平和の代償

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 ──平和の代償



 フェリクスがその人物と会ったのは、フリーダム・シティの高級ホテルのロイヤルスイートであった。警護の人間が扉の前に立っており、フェリクスは入る前に徹底したボディチェックを受けた。


 そして、彼と出会った。


「フェリクス・ファウスト捜査官。初めまして。私はネイサン・ノース。ビジネスマンだ。扱っている品は些か一般向けとは言えないが」


「兵器ブローカーだろう。兵器ブローカーが麻薬取締局に何の用事だ?」


「捜査協力、と言ったら?」


「捜査協力?」


「そうだ。我々が有しているヴォルフ・カルテルに関する情報をそちら側に渡してもいいと思っている。勘違いしないで欲しいのだが、我々はヴォルフ・カルテルを相手にビジネスをしてきた。だからと言って彼らの仲間であるわけではない」


「あんたらがヴォルフ・カルテルに武器を売っていた張本人というわけか」


「そういうことになる」


 ネイサンは平然とそう言ってのけた。


「あんたたちの売った武器でどれほどの死人が出たのか理解しているのか? 『ジョーカー』との抗争やキュステ・カルテルの分裂に伴う抗争。これらの抗争の中であんたたちの売った武器が使われていないとは思っていないよな?」


「もちろん。我々の武器は使われただろう。だがね、フェリクス・ファウスト捜査官。彼らは私から武器を買わなかったら、他の兵器ブローカーから購入しただけだよ。もっと性質の悪い兵器ブローカーから購入したかもしれない」


「あんたは非合法な兵器売買を行った」


「だが、証拠はない」


 クソッタレ。その通りだ。全てこいつの自己申告で、盗聴器をフェリクスはつけていない。証拠は何もない。


「それよりも前向きに考えよう。ヴォルフ・カルテルに兵器を売っていた私が君たちに情報提供を行うんだ。ヴォルフ・カルテルについて情報が掴める可能性もあるだろう。そう、例えばメーリア防衛軍とヴォルフ・カルテルの関係についてなど」


「あんたはメーリア防衛軍とも取引していたというのか?」


「正確にはヴォルフ・カルテルが、だよ。武器の流れは外貨が欲しい国家から、私に向けて動き、一旦ヴォルフ・カルテルに入ったのちに、メーリア防衛軍に渡る。金はヴォルフ・カルテルが出しているということになっているが、“国民連合”政府の人間を見たことがある」


 “国民連合”政府は“連邦”の反共民兵組織を助けるのに、ヴォルフ・カルテルの金を使って武器を援助していた。そして、ヴォルフ・カルテルは“国民連合”政府の庇護を受けていた。


 全てが繋がる。


「明確な証拠が欲しい。メーリア防衛軍にヴォルフ・カルテルが武器を援助していたという証拠だ。それが欲しい」


「もちろん。だが、約束してほしい。ヴォルフ・カルテルを取り締まると」


「何故だ? 取引相手を潰して何の得がある?」


 フェリクスにはネイサンの意図することが分からなかった。


 自分たちの取引相手を麻薬取締局に潰させて、何の得があるというのだろうか? 取引相手を失うだけで何の得もないではないか。


「我々には今の“連邦”の情勢は好ましくないのだ」


 ネイサンが語り始める。


「ヴォルフ・カルテルには敵がいた。いくつもの敵が。だから、彼らは我々から大量の兵器を購入してくれていた。ヘリから魔導式自動小銃に至るまで、多くの武器を彼らは購入してくれていた」


 下手な小国よりヴォルフ・カルテルの武装は充実しているとネイサンは語る。


「だが、今の状況はどうだろうか? ヴォルフ・カルテルにはもう敵はいない。シュヴァルツ・カルテルは事実上の下部組織だ。『オセロメー』すらも今やヴォルフ・カルテルの下部組織だ。ヴォルフ・カルテルがこれ以上武器を買う必要性はあるか?」


「あんたは抗争を引き起こし、“連邦”の情勢を混乱させることで武器を売るチャンスを作ろうっていうわけか。そのためには今のヴォルフ・カルテルよる平和は邪魔でしかなく、麻薬取締局にそれを叩き潰させたい、と」


「そういうことだ。お互いの利益は一致しているはずだ。あなた方はヴォルフ・カルテルという仇敵を叩き、我々はそこから生まれる混乱の中にビジネスチャンスを見出す」


 こいつはクソ野郎だとフェリクスには分かっていた。武器を売るために、抗争で多くの人を殺してきた武器を売るために、ヴォルフ・カルテルを麻薬取締局によって分裂させようとしているのだ。


 確かに今のヴォルフ・カルテルによる平和などクソくらえだ。だが、フェリクスは武器を売るためにヴォルフ・カルテルによる平和を崩したいわけではない。ヴォルフ・カルテルがこれまでやってきた数々の悪行のためにヴォルフ・カルテルによる平和など受け入れられないと思っているのだ。


「ヴォルフ・カルテルによる平和が忌々しい点については同意しよう。だが、“連邦”でまた抗争を引き起こす点については同意できない」


「抗争が実際に起きる必要はないのだ。抗争が起きるかもしれないという情勢ができていればいい。そうすればカルテルは抑止力として武器を購入する。我々の戦っている冷戦と同じことだ。抑止力としての武器。実際に使われることのない武器を私は売るというわけだよ」


 これが嘘だということをフェリクスは分かっていた。


 ドラッグカルテルは東西首脳のように戦争を望んでいないわけではない。戦争をして利益にあるならば、喜んで戦争を繰り広げるだろう。『ジョーカー』がそうであったように、分裂したキュステ・カルテルがそうであったように。


 だが、チャンスではあるとも思っていた。


「ヴォルフ・カルテルに打撃を与えられるだけの情報があるんだな?」


「メーリア防衛軍とヴォルフ・カルテルの関係が暴露されれば、“国民連合”はもう二度と同じ手を使えない。ヴォルフカルテルからの金でメーリア防衛軍を援助することはできなくなる。そうなれば、後は“国民連合”政府がヴォルフ・カルテルを見放すのを待つだけでいい」


 “国民連合”政府に見放されたヴォルフ・カルテルはいかようにも処理できるはずだとネイサンは付け加えた。


 確かにそうだ。これまでは“国民連合”政府に守られていたからこそ、手出しができなかった。戦略諜報省がヴォルフ・カルテルを守り、フェリクスたちを事実から遠ざけていた。それがなくなれば、フェリクスたちはヴォルフ・カルテルに迫れる可能性があった。ヴォルフ・カルテルから“国民連合”政府の庇護さえ引きはがせるならば。


「考えさせてくれ。重要な決断になる。そう簡単に決めることはできない」


「あなたならば即決で決めると思っていたのだがね」


「俺は麻薬取締局の捜査官だ。ドラッグ犯罪を取り締まることがその義務だ。決してドラッグカルテルに武器を売っている人間を助けることが仕事というわけではない。そんなことは俺たちの仕事ではない」


 フェリクスはそう言い切った。


「だが、そちらの情報に価値がないとは言わない。価値はあるだろう。それでも今の状況でヴォルフ・カルテルから“国民連合”の庇護を引きはがしたところで、連中は巨大になりすぎている。潰すのは容易ではない」


「確かにヴォルフ・カルテルは肥大したな」


「そういうことだ。我々は状況を見定めて動く。もっとも打撃を与えられるタイミングにヴォルフ・カルテルから“国民連合”の庇護を引きはがし、一気に追い詰める。そうしなければ我々の側にも被害が出る可能性が高い」


「分かった。では、取引はまた後日ということで」


「ああ」


 フェリクスはネイサンの言いなりになるつもりなどこれっぽちもなかった。


 彼は彼の方法でヴォルフ・カルテルを潰してやるつもりだった。


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