した。
襲撃は上手くいった。検問所は吹き飛び、車列の流れが止まる。
これでドラッグは“国民連合”へと入らない。ドラッグカルテルは利益を得られない。奴らは次第に弱っていくはずだ。
ざまあみろ、とニコは思う。
これまでニコたちは利用される側だった。散々使い潰され、捨てられる存在だった。
そのニコたちが今はドラッグカルテルを苦しめている。最良の結果だ。
「ニコ! 今回も成功だったな!」
「うん。俺たちの勝利だ。この調子でドラッグカルテルに打撃を与えていこう」
ニコたちは襲撃に成功したら、素早く撤収する。長居をして、ドラッグカルテルの兵士に目を付けられるのは好ましくない。汚職警官や腐敗した軍隊からも逃げなければならないのである。
ここ最近、検問所には装甲車が配置されるようになっている。このたちは装甲車を対戦車ロケット弾で破壊し、検問所を襲撃しているが、これからは場合によっては装甲車がそう簡単に相手できなくなるかもしれない。
結局、大人は全て敵なのだ。警官も軍もドラッグカルテルも全て敵だ。
連中を地獄に落とすためならば、ニコは何だろうとするだろう。殺しに忌避感はない。クソッタレな大人を殺している間は、ニコは何も気にしない。これからも大人たちを殺し続けるのだ。
大人たちを殺し、復讐を成し遂げる。
これまでニコたちは大人たちに自分たちの運命をいいように左右されてきた。その報復をする権利はあるはずだ。報復をして、連中を苦しめて……。
ふと思った。その先に何があるのだろうかと。
ニコたちもやがて大人になる。自分たちが憎んできた大人になるのだ。子供と大人の階級闘争にはいずれは終わりがやってくる。ニコたちは等しく、自分たちが憎んだ大人になるのである。
そうなったらどうすればいい。何を口実に戦えばいい。
そもそもニコたちは大人になるまで生きていられるのか?
自分たちが相当な無茶をやっていることは自覚している。仲間たちは次々に殺されて行った。ニコ自身も死がすぐそばにやってきたことが何度かある。
ニコたちは大人にならず、子供のまま死ぬ。大人と子供の階級闘争はそうやって終わるのかもしれない。死ねば永遠に子供のままだ。どうせ大人になったって、この夢も希望もない国で生きていける気はしなかった。
死んでしまおう。戦って、そして死んでしまおう。
ニコたちは永遠に子供のまま、大人たちを震え上がらせた存在として名を残す。
それでいい。それがいい。
ニコたちは伝説になるのだ。大人たちが名前を聞けば震えて怯える伝説になるのだ。
そうとでも思っていないと、今の狂気じみた状況には適応できない。
ニコたちはどう足掻いても、子供なのだから。
『『オセロメー』の兵士諸君に告げる! 話し合いたい! 我々の呼びかけに応じてくれないだろうか!』
突如として上空を飛行するヘリから声が響く。
「ニコ。これは」
「罠だ。しかし、ヘリは面倒だな。あの高度だと対戦車ロケット弾も届かない」
ヘリはぐるぐるとニコたちの周囲を旋回する。
同じ言葉を繰り返しながら、ヘリは飛行する。
「撃ち落してやる」
「やめろ!」
仲間のひとりがヘリに向けて発砲する。だが、弾は命中しなかった。ニコたちの居場所がバレただけである。
「馬鹿! 勝手に撃つな! これで逃げにくくなったぞ」
「ごめん」
ニコが叱るのに仲間がしゅんとする。
『ニコ! 君の妹と仲間は無事だ! 我々の呼びかけに応じてくれたら、再会を約束しよう! 話し合いに応じてくれ!』
「なっ……」
ニコが目を丸くする。
「ニコ。罠だ。乗るんじゃない」
「分かっている。分かっているけれど……」
妹にもう一度会いたい。仲間たちにもう一度会いたい。
「俺はいくよ。お前たちは好きにしてくれ」
「ニコ! リーダーのお前が抜けたら……!」
「ごめん。本当にごめん。けど、たったひとりの家族なんだ。会いたいんだ」
「……俺たちも一緒に行っていいか?」
「ああ」
伝説にはなり損ねるだろうけど、これでいいんだ。家族を大事にしなさいっていつも父さんも母さんも言っていたんだから。
「ここだ! ここにいる! 降伏する!」
ニコが路地裏を出てヘリに向けて手を振ると、ヘリがゆっくりと降下してきた。
「お兄ちゃん!」
ああ。妹だ。たったひとりの家族だ。生きていたんだ。
ニコは妹をしっかりと抱きしめる。存在を確かめるようにして。
「ニコラス君だね。麻薬取締局だ」
ヘリから降りてきた男が──フェリクスが言う。
「残念だが、君を逮捕しなければならない。君の仲間も。だが、安心してほしい。君たちは刑務所には収容されない。“国民連合”の少年院に収容される。1年もすれば出て来れるはずだ。そして、出てきたら、そのま“国民連合”に亡命するんだ」
「“国民連合”に……?」
「そうだ。君たちは迫害される立場にある。そういう人間を保護する法律が“国民連合”にはある。君たちは迫害を逃れるために“国民連合”に亡命できるんだ」
「……けど、俺たちは大勢の人を殺した」
「そうだ。その反省を少年院でしてくれ。そして、二度と同じ間違いを犯さないと約束して出てきてくれ。君たちはドラッグカルテルに翻弄され続けた被害者でもあるんだ」
「それでいいの?」
「ああ。それでいいんだ」
ニコたちは泣いた。世の中の大人は全て敵だと思っていたけれどいい人もいたのだと。そのことを知って泣いた。
「さあ、行こう。“連邦”の警察は君たちを生かしておくつもりはない」
「はい」
ニコたちはヘリに乗り込みそのまま国境線沿いの街を目指して飛んだ。そこからトラックで国境を越え、ニコたちは“国民連合”に入った。
そこで補導されて、ニコたちは少年院に向かう。
少年院は決していい環境とは言えないが、ニコたちが立ち直るための猶予は与えてくれるだろうし、ニコたちならば耐えられるだろうとフェリクスは信じていた。
「たまにはいいこともしてみるもんだな」
「ああ。たまにはな」
フェリクスの中には新生『オセロメー』をヴォルフ・カルテルにぶつけ続けて、そのまま弱体化を図ろうと思う気持ちもあった。
だが、新生『オセロメー』で戦っているのは子供たちなのだ。本来なら親の愛を受けて、学校に行き、そうやって過ごしているはずの子供たちなのだ。
“国民連合”が彼らを迎え入れてくれることを祈るのみだ。
「この子らは?」
「マインラート司教が“国民連合”の孤児院に自分に万が一のことがあれば、と準備をしてくれていた。そっちに預ける」
「じゃあ、これで一件落着か」
「そうはいかないさ」
まだまだヴォルフ・カルテルという大物が残っている。
……………………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます