『オセロメー』の拡大
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──『オセロメー』の拡大
当初は弱小ギャングだった『オセロメー』も今では“連邦”において無視できない規模のギャング集団になっていた。
ドラッグの密輸・密売から、戦闘においてまで、あらゆる事業に手を出している。
麻薬取締局では、今“連邦”でもっとも拡大スピードの速いドラッグカルテルと位置づけられ、捜査も慎重に行われていた。
この『オセロメー』の拡大の理由にはいくつかある。
ひとつは構成員である豹人族が“連邦”で抑圧された地位にあり、大多数が貧困層であるということ。そのため『オセロメー』は新入りをスカウトするのが容易く、また結束も強いというわけである。
もうひとつはかつての『ジョーカー』との繋がりである。彼らは『ジョーカー』が有していたスノーホワイト農園などをそっくり手に入れた。それに加えて合成麻薬の作成方法なども手に入れ、それを使って財源を確保できた。
理由は他にもいろいろあるが、纏めるならば時代が彼らに味方したということだ。
時流の流れに乗って拡大した『オセロメー』は東部をワイス・カルテルとともに分割しつつあった。ワイス・カルテルも『オセロメー』も親はヴォルフ・カルテルであり、アロイスの影響下にあった。
だが、こうも物事が上手く進んでいくと、人間というものは欲を出すものだ。
ほぼキュステ・カルテルの残党が壊滅し、残るはレーヴェ・カルテルの残党だけとなったところで、『オセロメー』のボスとワイス・カルテルのボスは会談を開いた。
議題はこれからの東部統治について、である。
本来ならばアロイスに指示を乞わねばならなかったところを、『オセロメー』とワイス・カルテルは結託して、ふたつのカルテルで東部を支配しようと考えていた。
つまりは反乱だ。
彼らから見て今のヴォルフ・カルテルはシュヴァルツ・カルテルとの抗争もあって弱っていると思われていた。独立するならば今を置いて他にないとの考えがあった。『オセロメー』もワイス・カルテルも独立を望んでいる。特に『オセロメー』は常に誰かに使われる立場であったため、独立を強く望んでいた。
ワイス・カルテルとしても元はキュステ・カルテルであり、勝ち馬に乗る形でヴォルフ・カルテルの味方に付いたが、『ジョーカー』などの元構成員も含めているため、ヴォルフ・カルテルと親しくし続けるのには無理があった。
そして、決起が決定した。
東部からヴォルフ・カルテルの影響を排除し、東部一帯を『オセロメー』とワイス・カルテルで分割する。そういう取り決めがなされた。
決起に備えて武器弾薬と兵隊が掻き集められる。
その中にはニコの姿もあった。
「おい、ニコ。兵隊がたりねえ」
「そうなの?」
「ああ。これからヴォルフ・カルテルを相手にやらかそうってのに兵隊が足りなんじゃ話にならねえ。ニコ、お前元の部隊の連中を連れて来いよ」
「い、嫌だよ」
仲間たちはマインラート司教のところで平和に暮らしているのだ。それをまた戦場に引きずり出すような真似はしたくなかった。
「口答えするな! 俺がやれって言ったらやるんだよ! 分かったか!」
「嫌だ! それだけは絶対に嫌だ!」
「クソ! 役立たずめ!」
ニコは男に殴られる。
「あのクソ神父の仕業だな? そういうことを考えるようになったのは。いいだろう。あのクソ神父をぶち殺してやる。覚悟してやがれ」
「待って! 待ってよ! あの人は関係ないよ!」
「黙れ! てめえが仲間を連れてくるか、あのクソ神父が死ぬかだ! 選べ!」
「選べるわけない!」
「じゃあ、そこで寝てろ!」
男はまたニコを殴ると仲間とともにピックアップトラックで去っていった。
ニコは誰かに知らせて阻止しなければと思った。だが、誰に電話していいのか分からなかった。警察はヴォルフ・カルテルが支配している。連絡しても恐らく無駄だ。
麻薬取締局? 彼らは証拠を掴めと言っただけでニコを助けるとは言っていない。
マインラート司教たち自身に! だが、電話番号が分からないし、ここに電話はない。ニコは公衆電話を使うための小銭すら持っていないということにも気づく。
次の瞬間、ニコは走り出していた。
ピックアップトラックよりも早く、教会に辿り着いて警告を出すんだ。みんなに逃げるように言うんだ。そう決めてニコは懸命に街の中を駆け抜けた。
ニコは走る。走る。走る。
近道をして時間を短縮し、車よりも早く教会に辿り着こうとする。
あそこには仲間たちがいるんだ。優しくしてくれた警官たちがいるんだ。ニコたちを受け入れてくれたマインラート司教とシスターがいるんだ。唯一の家族である妹がいるんだ。そこを破壊させるわけにはいかない。
ニコは走り続ける。必死に走り続ける。
息を切らせそうになってもこらえて走り続ける。
そして、ニコは辿り着いた。
──燃え上がる教会に。
「ああ……」
教会は燃え上がっていた。ごうごうと音を立てて。
その教会の前には死体がある。警官の死体だ。
そして、マインラート司教もいた。『オセロメー』の男たちに殴る蹴るの暴行を受けて、それでも耐えているマインラート司教の姿があった。
「やめてよ! その人に暴力を振るわないで!」
「なんだ、ニコ。文句があるのか? ええ?」
そう言って『オセロメー』の男が魔導式短機関銃の銃口をマインラート司教に向ける。マインラート司教は辛うじて立ち上がろうとして、ニコを見る。
「ニコ。逃げなさい。早く!」
「逃げられないよ! もうやめてよ!」
次の瞬間、マインラート司教の頭がはじけ飛んだ。
「クソ野郎。てめえのせいでこっちは兵隊が減って苦労してたんだぞ」
引き金を引いた『オセロメー』の男がそう言う。
「あ、ああ……」
マインラート司教は血の海の中に沈んでいる。ニコにはのその光景が信じられなかった。だが、目の前の光景は間違いなく現実である。
「うわあああ!」
「何しやがる、ニコ! 離せ!」
ニコは男にしがみつき、腕にかみついた、男は驚いてニコを振りほどこうとする。
ニコは音のこの肉が抉れるほどに食らいつき、悔しさに泣く。
「この野郎! ふざけやがって!」
男たちがニコを殴り、蹴る。ニコは蹴られながら、ただただ泣いていた。
「クソが。今度やったらただじゃおかねえぞ。おい。兵隊を集めにいくぞ。ここには誰もいなかった。他を当たる。どこにかに兵隊にできそうな奴がいるはずだ」
……ここには誰もいなかった?
ニコの仲間や妹は無事なのか?
それを確かめることはできないが、ニコはピックアップトラックに放り込まれる。
もし、男たちがニコの仲間たちや妹を見つけ出せていないとすれば。そうならば。まだ生きていく意味はある。
こいつらを全員麻薬取締局に突き出して、殺してやる。
ニコはそう硬く決意した。
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